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寄り道

 ターゲと別れてから、一ヶ月ちょっとの道程を人の村がある場所まで歩くことになる。

 こうして歩くと竜に乗せてもらえるということが、どれ程有り難いものだったのかがあらためて判ってしまった。竜の背中に乗ることなんて殆どの人が一生で一度もないことだろう。それだけでも希少な経験だったのだ。

 途中で狼も熊にも遭遇したが魔法のおかげで無事に森を抜け、最北の村まで来ることができた。皇都に戻ったら冒険者として再出発も良いかもしれない。

 村の宿での食事は、三年ぶりに食べることができた人の食事だ。これまでの三年間は焼いただけの肉、調味料や香辛料の無いスープ、そんなものばかりだった。調理されたおいしい料理というのは感動すら覚えてしまう。

「師匠に手紙を出さなきゃ……」

 宿のベッドで寝ころんでそんなことを考えていると、いつのまにか眠ってしまっていた。


 少し大きな町まで行ってから手紙は出すことにして、次の町を目指す。森で歩いて鍛えられたこの足腰であれば整備された道を歩くことなんて楽にさえ感じてしまう。

「たしか、北へ向っていた時には荷物が重くて辛かった気がしたのだけれど、こんなにこの荷物は軽かったかしら?」

 三年の月日はか弱き乙女を女冒険者にするには十分な期間だったらしい。

 冒険者どころか、姿格好は、盗賊か山賊に見えるかもしれない。

 弓を肩にかけ、腰には斧を下げ、あまり綺麗とは言えない服装は、都会育ちの娘とは言えないだろう。まあ、もう娘などと言う言葉をこの口から出せば、冷たい嘲笑が私に突き刺さる歳なのだが。

「皇都に着く前に服も買わなきゃ……」

 町に着き、急いで雑貨屋で便箋と封筒を買うと、宿で師匠への手紙を書いた。

 翌朝、手紙を出すと、後は返事を待つだけだ。ゆっくりとこの町を見て回ることにしよう。

 大きな町とはいっても一日見て回ると他に見るべきものは無くなってしまい、返事が来るのを待つだけの暇な時間になってしまった。

 本を書くという野望はあったが、それを公表してしまうと色々と都合が悪いことも書くことになってしまうだろう。ましてや信じられるとは到底思えないことなど書くだけ無駄ではないだろうか。

 竜だけのことに留まらない。書くとすれば魔族や魔王の事にも触れることになるだろう。きっと面白い本になるだろうが、やはり書けないことがあるとなると現実的とは思えなかった。

 これから先、歳を取るにつれ、忘れてしまう事を考えると本にするという事とは別に、記録として書いてしまうという考えに辿り着いた。これからは暇を見つけてはこの冒険の事を書くことにしよう。きっと数十年、もしかしたら数百年後には信じてくれる人がでてくるかもしれない。

 そんなことを思いながら宿から窓の外を眺めていると、突然、空飛ぶ丸い板に乗ったロヒさんがその窓に現れた。驚いた。


「三年も、なにをやっていたんですか。どれ程心配したと思っているんですか。師匠さんなんて、最近では寝込んでしまっていたのですよ」

「……ごめんなさい」

「す、すいません。つい。――でも、本当に心配したんです」

「あの、師匠が寝込んだって……」

「ああ、それは心配いらないと思います。あなたの手紙を読むと痛いといっていた足も腰も問題ないと言っていましたから」

「そうですか、よかった」

「あまりよくはありません。少し反省して欲しいのですよ」

「ごめんなさい……」

 突然、窓の外に現れたロヒさんは直ぐに宿を出るように言い、空飛ぶ丸い蓋? 多分これは井戸の蓋だわ。その蓋に乗って皇都を目指し飛んでいた。

 まさか、いきなり説教をされるとは思っていなかったが、それほど心配してくれていたということなのだろう。素直に謝っておくことにしよう。この分だと師匠の説教はかなりの長時間を覚悟しなければならない。

 しかし、この井戸の蓋と思われる板は狭すぎる。

 前に乗せてもらった木戸であれば、怖くはあってもなんとか立っていることが出来たが、この蓋で立つ為にはロヒさんを支えにするしかなかった。

 さすがに突然縋り付くのはこちらが恥ずかしくなるので、少しもじもじとして、怖いことを主張しつつ、様子を見てみよう。

「ちょっと……、この板は、立つには怖いですね」

「急いで来たんで、大きい板が見付からなかったんです。少し狭いですが、我慢してください」

「……」

 ここは「私に掴まってください」くらいの事を言うのが紳士というものだろう。

 しかたがないので、蓋から足を垂らして座ることにしたが、座った私を見て、この朴念仁の口から出た言葉は、「……気流が乱れるので、できれば足は板の上に置いてください」だった。

 この残念な優男は、もう少し『人間』の事を勉強する必要があるようだ。

 気流が乱れて墜落されても困るので、膝を抱えて座った。


「創成の竜には会えたのですか?」

「はい。おかげさまで」

 この事に関しては、このロヒさんには感謝しかない。

「それはすごい。まさか本当に会うことができるとは思っていませんでした」

「あれ? 会えると言ってませんでしたか?」

「いえ、それくらい時間があるので暇になるくらいなら挑戦してもいいかなと……。直ぐに諦めると思っていたので。軽率でしたね」

「そうだったのですね。でもおかげで素晴らしい三年間を過ごすことができましたよ。あまり人には話せないのが残念です」

「そのようですね。でなければ三年なんて居続けることはできないでしょうから。良かった。あの悪戯が悪いことだけになってしまわなくて」

「もちろん辛い事もありましたが……。それでもやっぱりあの悪戯のおかげなのは変わりませんね。お礼を言っておきます。ありがとう」

 この三年に起きた出来事は、ロヒさんが居なければ何事も無く、ただ建築家としての仕事をやって終わっていただろう。悪戯で描かれた地図の所為で投獄までされ、さらに命まで狙われたが、それですら今となっては面白い、とまでは言えないが、思い出話にする事ができる。

「それで、私は皇都にそのまま帰っても問題なくなったのでしょうか?」

「それは、実はなにも進展していません」

 まだ思い出話には出来ないらしい。

「え? それじゃこのまま帰っては……」

「はい。まだ命を狙われる可能性があります。ですので、ヴェセミアさんには一度、白竜の所へ行っていただきます」

 ロヒさんの話では私を送り出した時には、まったく考えが無かったらしく、私の安全を確保した後で考え着いた方法は、まったく逃亡する必要がない方法だったらしい。

「三ヶ月を過ぎたあたりで後を追い掛けた方が良かったと後悔しました」

 追い掛けられなくて良かった。

 もしも直ぐに解決したのであれば私のこの三年は無かったのだ。


 そろそろ皇都の城壁が見えそうだと思われる場所まで来ると突然西へと旋回し、ヴオリ山へと空飛ぶ蓋は進路を変えた。

 麓の村へ着いたのは既に夕方を過ぎ夜になっていた。宿を取り、そこでロヒさんから明日の行程についての説明を受けることになった。

「え、私一人で登るのですか?」

「はい。私は行くことができないのです」

 おじいさんがターゲへと言った「本来は人の姿であっても縄張りに入れば攻撃するぞ」という言葉を思いだす。やはりそういうことなのだろう。

「あの蓋に乗って行けば、午前中には着くと思っていたのに……」

「もうしわけないのですが、前回と同じように歩いて行ってください」

 なんだか、焦れったい。はっきりと教えてくれれば良いのに。

「……そろそろ正体を教えてくれても良いように思うのですが?」

「え? あはは……。――そうですね。でも、多分、今度白竜に会えば判るのではないかと思いますよ。判っても公言は控えていただけるとありがたいのですが」

「まあ、悪いことをする人……、悪い奴では無い、というのであれば、そんなことはしません」

「たすかります」

 正体は、薄々は気付いていた。でも白竜に会うと判るというのはどういうことなのかしら?


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