魔力
「どうして魔力を持つ『二人の人間』なんて言ったのかしら?」
部屋へ戻り、その事をターゲに聞いてみた。
「君も魔力を持ってしまったからね。当然そう言うだろうな」
「魔力? そんなもの、持っていないわよ」
皇都で生まれた人間は、十歳までに魔力保持検査を受けることになっている。私ももちろん検査したが、魔力など、まったく検出されなかった。
「気付いていなかったのか?」
「私が? 魔力を持っているの?」
聞いた話でしかなく、詳しく知っている訳ではないが、人の魔力は生まれた時に決定されていて成長過程で魔力を保持することはないはずだ。
「ああ。創成の竜に肩を治療された時から君の中には魔力が宿っているよ」
「……知らなかったし、気付きもしなかったわ。後天的に保持することもあるのね」
これは、もしかすると、魔法学の大発見になるのではないだろうか? しかも、私という生きた証拠まであるのだ。建築家ではなく、魔法学の権威として後世に名を残せるかもしれない。
「創成の竜から聞いていたと思っていたんだがな」
「おじいさんはそんな事いう人……、竜じゃないわよ。帰ったら問い詰めてやる」
「邪魔なら使わなければ良いだけだろ。それ程問題になる訳じゃないんだし、怒る程のことではないだろ」
「怒るわよ。怒るにきまっているわ。私も魔法が使えるようになるのよ。こんな素晴らしい力を手に入れたのだから、直ぐにでも云って欲しかったわ」
「ああ、そういうことか……。つまり嬉しいってことなんだな」
「当たり前じゃない。――それで、どうやれば魔法が使えるようになるの?」
「俺が教えるのか?」
「他に誰がいるのよ」
その日から魔法を習得する日々が始まった。
「どう、おじいさん。魔法使いの娘ができた気分は?」
おじいさんの元へ帰った時には簡単な魔法はいくつか覚えてしまっていた。思ったよりも簡単なものだ。火炎塊を二つ、頭の上に浮かべて自慢してみたが、あまり驚いた様子もない。
「それぽっちの魔力でなにができるというんだ。威張るなら飛べるようになってからにするんだな」
さすがに飛ぶ魔法は無理らしかった。ロヒさんが使っていた魔法をターゲに訊いて見たが私の力ではかなり難しいらしい。
おじいさんから預かっている杖を使えば工夫次第ではなんとかなるかもしれないと言われたが預かり物を使う訳にはいかない。ましてや、なんとかして飛べてしまうと、白竜に届ける前に良からぬ考えをしてしまうかもしれない。もちろんそんな考えをするなんてことは無いと自分を信じたいが。
「おじいさんの魔法で私の魔力を上げられないの?」
「腕を一本落す覚悟があるのなら考えなくもないがな。――いや空を飛ぶなら二本くらいは必要かもな。どうだ? やってみるか? 十回やれば二回くらいは成功するぞ。まあ後の八回は死ぬことになるがな」
それは遠慮しておこう。命を掛けてまで欲しいものという訳ではない。
それにしても今日のおじいさんはよく喋る。これは色々と訊く好機だ。
「治療された人間は誰でも魔力を持つことができるものなの? 人の世界でやれば一財産稼げちゃうわね」
「それくらいの魔力が嬉しいものかね? なにもできないじゃないか」
「これだけできれば十分よ。この力だけで食べていけるわ」
「なくとも食べていけるだろ」
「……それより、どうなの? 治療されたら誰でも魔力を持てるの?」
「おまえの傷は致命傷だったんだ。それを治療するとなると欠けている部分を補填する必要がある。その補填部分には、魔素をおまえの身体の一部とするように変質させてあてがうことになるが、その魔素を使った部分が魔力の元になる」
「つまりその補填部分が多い程、魔力も上るということ?」
「そういうことになるな」
昔、おじいさんが助けたという子供は腕を一本まるごと補填されたという話だった。腕二本分で空を飛べるということは、ロヒさんも二本くらいの腕を失ったことがあるのだろうか? 足かしら?
「魔法生物とおまえ達が呼んでいる竜や魔族は全身魔素だから、その分、人などよりも多くの魔力を持っているんだ。人の魔力なんて役立つ程には高くならんよ」
「これくらいでも十分なのよ。持っている者と持っていない者の考え方は違うものよ」
「そんなもんかね」
その日は魔力の事を色々と訊き、面白い話を沢山聞くことができた日だった。
着陸した船が七十隻を越えた。そろそろこの城との別れが近づいてきている。
「今日は通信を直接聞けるぞ」
「はい? 意味がよく判りませんが」
「念話を音に変換する装置を作ってみたんだ。さすがに映像までは手が回らなかったが。これで様子が判るはずだ」
魔王の技術力は途方もないものだ。改めてそのことを実感させられた。
『これより着陸体勢へ移行する』
魔王が持ってきたその箱から聞こえる音は少しくぐもって聞き取りづらいが、この声を出している魔族は、空を飛ぶような早さでも一年も掛かるほど遠くの場所にいる。そのことを考えると感動すら覚える。
「慎重に行動してくれ」
こちらからの念話も音に変えて聞こえるようになっていた。これまでこんな遣り取りをしていたのか。
『了解した』
どうやら着陸体勢に入ったらしい。これまでは着陸が成功したことを魔王から伝えられるだけで感動も薄いものだったが、これならば一緒に感動を分かち合える。
「一時間くらいはこのままだがな」
魔王の念話や顔には、少し自慢気な気持ちを感じ取れた。ちょっと可愛いと思ってしまう。
着陸体勢から着陸完了までは一時間くらい掛かるらしい。その一時間の間が一番危ないということなのだが、これはこれで精神的に疲れる。十分くらいにならないだろうか?
「その箱から聞こえる声も、魔法の力なのですか?」
「ああ、魔力を使って変換している」
魔力を持つ竜や魔族が羨ましい。この力を人間が持っていないのは不平等だ。私は幸運にも持つことができたが、竜や魔族に比べれば微々たるものらしいし、これだけの技術に発展させるには、私一人がどう足掻いても無理なことだろう。
とつぜん箱が大きな音をがなり立てた。あまりに突然だったので最初の声は聞き逃してしまった。
『――した。すごいぞ、おれたちは辿り着いたぞ。周りに先に着いた者が手を振っているのが見える。その奥には船も見える。十、いや三十くらいは見えるぞ――――』
興奮しているのが判った。がなり立てているその箱からは、途絶えることなく辿り着いた場所の風景や先に着いた魔族達の様子を伝えてくれていた。
「様子が判るようになっただろ? 満足か?」
「はい……」
泣くことを堪えることに必死で、それ以上の言葉は出なかった。