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最後の着陸

 この北の地へ来てから、そろそろ三年が立つ。皇都を出た時から数えれば丁度三年だ。

 この三年は誰にも真似できることができない程の経験をしたと思う。仕事は逃してしまったが、それ以上の素晴らしい経験だった。

 今日の着陸報告で百隻目、つまり最後の日となる。この城で暮らした二年は出発時には考える事すらできない出来事だった。これは誇っても良いことに違いない。誰にも話すことができないし、信じられもしないだろうが。

「今日は少し装置を改良したぞ」

 嬉しそうな魔王というのも面白いものだ。人の世界であれば残忍だと思われているこの魔王が、まるで子供がおもちゃを組み立てたような顔をして喜んでいる。

「なにを変えたのですか?」

「おまえの声を念話にして向うへ届けることができるようにしたぞ」

「私の声を……」

 私がなにを話せば良いのだろう。魔王はなにかを企んでいるのだろうか?

『これより着陸体勢へ入る』

 その声にはなんだか聞き覚えがあった。魔族との会話は念話なのだから声に聞き覚えがあるというのは変な話ではあるのだけれど、確かに聞き覚えのある声だ。

「今の声はリヘラさんではないですか?」

「ああ、そのようだな」

 魔王の顔になにかを思い詰めたようなものを感じる。やはりリヘラか居なくなった事は魔王にとっても寂しいことなのだ。

 いつもの一時間が過ぎていった。これまで問題が起きたことはない。この着陸も問題無く完了するだろう。

『今、着陸した。問題はないようだ。この船で最後だが、こちらの生活はこれから始まる。これからも支援を頼む』

 落ち着いているように話すリヘラだったが、それでもやはり興奮している事が声の抑揚から判る。これまでの到着報告と同じように周りの状況を伝えてくれていた。

「なにか伝えることはないのか? その装置の前に立って言葉を発せれば向うへ届くぞ」

「私の前にゼノ様から声を掛けてあげられては如何がでしょう?」

「……あぁ。……そうだな」

 そう言って立ち上がると通信士の横へ行き話し掛け出した。魔王の声が箱から聞こえてくる。

「リヘラか? 聞こえているか?」

『ゼノ様ですか? はい。リヘラです』

「おめでとう。おまえ達が無事に到着したことを誇りに思うぞ」

『もったいのうございます。その御言葉だけでわたくしはこの星との運命をなんの憂いもなく共にすることができることでしょう』

「そうか。これからも励めよ」

『はい。御意思のままに』

 短く簡単に掛けたその言葉の中には二人だけに通じるものがあるのだろう。リヘラの言葉には嬉しいという感情を感じ取ることができた。

「おまえもなにか話すとよいだろう」

 なにを話そう。なんだか気恥かしい。

「リヘラさん。聞こえますか? ヴェセミアです」

『ああ、おまえか。まだそこに居たのだな』

「もちろんです。でも、それも今日で最後ですが」

『そうだな。ご苦労だった』

「いえ、実際に飛んでいる魔族さん達にくらべれば、ただ見ているだけの私の苦労なんて無いようなものです」

『そうか、早いものだな。もう二年以上前になるのか。おまえがゼノ様に無礼な頼みごとをしてから。まあ、それがあって、この偉業なのだからおまえにも少しは感謝すべきなのかもしれんな』

「そうですよ。感謝してくださいな。――そうだ。おじいさんへの伝言はちゃんと伝えました。おじいさんは全然気にしていませんでしたよ。多分、最初から」

『そうか、伝えてくれたか。礼を言う。ありがとう』

 これでリヘラは創成の竜に対しての憂いがない生活を送れるようになるだろう。そうであって欲しい。


「もう行くか」

「はい。お世話になりました」

 今日でこの魔王の城を去る。この別れの挨拶が魔王との最後の会話になるのだろう。

「うむ。おまえのお陰でこの二年は色々と忙しく、暇を持て余すこともなく、有意義だったぞ。礼をいっておこう」

 なんだか褒められているのかよく判らない言葉だが素直に礼として受け止めよう。

「こちらこそ、私の我儘を聞いてもらって、ありがとうございました。また何かあったら怒鳴り込んできます」

「いつも解決できるわけではないぞ」

「でも話し合いは重要だと思いますよ」

 二年という月日は相手が魔王であっても情というものを生んでくれるらしい。魔王やこの城との別れがこれ程に寂しく感じるとは、この城へ来た時には思っても見ないことだった。

 城の皆に別れを告げ、ターゲの背中に乗って上空へ舞い上がると崖の上の造船所や、城へ続く谷がよく見えるように、ゆっくりと飛んでくれと頼み、二年間に起きたこの城でのことを思いだしながら眺めていた。またいつか来られる日が来るといいのだけれど。

 谷を過ぎ、最初に魔王と間違えたヘンギも見える。

「そろそろ高く飛ぶぞ」

 ターゲの言葉に返事をしようとした、その一瞬に見た雪の平原に、一つの黒い影が目に止った。魔族のだれかだろうか?

「ちょっとまって。あの影は誰かしら?」

「ここからじゃ判らんな。少し近づくか」

 そういってその影へと飛んだが知らない人だった。魔族ではなく人間だった。その人は多分、これまでに私達の食料を運んでくれていた、あの会うことを禁じられていた創成の竜が助けた子供の子孫ではないだろうか。

「これまでありがとー」

 そう大声を出して手を振ると、こちらを見上げてくれた。その顔はまだ十代前半の少年のように見える。

「あんなに若い子だったのね」

「降りて話をするか?」

「やめておきます。魔王の命令に従いましょう」

 これから先もあの子とその子孫は、同じようにこの雪深い場所を幾度となく往復するのだろう。


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