動かぬ竜
「その、創成の竜とリヘラさんのことなのですが……」
「リヘラが行ってしまったことに文句でもあるのかな?」
「そうですね……。リヘラさんは創成の竜との事が切っ掛けで行ってしまったのではないのですか? リヘラさんは何百年も思い悩んでいたのでしょ? 今さらその罪に償いは必要なのでしょうか?」
行ってしまった後で私はなにを言っているのだろう。既に本人は帰ることができない旅に出てしまっているのだ。
「あいつは罪滅ぼしで行ったわけではないぞ。あの戦いは私と創成の竜の戦いだ。元からリヘラに罪はない。罪があるとすればこの私自身にある。それでも行くことを許可したのはあいつ自身が新天地をその目で見たいと言ったからだ」
「でも、無関係ということではないように思うのです。私はそこがどうしても納得できていないのです」
「私は無関係だと思っている。もちろんあいつがあの戦いを悔やんでいたのは知っているが、あの事が無くてもこの計画への志願はしていただろうと思っている」
リヘラの事をよく知りもしない自分が言うべき言葉はこれ以上、見付けることができなかった。無言のまま俯く他にできない。
「創成の竜が動けなくなってしまったのは私の所為だ。リヘラになにを聞いたのかは知らんがその責任は私に在るのだよ。だからといって創成の竜に侘びる気もない。戦いであれば死を覚悟しているのはあいつだけではないのだからな」
私はなにがしたかったのだろう。おじいさんの助けになりたいだけだったはずなのになんの答えも得ることができなかった。
私のしょぼくれた顔を見た魔王が気を使ってくれたらしく言葉をくれた。
「私は創成の竜を助けることはできないし助ける気もない。もちろん詫びる気もない。だが、これからおまえがなにかをしようというのであれば、その助けくらいはできるかもしれんな」
どうやら私は勘違いをしていたらしい。自分の力の無さを誰かが悪いということにしてそれを責め立てれば解決するのだと錯覚していたのだ。
今やるべきことは誰かに罪を着せることではない。問題を解決するために動くことなのだ。
「ありがとう。なんだか見るべき先が見付かった気がします。私は誰かの所為にしたかっただけなんですね」
もやもやが晴れたわけではないが、少なくとも今やるべきことは魔王を責めることではない。
「では、私は行くぞ」
そういうと魔王は城へと降りていった。
側でその様子を見ていたターゲがぽつりと言う。
「なんだか魔王が寂しそうに見えたのは気の所為なのかな?」
そうなのだ。何百年も連れ添っていた側近が旅立ったのだ。魔王は誰よりリヘラを引き止めたかったのではないだろうか。そして誰よりも苦しんでいるのではないだろうか。
私はまたやらかしてしまったらしい。
おじいさんの元へ帰りリヘラのことを話すと「そうかい」とだけ答えただけだった。
「おじいさんを動けなくした者に対して怒りもないの?」
「戦いだからな。死んでいたとしても文句は言わんよ」
おじいさんはとっくの昔にリヘラのことを許していたのだろう。いや、許すもなにも無く、なんの蟠りもなかったのかもしれない。
「それに動けないわけではないぞ」
「え? 動けないと聞いたのは嘘なの?」
「動こうと思えば動ける。意味もなく動かんだけだ」
「私を安心させようとして言っているだけでしょ?」
動いて欲しかった。動かないのは身体に良いわけじゃないはずだ。何度目だか忘れる程やっている挑発に乗ってくれるだろうか?
「みてろ」
乗ってくれたらしい。
それは動くというより浮くだった。姿勢を変えることなく、寝たままの状態でほんの少しだけ浮いて見せた。魔法で浮遊しただけじゃないか。
「それは動くといっていいものかしら?」
「もちろんこのまま移動だってできるぞ」
「そういうことではなくて……」
「心配してくれているのは判っている。だがな、わしはこれで良いと思っておる。なんの問題もないのだよ」
「青い空を見たいと思わないの? また空を飛びたいとは思わないの?」
「もう数千年もやったことだよ。まあ明日死ぬ、ということであれば最後にやるかもしれんがね」
「死ぬなんて言わないで……」
その「死」という言葉は私の不安を掻き立ててしまう。頭を浮いているおじいさんの胸に押し当て涙を堪えた。
「ああ、大丈夫だよ。まだまだ、おまえさんよりも長く生きるだろうさ」
それは判っていても不安は消えたりしないのだ。
「ありがとよ。おまえは心配することはなにもないさ。おまえにはおまえのすべきことがあるだろ」
私はどうやら心配しすぎているらしい。このおじいさんの言う通り、先に死ぬのは私の方なのだし、自分のやるべきことを優先すべきなのだろう。
ふと、浮いているおじいさんの、いつも寝ている岩へ目をやると棒のような物が目に止まった。
「なにか、これは棒切れ? こんな棒を下敷きにしていたのね。痛くなかったの?」
そういうとその棒を取りに浮いているおじいさんの下へと潜り込んだ。
「今降りないでね。下敷きになっちゃう」
拾い上げたその棒は木ではなかった。杖のように見えるが素材はなにかの牙のように見える。
「ああ、それか」
「これは杖? 竜も杖を使うの?」
「竜に杖は必要ないな。杖というよりは魔導具だな」
「魔導具? どんな効果があるの?」
「竜が使ってもあまり効果はないが、人間程度の魔力しかない者が使えば魔力を数倍にしてくれる」
魔法が使えない私には不要なものらしい。数倍というのがどれくらいの価値を持つのか判らないが、売れば高値が付いたりするのだろうか?
「友を看取った時に、そいつの骨から形見として作ったものだが、忘れておったな」
「形見なんて、竜にもそんな習慣があるんだね」
「おまえさんは白竜に言われてここへ来たといっていたな」
「ええ。白竜から創成の竜のことを初めて聞いたわ」
「その白竜にその杖を渡してくれんか」
「うーん。いつになるか判らないわよ? そんなに簡単に会える訳ではないのだから」
「いつになっても構わんよ。わしが持っているより白竜が持っておくべきものだからな」
「それなら預かっておくけど……。どういう経緯かは訊いてもいいのかしら?」
「……面倒じゃ」
私のすべきことに協力はしてくれないようだ。