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団円

 二度目の登山は前よりは楽だ。

 この女冒険者にとってはこれくらいの山など、なんの問題もない。

 それでもやっぱり、あの空飛ぶ蓋は欲しいと思ってしまう。

「腕の二本くらい、挿げ替えてもらってもよかったのかも」

 欲に目が眩むと馬鹿な考えをするようになるものらしい。

 順調に登り、同じ場所で一泊し、同じ別れ道を通り、同じように祠へ辿り着いた。

 本当に魔法なんて掛かっているのだろうか? 今回も問題なく来ることが出来たのはロヒさんがなにかをしたということなのだろう。私だって魔法が使えるはずなのに、そのなにかはまったく判らなかった。

 今回、預かった物といえば白竜宛ての手紙だけだ。前回は地図だったが白竜は関係ないといっていたし、まったくロヒさんの魔法は見当すら付かない。


 祠に入り奥まで行くと、前と同じように白竜がいた。その、一瞬岩に見える白竜は、前と同じように座りこちらを真っ直ぐに見ている。これも前と同じだ。

 でも今回は、恐怖はない。

「こんにちは」

「……また来たのかい」

 やはり歓迎はされないらしい。

「はい。でも今回は少し事情がありまして……」

「前も事情があったのだろう?」

「まぁ、そうなのですが、今回は手紙を持ってまいりました」

 ロヒさんから渡された手紙を白竜の前に差し出す。

「……読むのかい? 面倒だね」

 手紙を見詰める白竜の目が少しだけ大きく開かれたのが判った。

「ロヒからかい?」

「はい」

 なぜ判るのだろう。封筒にはなにも書いてはいないのだけれど。

 一瞬、淡い光が白竜を覆ったかと思うと次の瞬間には人の姿をしたロヒさんがそこに立っていた。

 間違えない。ロヒさんはこの白竜の兄弟か親子、それに近い者なのだ。その赤い髪と整った顔は瓜二つだ。つまりロヒさんもまた竜なのだ。さらにもう一人、あの男も竜なのだと確信できる。

 そして、ターゲで見慣れてしまったとはいえ、その股間に何もない所は、やはり竜であることを確認できる。これは確認だ。決して疚しい気持ちから見ているわけではない。

「あまり驚かないんだね」

「はい。白竜さんの助言通り創成の竜へ会いにいってきました。その時に他の竜が人へ変化するところも何度となく見る機会がありましたから」

「へえ。あの竜に会ったのかい。大したものだ」

 そういいながらロヒさんからの手紙を受けとり、素っ裸のまま読み始める。寒くはないのだろうか?


「そうだった。その創成の竜から預かったものがあったんです」

 手紙を読む白竜の脇で背嚢に仕舞っていた杖を取りだした。まさかこんなに早く白竜と再会するとは思っていなかった。預かってすぐに渡せるのは幸運だ。

 手紙を読み終ったらしく、その手紙は直ぐに炎に包まれて燃え尽きてしまった。親しい者からの手紙なのであればもっと大事に仕舞っておいても良いと思うのだけれど。

「事情とやらは判ったよ。直ぐにでも行こうか」

「え? 行く? 見回りですか?」

「あんたはなにしに来たんだい」

「え? さ、さあ?」

 手順は簡単なことだった。白竜に乗った私が皇都へ舞い降りて、白竜から「この子に手を出すと痛い目にあうぞ」と脅してもらうだけだ。簡単だ。簡単だけど、それはかなり恥ずかしいことではないだろうか?

「それで、行くのかい?」

「もちろん、お願いします。でも少し、心の準備が……」

「面倒な人間だ」

 手に持っている杖の事を思いだす。

「あ、そうだ。この杖、創成の竜から預かってきました」

「杖……」

 白竜はその杖を見るとほんの少しだけ寂しそうな顔をしたが直ぐに「いらないよ。あんたが使いな」といって返されてしまった。

「え、でも、これは形見なのではないですか? 私が頂くわけには……」

「つべこべいわなくていいんだよ。それは私の親の骨だ。人の魔導士が使えば数倍の魔力が使えるようになる。ここまで運んだ駄賃だと思って受けとっておけばいいさ」

 駄賃がそのまま運んだものになるなんて、私はそんな悪徳な商売をしているわけじゃない。それに形見だと言われては受け取るわけにはいかないだろう。

「受けとれません。そんな大事な物、受けとれるわけないじゃないですか」

「そんな骨なんか私が持っててもしょうがないだろ。竜が持っていてもなんの効力も出ないものなのさ。人みたいに弱い魔力しか使えない奴でなければ、その効力は発揮できないものだからね」

 竜という種族には形見という物は、さほど大事なものではないらしい。白竜にとって、この形見は単なる骨扱いになっている。

「そういうものなんですね。――仕方がありませんね。判りました。預かっておきます。いつでも返しますから必要になったら言ってください」

 遠慮して渋々受け取った素振りをしながらも、実は嬉しい。この杖を使えば空も飛べる、かもしれないのだ。こんな事ならおじいさんの洞窟に居た時から飛ぶ練習をすれば良かった。

 もちろん自分が云った通りに、返せと言われれば返すが、この様子だとそんなことは言いそうにない。

「ああ、そうしておくれ。――それで準備とやらはできたんだろうね?」

 忘れていた。緊張が身体全体を走り抜けていった。


 まさか白竜の背中にまで乗ることができるなんて思っても見ないことだ。皇国の人からすれば神様の背中に乗っているのと同じなのだから罰当りなことかもしれない。

 ヴオリ山から一気に麓まで降り、そのまま皇都を目指してあっという間に皇都上空へと着いてしまった。

 これまでターゲの背中に乗せてもらった時には高いところを飛ぶのでそれ程の早さを感じることができなかったが、今回の白竜の飛行は地面に近く、地上の物とのすれ違い方で早さを実感することができる。ロヒさんの木戸や蓋に乗っている時など比べることもできないくらいに早く、目に見えたと思った次の瞬間には遥か後方へと遠ざかっているような、そんな早さだった。

 皇都上空へ来ると、早さを落し、町の何処からでも見えるくらいまで上昇し、さらにゆっくりと旋回した。多くの人に見てもらうためだろう。こちらとしてはあまり見て欲しくはないのだけれど。

 三年振りの皇都だ。

 しかも、普段見ることが出来無い、皇都上空からの、それも結構な高さから見下ろした状態での皇都だ。旅の最後までこんな経験をさせてくれるなんて、私にとって竜という種族は最高の贈り物をくれる最高の友人だ。

 下を見ると、段々とこちらを見上げる人々が増えてきている。……恥ずかしい。

「あれはなんだい?」

 白竜が視線で指した方角にはなにかを建設している現場のようなものがあった。確か、あそこには新しく建設する宮殿が建つはずだ。

「たぶん、新しい宮殿だと思います。白竜さんを主題にした建物になるはずですが……」

 その宮殿は私が最初に考えた三角錐の白亜の塔、そのままだ。誰が設計したのだろうか? ちょっと安直すぎではないだろうか。

「あれが私?」

「そうですね。白竜さんを想像できるような意匠として作られていると思います」

「気に入らないね」

 そう言うとその建設中の塔の真上まで飛び、突然念話で「その塔に降りるから、中の奴はとっとと出ることだ」と云って、そのまま塔の上空を旋回しだした。

「あぶないですよ。人がいたら死んでしまいます」

「だから警告しただろ」

 だからと言って危険が無い訳ではない。無茶をする竜だ。

 数周すると、ゆっくりと旋回しながら塔の上へと降りるように下降し、最後は足で踏み潰すように着地した。

 当然、塔は無惨な瓦礫の山となってしまった。

「皆、逃げられたんでしょうか?」

「大丈夫だよ。中に居た奴等は皆出ていったよ」

 七割くらいは出来ていたように見えたその塔には、これまでにどれくらいのお金がつぎ込まれていたのだろう。勿体無い。

 瓦礫の中に立つ白竜を見ようと沢山の人が集まってきている。これ程の人の数は見たことがない。かなり恥ずかしい。

「あんたは私の肩に立ちなさい」

「え、立つんですか?」

「はやくしなさい」

「は、はい」

 これからどんな寸劇が始まるというのだろう。


『私はあのヴオリ山に住む、お前達が白竜と呼んでいる竜だ』

 この念話は同時に目の前の人々へと話し掛けているらしく、こちらを見る聴衆の顔が一様に変化するのを見るのは面白いものだった。

『今、私の肩に立っている……』

 私の名前を忘れたらしい。そう言えば名乗っていないかもしれない。

「ヴェセミアです」

「そんな名前だったかね?」

「そんな名前です」

『このヴェセミアが私に会ったことでこの町の馬鹿者共に命を狙われたそうだ』

『私は人の命などに興味はないが、その理由に私の名前が使われたことは見逃すことができない』

『今後、もし、このヴェセミアが、同じように命を狙われる、いや、なんらかの事故であっても、ヴェセミアを傷付けるようなことがあれば、この私自らの手で、この町の主要な建物を、今、私の足元にあるような瓦礫の山へと変えることにしよう』

 神の言葉だ。特に私の命を狙っていた奴等は白竜教の一派のはずだから、効果覿面のはずだ。そいつらは今頃、この群集に紛れて震え上がっているに違いない。

「こんなもんでいいかな」

「十分です。十分過ぎです」

 この壊れた塔の責任が私の所へと回ってこなければ良いのだが。踏み潰した白竜の肩に乗っていたのだからその可能性は高いような気がする。侮辱罪の次は器物破損罪だろうか。

「それじゃ帰るとするよ」

 そう言うと私を降ろすために身体を前に倒して俯せになってくれた。

 降りた場所にはロヒさんが居た。ロヒさんは白竜を見上げている。その表情は悲しそうであり、嬉しそうであり、複雑な表情だ。

 身体を起した白竜は、そのロヒさんを少しだけ見たが、すぐに上空へと目を移し、一度だけ羽撃き、空高くまで舞い上がって真っ直ぐにヴオリ山へ向って飛んでいってしまった。

「お話しはできたのですか?」

「いや、なにも話しはしなかったよ」

 そう言うロヒさんの口調は寂しそうだった。

「ヴェセミア」

 後ろから呼ばれ振り返ると師匠とおかみさんがこちらへ歩いてきている。本人達は精一杯の速度で走っているのだろうが、まだまだ距離があった。

 年寄りに無理をさせてはいけないだろう。

「ロヒさん、ここに居てくださいよ。お礼やお話しが色々とあるんですから」

 ちょっとだけにこやかになったロヒさんを置いて、師匠達の元へと走り寄るといきなり「大馬鹿ものがぁ」と怒鳴り付けられてしまった。怒られるのはもっともなことだが、今のこの沢山の人の前では少し遠慮して欲しいものだ。

 おかみさんは、よかった、よかったと繰り返しながら泣いてくれた。心配させてしまった償いはどうすれば良いのだろう。

 涙目になっている師匠と泣いているおかみさんを抱き締めながら、旅が終わったのだと実感していた。


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