再会した人
やはり荷物が重い。衣類も寒い場所へ行くのなら買っておく必要があるだろうが、それはもっと北へ行ってからでもいいだろう。昨日は買いすぎたかもしれない。
出来る場所があれば弓の練習もしておいた方が良いだろう。実は昔、ほんの少しだけ弓の稽古をしたことがあった。一年程はやっていたが、仕事が忙しくなると稽古もしなくなり、いつの間にか弓のことなど頭の中からは消えてしまっていた。これでも的に当てる事はそれなりに出来ていた記憶があるので、まったくの素人よりはましだろう、くらいの自信はある。しかし実践で、それも動く的に当てたことはない。はたして使い物になるだろうか?
次の町は昼前には着いてしまった。小さい町だ。ざっと見て回ったが、これといって見るべきものも見つからない。小さな雑貨屋があるくらいだ。この町に竜の情報はなさそうだった。
地図を見ると次の町まではなんとか夕方までには着けそうだ。次の町へと急ぐことにしよう。
夕方に着くと、さすがに店はどこも閉まっている。宿の人にこの町で竜の情報が聞けそうな場所を訊くが、やはりこれといった情報はなさそうだ。
「竜を研究している学者さんとかですか?」
「いえ、ただの旅人です」
どっかで聞いたようなやりとりをして、その晩は直ぐに眠った。やはり荷物が多すぎるようだ。足がだるい。まあ、その内に慣れるだろう。
次の日も、次の日も同じように町へ着いては聞いて回ることを繰り返していたが、どこにも創成の竜どころか青竜の情報も聞くことは出来なかった。
五日目の昼過ぎ、前の町で昼食を取り、それでも次の町まで行けるようだったので急いで次の町を目指した。
重い荷物も若干慣れては来ていたが、それでも重いものは重い。ロヒさんのように魔法が使えれば楽なのに。そんなことを思いながら歩いていると、前を歩く人が目に入ってきた。
なんとなく、見たことがある人ではないだろうかと感じ、まだ遠いその人に追い着こうと足を早める。その見覚えのある髪型と色は図書館で会ったオトイさんに見えるが確信まではできない。十分誰だか分かる所まで来て、それがオトイさんだと確認すると、さらに駆けるように足を早めて、すぐに横に並んだ。この人は歩くのがかなり遅いようだ。
「そんなにゆっくりあるいて夜までに次の町に着くのですか?」
突然声を掛けられた事に驚いたように目を見開いてこちらを見ると私が誰だか判ったらしく、にっこりと微笑んでくれた。よかった。忘れられてはいないようだ。
「僕は旅の道はゆっくり歩くことにしていますからね」
「それは、旅に目的が無いってことじゃないのでしょうか? 目的のある人はもっと早く歩くと思いますよ」
「そうだね。僕には旅の目的はないかもしれない。ただ、世界を見てみたかっただけなんだ」
「でも丁度良かったです。色々と訊きたいことがあるんです」
「えっと、なんだろう……。答えられることであれば答えますが」
「まずは『創成の竜』って知ってますか?」
「創成……。どこでその名前を知ったんですか? それにどうしてこんな所を歩いているのかも知りたいですね」
「質問しているのは私なのですが……。そうですね。少し性急すぎますね」
手短に白竜へ会ったこと、これから青竜、できれば創成の竜や氷竜にも会いたくてこの旅に出たこと。実際には追われて来たのだが、それは云わないことにした。
「そうですか。白竜に言われて……。明確な場所は地図でも無ければ教えることは……」
「これでいいですか」
買っておいた地図を差し出すと「あるのか」というような、ちょっと困ったような顔をした。地図は出したお金以上の働きをして竜の情報までくれそうだ。
その地図を見たオトイさんは、ちょっとだけ呆れたような顔をして地図を受け取り私の方へ見えるように向けると「この辺りです」と地図が描いてある紙をはみ出して、さらに北の部分を指で示した。
「えっと、つまり、この地図だとその場所は描かれていないということですか?」
「はい。人が辿り着くには、最北端の村から歩いて二ヶ月くらいは掛かる距離があるでしょうね」
オトイさんはなぜか少し自慢気だ。そんな気はないのだろうが「白竜にあったくらいで良い気になるな。創成の竜なんて人が会えるものじゃないぞ」と言われているように感じてしまう。
せっかくここまで来て、諦めなければならないのだろうか? しかし私には時間はたっぷりとあるのだ。二ヶ月くらい歩いてみせてやる。
「氷竜や青竜の場所は判りますか?」
オトイさんは「立ち直ったのか」と少し引いたように見えたが気の所為だろう。
「創成の竜は氷竜ですから、氷竜もこのあたりです。ただ、創成の竜の住処が一番南なので、実際には他の氷竜の住処はもっと北ということになります。――青竜は……」
「青竜は?」
「青竜は、その創成の竜の南側が生息域だと言われています」
オトイさんはまた地図を見せながら、先刻指し示した場所から少し南側を指差した。
「つまり青竜の住処は最北端の村から一ヶ月くらい歩けば行けそうだということですね」
オトイさんは軽く頷いてくれた。
大収穫だ。これはこれまでの町どころか、ここから先の町でも得ることができない情報ではないだろうか。さすがは会ったことがあるというだけある。
「でも、青竜に会うのは、正直無理だと思いますよ」
「え?なぜです」
「それは……」
「あ、魔法ですか?」
白竜の祠へ行った時に聞いた魔法の話を思いだした。そうか青竜も使っているのか。当然のことだろう。
「そうですね。人が入れないようになっています。ただ氷竜達は、さすがにそこまでに人が来るとは思っていませんから、そのようなことはないでしょうね」
「つまり、氷竜の方が簡単だということですか?」
「距離を考えなければですが」
「なるほど」
それから歩きながら竜の事を色々と訊いて見たが、オトイさんの返事は段々と歯切れが悪くなっていった。あまり竜の事を話すのは良くないと自分でも思ったことを思いだし、それ以上は訊かないことにした。
「私は目的があるし、夜に一人で歩きたくはないのでお先に行かせていただきますね」
そう云うとオトイさんの顔はほっとしたような顔をした。その苦笑いに近い笑顔は助かったと言いだしそうに見える。
「ええ、そうですね。僕の歩く速度では次の町に着くのは夜遅くになるでしょうから、先に行った方がよろしいでしょう」
実際にもう夕方が近い。次の町に辿り着くのは夜になっているかもしれなかった。
別れて急ぎ足で数分歩いた後、後ろを振り返るともうオトイさんの姿は見えない。
「本当にゆっくりなのね。旅の目的は人それぞれだと思うけど、あんなにゆっくりじゃ野宿ばかりになっちゃいそう。男の人はいいなあ……」
まだ色々と訊き出したかったが大体の場所が判っただけでも目標になる。それだけでも有り難かった。
歩きながらこれからの計画を考えていた。今は夏だけど二ヶ月後には秋、帰ってくる頃には冬、創成の竜へ会うためには寒い冬を旅することになりそうだ。