異質なもの
最初の船が移住先の星へと辿り着く日が来た。
魔王が言っていた危険な出港と着陸の内、出港は全て終わったが、これからは着陸の日々が来る。なにも問題なく全ての船が着陸できますように。
残念ながら着陸の様子は一切判らない。
このあまり広いとはいえない部屋で連絡が来るのを待つだけだ。
しかも人間である私は、その通信の内容は判らず、見るものもなく、聞くこともできないで待つしかない。
通信内容が判ったとしても、こちらでは着陸体勢に入った事と着陸の成功時にしか連絡が入らないらしい。
出港の時に比べるとかなり寂しい確認作業になるだろう。
「最初の船が着陸したそうだ」
出港時と同じく魔王と並んで座り、通信担当が座る後ろで連絡を待っていると突然そう言われた。
「随分とあっさりした初着陸ですね」
「見たり聞こえたりがないおまえにとっては、そうなるだろうな」
「今日はこれで終わりですか?」
「他になにかあるかね?」
あまりにあっさりと終わってしまって緊張することも無く終わってしまった。これはこれで楽なのだが感動も薄れてしまう。
「それじゃ、また三日後だな」
そういうと魔王はさっさと部屋を出ていってしまった。さて、自分はこの後、なにをしよう。
城の中もかなり寂しいものになっていた。出港前にいた魔族達も今ではほとんど見ることもなく、どこかへ消えてしまって閑散としている。その光景は初めて来た時の城を思いださせた。
出港前であれば色々な魔族達から様々な情報を貰うことができたが、今では城の中を歩いても魔族に会うことはほとんど無くなってしまった。日によっては世話役のカマリと会うだけということも珍しくなかった。
「あなたはいつもはどこに居るの? 城の中では見掛けないのだけど…」
夕飯の食材を持ってきたカマリを捕まえて話し相手にしてみる。どうやら私は魔族との会話に飢えているようだ。
「おまえ達が来た時と同じだよ。城の外の警備が俺の担当だ」
「ああ、そうか。城の外だと会うこともないわね」
「警備といっても何もおきないからな。今じゃおまえ達の世話役の方が忙しいくらいだ」
このカマリにしろ、谷の入口を守っているヘンギにしろ、魔族に敵対しようとする者など竜族を除けば居ないのではないだろうか。暇になるくらいであればなにか別の仕事をしてもらった方が良いのではないかと思ってしまう。
「迷惑を掛けて悪いわね。感謝しているわ。ありがとう」
今では食料に加え塩の他にも砂糖や酢、香辛料なども少しではあるが持ってきてくれていた。感謝は本当にしている。
「迷惑という程でもないさ。城の外まで運ばれたものをここへ持ってくるだけだよ」
「そういえば、どうやって調達しているの? この辺りでは肉も野菜も入手するのは難しいでしょ?」
「昔から人がこの城へ出入りしているのさ」
初耳だった。この城に入ったことがある人間は自分が最初だと思っていたが、残念ながら違ったらしい。
「そんな人がいるの? でもこの辺りでは魔獣になってしまうのではなかったの?」
「そいつは、その心配は、ないんだ……」
「そうなの? どうやっているのかしら? 今度その人に会わせてもらえない?」
「……だめなんだ。ゼノ様から絶対に会わせないようにと言われている」
どういうことだろう。それは魔王に直接訊く方がよさそうだ。
三日に一度の着陸報告があるので魔王と会う機会は週に二度ある。魔王が必ず出席するとは限らないが、ほぼ毎回出席していた。
食材を運んでくれているという人の事を訊くつもりではあったのだが、前回、やらかしてしまった事を反省して、まずはじっくりとそうした理由を自分なりに考えてみた。考えてみたのだがやはり判らないものは判らない。訊くしか無いようだ。
前回のように傷を抉るようなことがないようにちゃんと考えながら訊いてみよう。それに今回は問題の当事者なのだから訊く事には問題はないはずだ。
十回目の着陸報告もやはりあっさりと「無事、着陸したそうだ」という魔王からの報告で終了し問題の報告もなかった。実際のところ自分の目で見た訳ではないのだから、本当は問題が起きていたりするのではないだろうか。それを確かめる方法が無いのは確認するといっている自分の怠慢なのかもしれない。
「本当に着陸しているのでしょうね? 私には判らないと思って山積の問題を隠していたりしませんよね?」
さすがに一年以上を一緒に過ごすと魔王に対しても憎まれ口をたたいてしまう。相手は魔王とはいえ王であることには間違えないのだ。その内、しっぺ返しを食うことになるかもしれない。
「そうだな。おまえにも状況が判るような方法がある方がいいだろうな……。なにか考えておくよ」
そんな方法があるのだろうか? 星から星へと移動できる程の力を持った魔王のことだからなにか考えがあるのかもしれない。
「では、また三日後だな」
そう言うと立ち上がり去ろうとするが、それを引き止めた。
「あ、待ってください。少しお話しをさせてください」
少し嫌な顔をした魔王は座りなおすが、素直にいうことを聞いてくれる。これ程聞き分けの良い王は人の世界にも居ないだろう。
「またリヘラの話か?」
「いえ、それは自分の中では、完全にというわけにはいきませんが、それなりの折り合いは付いたつもりです」
「では、創成の竜か?」
「いえ、今回はその、私の事でして。――カマリから聞いたのですが、人がこの城に出入りしていて、その人と私を会わせないようにしろというゼノ様の命令があったと。その理由が知りたかったのです」
「……そうか」
「はい」
「……言わねばならぬか?」
「できれば」
「……」
「ゼノ様?」
よっぽどの理由があるらしい。隠されると逆にさらに知りたくなってしまう。
「一つこちらから質問するが、よいか?」
「……はい」
なんだろう? 返事に困ることでなければ良いのだけれど。
「おまえ達人間は、その中に我々、つまりおまえ達が魔族と呼ぶ者由来の人間が居たとして、問題なく暮らすことができるものかね?」
「魔族由来というと?」
「そうだな、魔族が親であるとか、魔族と親しいとか、そういう関係を持った人間が居たとして、それを受け入れられるだろうか? ということだ」
「魔族が人間を生んだのですか?」
「例え話だよ。――そうか、おまえは創成の竜と我々の間に起きたことを知っているのだったな」
「詳しく知っているとは言えないかもしれませんが、概ねの事は」
「その中に一人の魔力を持った人間がいたと思うが、その話は聞いているか?」
「はい。おじいさんが、創成の竜が助けた人間の子孫が魔族達と戦って倒れたと……。なる程、つまりその人は、その子孫ということでしょうか?」
「そういうことだ」
「その子孫の方がここへ食材を運んでくれていたのですね。でもどうして会ってはならないのでしょう?」
「食材を運ばせているのはついでだよ。おまえ達が来るずっと以前から続いている……、なんと言えばいいのかな、――そうだな習慣のようなものだな。そしてその者は今、人の住む世界で問題無く暮らしている。だが、自分が魔族と関係を持っているということは隠しているのだよ」
「つまり私がその関係を人の世界で言い触らすということですか?」
心外だ。そういう目で見られていたのであれば断固抗議する。
「心外ですね。私がそんな人間に見えていたということですね」
「そういう訳ではないさ。そう命じたのはおまえ達が来てすぐのことだ。その時点でおまえがどういう人間かなど判るものでもないだろ?」
「確かにそうですね。でも、今はどうですか? 会うことを許可して頂けますか?」
「……やはり駄目だな」
「なぜです? やはり私は信頼できない人間ということですか?」
「そうではないよ。だが、良く考えてくれ。おまえも既に魔族との関係が深い人間だということを」
「確かにこれ程長い間、魔族の領域に留まることができる者は人間として見られないかもしれませんね。でも、それがどうして会うことが許可できないことに繋がるのでしょう?」
「並外れた魔力を持つ『二人の人間』がそこに居る。二人は知り合いらしい。そんな時になにかの拍子で魔族との関係が表に出てしまう。人の世界でこんな状況が起きた場合、周りの人間がどのような反応を示すか想像できるかね?」
「異質なものは排除される……」
それまで黙って聞いていたターゲが一言だけそう言うと、寂しそうに俯いた。
人は異質なものを排除しようとする。実際、建築家としての女の立場は異質なものとして自分自身も阻害を受けたことがある。
「私はこんな話すらおまえにはするべきではないと思っているのだよ。あいつの事はおまえには知っていて欲しくない。二人は知り合うべきではない」
魔族を介した知り合いというだけで、もしそれが表にでてしまえば確かに二人共になんらかの影響が出る可能性は高いだろう。そんな事が起きるとは思えないが、万が一に備えるという魔王の意図は理解することができた。
それにしても私は魔力を持っていないのだから、あの魔王がした例え話は少し変だ。