了承
その後、部屋へ戻りターゲに話を訊いた。
ターゲは魔王の前では殆ど発言していないようだったが、この大地のことや空の彼方にある星の事を知っていたのだろうか? 人にばかり話をさせて……。今にして思えば魔王の云っていることが本当か嘘かくらいは助言してくれても良かったのではないかと思ってしまう。
「ああ、この星が丸いことも、太陽の回りを回っていることも知っているよ」
「それじゃ、あなたもあの星へ行ったことがあるの?」
「それはないよ。さすがに別の星まで飛ぶことはできないからね。魔王だって何かに乗っていただろう? 船と云っていたかな」
確かに自身が飛ぶのではなく、まるで家に居ながらそのまま飛んでいるような、そんな感じがしていた。
「竜を創ったザーも同じように別の星を目指して飛ぼうとしたことがあったらしいが、高く飛ぶにつれて魔素が薄くなって飛べなくなったらしい。魔王はその解決方法として魔素を作りながら飛んで行くといっていたな」
「知っているなら魔王の云っていることは本当だ、くらいは云って欲しかったわね」
「ああ、まさか知らないとは思っていなかったんだ。竜や魔族は人と違って飛ぶことができるからね。その辺りは常識として知っているものだと思っていたよ」
あまり納得できないが、それをねちねちと云うのも違うだろう。それよりも移住の話だ。
「魔王の云うようにあの星で魔族達が暮らしてゆけると思う?」
「それは俺にも判らないな。あの星でも魔素が作れるというのならその可能性は高いだろう。だけどあの念話が完全に本当かどうかまでは判らない」
「あなたはどう思うの? 信じても良いと思う?」
「本当の事を云えば、どちらでも良いと思っている。魔族は竜族にとって邪魔な種族だ。行って全員が死んだとしても俺自身はあまり痛みを感じないだろうな」
この発言は少し私を苛つかせるが、この三日の間でほんの少しだけ考え方が変わってきていた。
魔王やターゲの言動は人間とは違う訳ではないのだろう。人だって一旦、敵だと認識すればその相手を殺すことだってあるのだ。竜にとって魔族はその相手ということだろう。竜族や魔族との交流はまだまだ少数なのだ。全体を見ていない私が決め付けられる程単純ではないだろう。
私は平和な時代に育ち、そのような思いをせずに済んでいるだけで、やはり私を含めた人間が竜族や魔族と同じ立場であれば同じ考えになるのは大いに考えられることだし、これまでの人の歴史から見てもそうなのだろうと思える事だった。
次の日、また魔王からの呼び出しがあった。早速、昨日の策を実行する許可を私に求めるのだろう。魔王に許可を与えるなんて私も出世したものだ。人間界に戻ればちょっとした英雄になれるかもしれない。こんな話を信じる者がいるとは思えないが。
「どうだ、考えてくれたか。昨日、説明した方法で解決としてよかろう?」
昨日訊きそびれた事を訊いて、それで納得できたら許可しよう。そう決めていた。
「その星へ行く者はどのようにして決めるのですか? ゼノ様が決定して、それを強制するということであれば許すことはできません」
「――では、どうやって行く者を決めるのだ?」
「希望者を募ってください。その時、全ての事を希望者に説明する事にしてください。危険なこと、帰っては来られないこと。それらを全て了承した者だけを送り出すということであれば私はその決定に従います。」
さすがに自分から行きたいというのであれば私が止める筋合いではないだろう。だが、それで希望者が集まるかは疑問だ。
その条件は魔王に取っては面倒なことなのだろう。あからさまに嫌な顔をしていた。
「それと」
話を続けようとすると魔王はさらに嫌な顔をして額を手で捕むようにして上を向いた。
「まだあるのか」
「はい。もう一点だけ。これは私の問題です。その出発から向うの星への到着までを見せて頂きます」
「見るとはどういうことだ? 実際に自分で飛ぶのでなければ航行の過程は判らんぞ?」
「もちろん私が行くというわけではありません。この城へ留まり、行く先の星へ無事到着した事が判れば良いのです。航行中も到着後も会話はできるというお話でしたよね?」
「それはできるが……。到着まで一年がかかる。最初の船を送り出すのは早くて半年先だ。そこから一年だから最初の船の到着までは一年と半年先、全ての船が到着するのは、さらにその一年後だ」
正直、そんな長いこと、この場所で暮らすのは嫌だ。しかし、この計画を了承したとすれば、そこに私の責任もあるはずだ。確認しないで了承だけするなんて私にはできなかった。
「判っています。例えそれが三年でも五年でも、失敗でも成功でも、私にはそれを確認する責任があると思っています。私がここへ来なければ、こんな計画はしなかったでしょう?」
「実は計画はあったんだ」
「え? そうだったのですか?」
「ああ。ただ、おまえが来たことで計画は大きく変更することになったがな。前の計画では実行は五年後、送り出す者も十体程度に計画していた」
それはそうかもしれない。ほかの星へ飛んで行くなんて思いつきで云えるものではないだろう。
「最初の計画では十体で、今回では五千体だということであれば、やはり私の責任は大きいと感じます。確認はさせてください」
「確認することはおまえの手間なのだから、私がどうこう言えるものではないな。好きにすれば良い」
責任といってはいるが、実際に問題が起きたからといって私がその責任を取れる訳ではない。無責任な責任の取り方ではあるが、それでもやはり確認だけはしておきたかったのだ。
次の日からこの『魔族移住計画』が始まった。
この城にこれほどの魔族が居たのかと思うほど城の中は魔族で溢れ返り、どの魔族も忙しそうに走り回っていた。
「本当に二年以上もここに居る気なのか?」
ターゲはあまり乗り気ではないらしい。
「あなたは帰っていてもいいわよ」
実際、ターゲがここに居る必要性は無いだろう。用心棒としてなら心強いが、この雰囲気だとあまりその必要も感じない。
「さすがにそれはできないよ。君は竜の為にここに来たのだろ」
「竜だけではないわ。魔族の為でもあるし、なにより私自身の為ね」
「竜の為というのが含まれている以上は、おれもここに居る必要があるだろ」
「そうね。居てくれるのは心強いわ。ありがとう」
さすがに回りに魔族達が沢山いるとはいえ、知り合いも居ない場所で私一人は少し寂しい。話し相手としても居てもらった方が嬉しいのも事実だった。
「それじゃたまには創成の竜の洞窟へ帰ることにするわ。乗せていってね」
「乗せるのは構わないが……。人間の町へは帰らなくて良いのか?」
「それは難しいわね……。あなたが乗せて行ってくれるのであればそれも良いのだけれど……」
「それは勘弁してくれ。人の世界まで飛ぶのは危険すぎる。何度も飛べば必ず人の目に触れることになって面倒なことになるのは目に見えている」
「白竜は飛ぶ時に人から姿が見えないように飛べるらしいけど、あなたは出来ないの?」
「残念ながら、その魔法はまだ使えない……」
「何百年も生きているわりに、なんだか頼りにならないのね」
「まだ百六十くらいだ。姿を見せないように飛ぶのは難しいんだぞ」
百年以上も生きていればなんでも出来そうなものだが。それは言わないでおこう。