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因縁

「戻るのか」

「うん。また二ヶ月くらいしたら帰ってくるからね」

「おまえが帰るのはここではなかろう」

「話をまだ訊いてませんよ」

 一泊したら次の日には魔王の城へ戻らなければならない。次の出港は明日なのだ。

 本当はおじいさんが心配だった。竜を心配するなんて自惚れが酷いと自分でも思うが、この動くことができない竜を一人にするのが辛かった。

 二ヶ月で帰ると云ったが、もしかしたら一ヶ月もしないうちに自分自身が耐えきれずに戻ってくるかもしれない。ターゲには悪いが頑張って往復してもらうことにしよう。

「あぁ、これって私が寂しいのね……」

 おじいさんが心配なのは本当だが、ここへ帰ってきたかったのは自分が寂しいのだということに気付いてしまった。


 城へ戻るといつものように皆が慌しく働いていた。全ての船を出港させるのに一年。計画では百隻の船を出港させることになっている。計算すると三日に一隻を出港させることになるらしい。

 十箇所しかない造船所で作っているため、一箇所あたり一ヶ月で一隻の船を組み上げる必要がある。

 部品は別の場所で作っているので造船所ではそれを組み上げるだけなのだが、その巨大な船を一ヶ月でというのは私から見ると到底無理な事にしか見えない。どこか一箇所でも躓きがあると計画が総崩れとなってしまうのではないだろうか。

 事故など起きないようにと、それを祈ることしかできない自分が情けなかった。

 最初の船は問題なく航行できているらしい。

 六時間毎の定時連絡ではこれまで問題が報告されたことはなく、全て順調だということだった。どうやって連絡しているのかを訊いてみたが念話を応用したものだとしか判らない。その先の説明はまったく理解不可能で、それはきっと魔法なのね、と勝手に理解したことにした。

 二隻目の船も無事に空へ上っていってくれた。あと九十八隻もこんな緊張の中で見送ることになるのかと思うと、ちょっと確認させろといったことを後悔させられる。きっとこの一年は一生の中で一番緊張することの多い一年になるのだろう。

 少し憂鬱でもある。


 そして半年も過ぎないうちに船が五十隻に達した。やっと折り返し地点だ。ここまで順調に進んでいる。出港した船も全て問題なく航行できているらしい。

 創成の竜の洞窟へはやはり一ヶ月に一度は帰ることにした。

 自分が寂しいのだと判ってしまうと、ますますその気持ちが大きくなってくる。心配だといっているのも口実としてだけではなく本当に心配はしているのだが、おじいさんといっても、これから先の人生は私の方が短いだろう。心配なんてされても創成の竜にとっては迷惑なだけだ。

 その日、出港が無事に終わり、テラスで夕飯にする肉を焼き、野菜と骨を煮立ててスープを作っていると部屋へ魔王の側近であるリヘラが珍しく入ってきた。

 最近では野菜も入手してくれるようになってスープもそれなりのものになってきている。ただ、調味料が塩くらいしかないので美味しいかと言われると素直に美味しいとは言えないのだが。

 リヘラはこの美味しそうな匂に釣られて来たのだろうか?

 違ったらしく部屋へ入るなり、いかにも臭いといわんばかりに顔を歪ませて鼻を押さえた。

「おいしそうな匂いでしょ? 一緒に食べますか?」

 食べる訳がないが、人の食事を臭そうにするのだ。ちょっとした嫌がらせくらいは許してもらおう。

「一口くらいならもらってみようか」

 意外だ。嫌がらせのつもりが食事を分けることになってしまった。それは別段構わないのだがいったいどうゆう風の吹き回しだろう。ターゲも驚いた顔をしている。

「実は創成の竜のことなんだが」

 スープを口へ運ぶ手が止ってしまった。

「おまえは創成の竜と同じ洞窟へ住んでいるそうだな」

「はい。住んでいるといっても、今はここに居るので実際に住んでいたのは、ここを訪れる前の数ヶ月くらいですが」

「それなら聞いているのだろう? 創成の竜とゼノ様の因縁を」

 二人が顔見知りだということすら知らないことだ。因縁というのはなんのことだろう。

 ターゲは知らん顔でスープを飲んでいる。この竜はその因縁とやらを知っているのだろうか?

「いえ、まったく知らないです。話してもらえますか?」

 ターゲの手が少しだけ止ったように見えた。知っているらしい。

「そうか。知らなかったか。邪魔をしたな」

 そう云うとスープも肉もほとんど手を付けずに出ていってしまった。何だったのだろう。

「さて、ターゲさん。その『因縁』とやらを詳しく教えてもらえますか? 知らないとは言わせませんよ」

 創成の竜、つまりおじいさんは昔、人の子供を助けたことがあるらしい。死にかけていたその人間を育て成長し、そして死んだ。

 その子供はそれなりに成長して子供を作り、その子孫はまだこの世のどこかにいるらしい。

 おじいさんが助けた時、その子供は腕を無くし、その腕をおじいさんは魔法で再生させたが、その再生させた事によりその子供は魔力を持ち、人としては強大な力を得ることになった。そして今もどこかに居るその子孫もその強大な魔力を持っているらしかった。

「それで?」

「話していいのかな……」

 話したくない理由はなんとなく判る。個人的なことを、しかもそれが知られたくない過去かもしれないことを本人の承諾なしに他人が話すことはやはり躊躇するものだ。それでも知りたかった。

「魔王に聞いたことにするから。おねがい」

 あまり気乗りがしないという顔で渋々と語りだしたターゲには悪いことをしたが、日頃から話を訊きだしているおじいさんにはなにか恩返しをしたかったのだ。その返すものの見当になるかもしれない。


 もう何百年も昔の話で、正確なことは竜の中では創成の竜しか知らない話らしい。そういう前置きをした後でターゲはぼそぼそと語りだした。

 その時代、今と同じように魔族が勢力を広げ魔獣もそれに呼応するように増えていった事があった。その魔獣達は人の領域に入ってくることが増え悲劇も増えることになった。

 創成の竜が助けた子の子孫が住む村も魔獣に襲われ、村は壊滅した。一人生き残ったその人間は怒りにまかせ魔獣達を壊滅していき、さらに北上して遂に魔族の領域にまで入って魔族とも戦うようになってしまった。

 しかし魔獣とは違い魔族の力は桁違いで、その人間は倒されてしまう。倒されたその人間を助けたのは魔王だった。

 人間は片腕を潰されほとんど死んでいるような状態だったが、魔王は蘇生させ、さらに腕を復元した。

「つまり、その人は創成の竜に先祖が救われ、腕を再生してもらって、今度は魔王に救われ、また腕を再生してもらったということね? よくよく腕を無くす家系なのね」

 ターゲは「そんなことどうでもいいだろう」というような顔をしている。

「ごめんなさい。話の腰を折ってしまって」

 ターゲは話を続けた。

 その人間は片方の腕に通常の魔素を使う魔力と、もう片方に変質した魔素を使う魔力を持つようになり、その変質した魔素が必要となった身体は魔族の領域を抜けることを困難なことにしてしまった。つまり、魔王の配下となってしまった。

 そんな中、勢力を広げていた魔族は氷竜とも交戦することが多くなり、創成の竜も他の氷竜と同じく魔族達と戦うことになる。

 竜の力は魔族を凌ぎほとんど氷竜が優勢に終わることになるが、ある日、魔族の中にその魔王の配下となった人間を見付け、その人間を開放するべく魔王と対峙することになった。

 最初は変質した魔素が必要となっている人間を、通常の魔素だけで問題なく生きられるようにしてくれと魔王に話したが受け入れられず、最後には戦いになってしまう。

 壮絶な戦いの後、創成の竜は致命傷に近い傷を負ってしまい、なんとか住処まで辿り着くが、そのまま動くことができなくなってしまった。

「これで満足か?」

「創成の竜が動けない理由は魔王だったのね。でも何百年も前の話なのでしょ? 傷も治れば動けるようになるのではないかしら?」

「そう単純な話ではないんだ。竜の……。これは人には話せないが、傷が治っても動けない傷もあるということだ」

 人でも古傷が元で動けないということはあるし、それに近いということだろうか?

「その人間はどうなったの?」

「変質した魔素が必要といっても、俺達がここに居るように、そいつも人の世界に戻ることはできない訳ではないからな。必要になったら魔族の領域に来るだけでもなんとかなったのだろう。その子孫はまだどこかに居るという話だよ」

 おじいさんの役に立ちたいという願いから聞きだした話だったが、その話からは自分にできることを見付けることはできそうになかった。


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