解決策
魔王城へ滞在して三日が経つ。寒さはあるが外で寝るよりは快適だった。ベッドは冷たい石だが雪や氷の上で寝るよりはましだ。
食事も殆どが生の肉を出されたが部屋を出ると広いテラスがあるので、そこで焼いて食べることができた。野菜も食べたいがこの寒い土地では贅沢な願いだろう。骨もくれといえばくれるだろうし今度はスープでも作ってみよう。
ターゲは心配する程のことは無かったらしく夕方には目を覚ました。魔素が供給されるこの部屋があれば問題はないらしい。
ここへ案内してくれた魔族はそのまま世話役になってくれた。魔族にも名前があるらしく『カマリ』といった。まあ、それは魔王にもあったのだからあたりまえなのかもしれない。
魔族と魔王の関係をカマリに訊くとやはり親と子らしい。魔族にも魔王にも人と同じような生殖能力がある訳ではなく、やはり魔王一人で創るらしい。その話を聞いていたターゲが「それはザーと創成の竜達と同じだな」といっていた。そのザーというのが誰だか知らないが要は魔法で魔素を固めて命を生むらしい。
そんな物を作るような方法だから愛情が生まれないのだろうか? それでも命は命だ。生まれた命を、物を捨てるように消すことは絶対に間違えている。それは曲げられない。魔王がどんな解決策を出してきてもそれを曲げる気はなかった。
三日目の夕方、魔王から呼びだされ、再度謁見の間へと赴くことになった。今度はターゲも一緒だ。
「変なことを云いそうになったら止めてね」
「云わなければ良いだけだろう」
冷たい云い方だが正論だ。
魔王との謁見した内容をターゲに伝えたがあまり私に同意という感じではなさそうだ。どちらかと言えば魔族と考えは似ているらしい。魔法生物は皆同じ考えなのだろうか?
そうはいっても私の考え方が人間全体の考えかと問われれば答えに詰ってしまうだろう。悲しいことだが同じ人間でも命の重さを軽く考える者がいるのも現実だ。
謁見の間に入ると、前と同じように魔王と側近が居る。座り方も前と同じだ。
心象は大事だろう。とりあえず前の無礼な言動はあやまっておこう。
「ゼノ様、先日は無礼な物云いをしてしまい、大変失礼いたしました」
「ああ、気にはしていない。人の礼節は私には無用だ。まあリヘラは怒っていたようだがな」
そういうと横に立っている側近をちらりと見て少し笑ったように見えた。
「さて、本題の前に一つ訊きたいことがある」
「は、はい。なんでしょうか?」
なんだか怖い。答えられるだろうか?
「なぜおまえは竜でも我が一族、人は魔族と言うのだったか、その魔族でもないのにここまで来て竜も魔族も救えと言うのだ? おまえに何の得がある?」
難しい質問だ。何故と言われても漠然とそれが嫌だからだ。言葉を繕うより事実だけを云ってみることにした。
「竜と魔族の戦いを見たのです。その戦いで死んでいった魔族は悲しそうな顔で消えていきました。私は魔族が死を悲しむ事を知りませんでしたが、それを見て魔族も人と同じだと、命を持った、感情を持った、人と変わらない種族なのだと思ったのです」
魔王は黙って聞いている。
「人と同じであれば、それを無かったこととして、見なかったこととして放っておくことができませんでした。それがここまで来た理由です」
理解できるだろうか? できるくらいならあんなに簡単に殺せる訳がないだろう。でもこれ以上に云えることはない。
「つまりおまえに得がある訳ではないが、それを見るのが嫌だったと言うことか?」
「そうですね。得があるかは判りませんが、私は竜の友人が傷付くのも見たくはありませんでした。もちろん魔族が傷付きあんな悲しい顔をするのも見たくはありません。それを見なくて済む、心配しなくて済むのであれば、それが私の得なのでしょう」
「ふむ」
魔王は少し考えているようだ。理解しようとしてくれている。やはりある種の人よりも話の判る奴だ。
「やはり判らんな。人の考えというのは面白いものだが、それを理解するのは難しそうだ」
判らないのは仕方がない。生まれ方や種族や育ち方が違うのだ。でも理解してくれようとしてくれただけでも良かった。そう感じていた。
「さて、本題に入ろうか」
「なにか方法が見付かったのですか?」
「殺さずには済むだろうが、それがおまえにとっても良い方法かは判らんな」
殺すなと言われるまでそれを解決策だとしていた魔王の事だから、今度の解決策も私が嫌がる方法になる可能性はあるだろう。いきなりその方法を実行しないだけでもこちらとしては有り難いことだ。
「はい。もちろんその可能性があると思います。ぜひその方法をお聞かせください」
そう云うと魔王は椅子から立ち上がり、前と同じように北東にある壁のない方へ歩きだした。外を見ている。またなにかしようとしているのだろうか?
おねがいだから先に説明して。
「こちらへ来い」
その場所でなければ説明できないらしい。
側まで歩き魔王の横に立つとその顔を見た。暗い場所で見るその顔は恐怖の対象でしかなかったが、この明るい場所で見る顔は鋭い目付きだが整っていて、人として生まれていればかなりの美形だろう。少しどきりとさせられる。
「あの星へ五千体ほど送ろうと考えている」
魔王が指を指す先は空だった。
意味が判らない。あの星とはどれだろう?
夕方だがまだ明るい空だ。星なんて見えない。いや、星よりも送るとはなんだろう?
「えっと。まず、星とは夜空に空で光っている点のことですか?」
「ああ、それだ。今もあそこに見えている星だ」
「いえ、見えませんが」
一応、目を凝らして見てはみたが、星なんて見えない。明るい星なら確かに夕方や朝方に見えることがあるが、今はそこまで暗くはなかった。
「そうか、人には暗すぎて見えないのか。まあいい。今、あの場所に星が見えている。あの星は月を除けばこの星から一番近い星だ。この星と同じように太陽を回っている」
いやいや、判らない。とりあえずこの星ってなに?
こちらの質問に答えるのが面倒になったらしく、一から簡単に筋道立てて説明してくれた。
この私達が立っている大地も夜空に見える星と同じく星らしい。そしてその星はあの昼間に輝いている太陽の回りを回っているというのだ。どこかの偉い学者さんが聞いたら怒りだしそうな話だった。
さらに解決策とし五千体の魔族をそこへ旅立たせるというのだ。正気の沙汰ではない。星というのは光っているのだから燃えているに決まっている。そこへ旅立つというのは火の中へ飛び込めと云っているだけではないか。
「やはり殺すのではないですか。そんなこと許せません」
その後も魔王の説明は夜中まで続いた。