最初の船
それからの日々は船の建造や、募集面接を見て過ごした。
私はやることはないが見せろといったからには気になった物、場所、事柄、全てに口を挟んだ。担当している魔族は魔王から協力するように云われているらしく、どの魔族も従順に従ってくれる。
船の建造から最初の船が出発するまでに半年、全ての船が出発するまでに一年と半年が必要だが、その間は魔族と竜の争いが起きることになる。
それはこの計画の問題点として魔王にも伝えたが、緊急の処置としてこの辺りの雪原を移住希望者達に開放することで対応することになった。
この辺りの雪原は、本来、魔王に近しい者達だけが入ることを許可されている場所らしく、普通の魔族達には近付くことすら許可されていない場所だったらしい。
全ての魔族が魔王の子であるのなら、全ての魔族は近しい者だと思うのだが、魔族達の中にも階級のような物があるらしい。人の世界にもあるものだし、それに口を挟むことはできそうにないが、それでも全てが魔王の子なのだから平等に扱っても良いのではないだろうか?
移住を希望する魔族の数が八千を越えたと聞いた時には耳を疑った。あんなに危険で、帰ってくることも出来ない場所へ行くことに不安はないというのだろうか? 裏で脅しているのかとも思ったが、集まった魔族達の顔はどれも期待と希望に満ちているようだった。
私には理解できないが、昔読んだ船乗りの物語には、やはり危険な航海でもそこには期待と希望が溢れている描写を思いだす。船というものはそういうものなのかもしれない。
ターゲにお願いして、移住希望者の魔族八千名が雪原上に集っているのを空から見てみることにした。
空から見下ろすと、まるで戦場に散らばった兵士達のように見える。もし、これだけの魔族達が人の世界に攻め入って来るとしたら恐ろしいことだ。魔族がそれほど好戦的ではないという事実は私の心配を杞憂にしてくれる。
船の建造は壮観だった。
船は城の上、つまり崖の上にある造船所で作られている。崖の上には広大な荒野が在った。そこに十箇所の造船所があり、同時に十隻の空飛ぶ船を作っていた。
その船一つ一つがまるで城を作っているのではないかと思われる程、巨大で複雑な建設物だ。私は建設物には詳しいつもりだったのだが、そこで使用される工具ですら仕組みどころか用途も判らないものばかりで自分の知識の無さを思い知ってしまった。
もちろん自分に吸収できるものであれば吸収しようと邪魔者になることも厭わないで訊いて回った。実際、邪魔者だったろうと思うが、魔族達は誰も文句一つ言わずに教えてくれる。
ただ、魔法を使ったものや、訊いても自分の基礎知識の足りなさの所為でまったく理解できないことも多くあったことは残念なことだ。この知識を持って帰ることができれば私は大金持ちになれただろう。
最初はあまり楽しい滞在になるとは思っていなかったが、この建設物をこの目で見られるということだけでも素晴らしい経験として私の中に残っていくだろう。
計画は順調だった。
あっという間の半年が過ぎ今日は最初の船が出港する。
魔王の話では出港時と着陸時が一番危ないらしい。神様なんて信じることは無かったが、居るのであれば魔族達に祝福をください。白竜さんでもいい。そういえば、どこかの神様信仰では魔族といえば神とは敵対する者達だっただろうか?
最初の船の出港は魔王と私、それにターゲが並んで座り見届けることになった。
まるで各種族の代表のようだ。この良き日に出席できることを心よりお喜びもうしあげます。なんてどこかで話すことになるのだろうか?
側近のリヘラはそれには猛反対したらしいが、魔王が一睨みすると大人しくなったそうだ。世話役のカマリがこっそり嬉しそうに教えてくれたが、カマリはあまりリヘラの事をよく思っていないようだ。魔族にもやはりそういう関係というものがあるらしい。人も竜も魔族さえもやはりたいして変わらないことをここでも確認できた。
魔族の本も書けそうだ。
出港は人が行うような式典があるわけではなく、ただ座って見るだけだった。もちろん人間代表としての祝辞もない。
期待しながら見ていると、あの巨大な建造物が浮いているように見えてきた。さらに時間が過ぎると加速するように目に見えて上昇していった。
それは音も無く、最初は風船が昇っていくように、見上げるような高さになると急激に小さくなって、すぐに見えなくなってしまった。あまりにあっさりと飛んで行ってしまい、少しの間、唖然としていると魔王から念話で話し掛けられた。
「どうだ。飛んだぞ。満足か?」
満面の笑みだ。魔王の方が満足しているように見える。
「まだ、一隻が飛んだだけです。これから一年後、あの船が星に到着した時に、いえ、違いますね。全ての船があの星に無事到着した時に満足することでしょう」
「そうだな。まあ、今日の所は一段落ということで少しは喜んでくれ」
そういうと魔王は席を立ち城へと降りていった。
嬉しかった。魔王へはああ云ったが私だって嬉しいのだ。泣き出すのを必死で堪えて見ていたのだ。
その晩はカマリに頼み込んで調達してもらった葡萄酒をターゲと一緒に飲んだ。最初は嫌がっていたターゲだったが、一杯だけ無理矢理飲ませると二杯、三杯と飲み四杯目で酔い潰れてしまった。竜というのは酒に弱いらしい。ターゲだけだろうか?
悪いことをしたかもしれない。
次の日、ターゲに頼んで創成の竜の洞窟へ帰ることにした。
二日酔いらしく「明日ではだめなのか?」と訊いてきたが、無理矢理起してやった。
ターゲを知るにつれ、だんだんと駄目な男という感想が増えてくる。こっちが勝手に思い込んだ竜族の印象を押し付けているだけではあるが、葡萄酒を数杯飲んだくらいで潰れていては人にも劣るというものだ。鍛える意味も込めてここは飛んでもらうことにしよう。
まだ一隻目が飛んだだけだが切りは良いだろう。それに創成の竜もなんだかんだと心配しているに違いない。年寄りにあまり気苦労を掛けるのは良いことではないはずだ。
なんだかもう一人、年寄りがいた気もするが思い出すと自分自身の気がまいってしまいそうなので極力思い出さないようにした。
季節はそろそろ冬だ。この北の地へ来てそろそろ一年くらいになる。嫌なことも有ったが結構面白い一年だったといえる。こんな経験は普通の人はできないはずだ。
創成の竜の洞窟は変わらずに在った。あたりまえだが、そこに在った。
洞窟の中に入ると懐かしさが溢れる。たった半年だが、なんだか住み慣れた我が家へ帰った気分だ。
創成の竜は私が帰ると私を見詰め、その目が少しだけ大きく開いたように見えた。竜の表情はまったく読めないが、この時の創成の竜はきっと驚いていたに違いない。
「おじいさん、ただいま。ごめんなさい。帰るのが遅くなってしまって」
「死んだと思ったが生きておったか。馬鹿者が。生きているならもっと早く帰ってこんか」
会話だけ聞けば家族の会話だ。
嬉しいことにおじいさんは私の事を忘れるどころか心配までしてくれていたらしい。それを感じてこの私が泣かない訳がない。
その晩は創成の竜のお腹に顔を埋めて泣き、この半年に起きたことを話し、そしてまた泣いた。