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ゼノ

「失礼しました。魔族とは……」

 どう説明すれば良いのだろう? まさか魔族に魔族の説明が必要だとは思ってもみないことだ。

 こちらが考え込んでいると横に立っていた側近が念話で話しているらしく、魔王はそちらへと視線を向けた。

「ああ、あいつらか」

 この側近は自分達が魔族と呼ばれていることを知っているらしい。代りに説明してくれたようだ。

 この謁見の間の片側は壁が無く、北東方向を一望できた。私達が来たここまでの道程であり、魔族と竜族が争っている場所もその方向だ。天候はどんよりと曇っていて、あまり遠くまでは見渡せないが魔王はその方向を見てそう答えた。

「人はあいつらを魔族と呼んでいるのだな。そして私は魔王ということか」

 怒っているのだろうか? その意味まで理解しているのだろうか? 人が「魔」という言葉を使うとき、それは邪なるものを意味する場合が多いということを。

「私達が魔族と呼んでいる方々は、ゼノ様の、そのなんというか……。眷属? そのようなものだと思っています。まず、それは間違えではないでしょうか?」

 ちょっと面倒臭い。丁寧な物言いも面倒だが、魔王と魔族の関係も良く知らない自分としては思い込みだけで話を進める訳にはいかないだろう。

「眷属? ああ、そうだな。人の関係でいえば皆、私の子供ということになるだろう」

 それはそれで驚いた。何千、何万の魔族が居るのか知らないが、全てがこの魔王一体の子供なの? それとも王と国民を親と子に例えるようなものだろうか?

 魔王はまた側近の方を見ている。なにか話をしているらしい。

「今、お前が魔族と呼んでいる者達は三万体ほどいるらしい。確かに多いかもしれんな」

 そういうと魔王は椅子から立ち上がり、部屋の北東方向、つまりこの部屋の壁の無い方へ歩き外を見ている。その三万の魔族がその方向にいるのだろう。念話で全ての魔族に話をしているのだろうか?

 こんな簡単にこちらの言うことを聞き入れてもらえると思っていなかったが、それならそれで有り難いことだ。魔王も結構、いや、かなり、場合によっては人よりも物分かりの良い種族なのかもしれない。

 解決は困難だと思われたこの問題も、いともあっさりと解決するようだ。やはり行動するということが重要なのだ。問題が解決した事と、自分の判断が間違えではなかった事に安堵していた。この時点までは。


 数分がそのまま過ぎる。長い話が偉い人の特徴なのはきっと魔族も同じらしい。

 ふと魔族達がいるであろう、その方向を見ると、遠くに黒い煙が昇っているのが見えた。なんの煙か判らないが少しそのまま見ていると、さらに数本の煙が立ち昇り、さらに増えてきている。

 その煙は私を不安にさせた。なんの煙だ。

 その不安は私を行動させる。

「あの煙はなんですか? 魔王さん、なにをしているのですか? 皆さんにお話しされているのではないのですか?」

 魔王はゆっくりと振り返り答えてくれた。しかしその答えは私を戦慄させる。

「おまえの願い通り竜への生息域へ侵入しないように数を減らしているのだが。五千体くらい減らせば数百年は大丈夫だろう」

 この事態は思ってもいなかった。まさか自分の子供を殺すなど考えもしない。それも一人や二人ではない。これまで何体の魔族を殺したのか判らないが五千体は殺すといっているのだ。それも私の願いの所為で。

「やめて……」

 言葉の途中で言葉が出なくなった。ターゲと同じくここまでの道程を歩いた疲れと、十分な食事を取れなかった所為もあるのだろうが、自分の所為で既に何体かの魔族の命が消えたのだという恐怖がそれらに加わり、意識を飛ばしたらしい。


 意識が飛んだ時間はさほど長くは無かったらしい。

 目を覚ますと、倒れた時と同じ場所で横になっていた。

 魔王を見るとまだ北東を向き立っている。

 止めさせなければならない。私はそんなことをさせる為に来たのではない。

「止めて。これ以上、命を消すのは止めてください。私はその命が消えるのが嫌でここまで来たのです」

 立ち上がることは出来そうにないので、へたり込んだままの姿勢でそう云い、虐殺を止めようとした。

 魔王はこちらを向くと見下したまま尋ねる。

「おまえの望みではないのか?」

「殺せなんて言っていない。竜と争うことを止めさせたいだけです。竜の生息域へ入らないようにしてもらうだけでよかったのに……」

 自分の所為で魔族が何体か犠牲になったという恐怖は消えていない。声が震え、頭がぼんやりとしている。

「それは無理だな。おまえの望みを叶えるためには個体数を減らすほかにない」

 恐怖に怒りの感情までが考えを纏めることを難しくさせる。頭に浮かぶ言葉が口から出てくるだけだ。

「あなたの子供達じゃないの? 殺すことに躊躇いはないの? 魔王や魔族には命が消えることになんの感情も湧かないの? あなた自身にも死の恐怖はあるのではないの? あなたはそれを他の者、自分の子供達に強要しているのよ。無責任で卑怯な行為よ」

 いつの間にか魔王の後ろへ立っていた側近がたまりかねたように口を挟んできた。

「人間、ゼノ様に対する無礼な言葉は聞き捨てならんぞ。その命も消えること、覚悟の上だろうな」

 魔王が腕を側近の前に出し後ろへ下らせたが、側近の目は私を睨んだままだ。

 いつの間にか私の口調が乱暴になっていることに気付かされたが私は怒っているのだ。そんなことを気にする余裕はない。

「私は死ぬのは怖いわ。それは魔族だって同じじゃないの? あなた達にそれを他者へ強要する権利なんてないわ」

「権利? あれらは私が創った。あれらは私の所有物だと思うがな。それでも権利はないというのか?」

「命は生れ落ちた時から、その所有権はその者自身にあるわ。他者がどうにか出来るなんて思い上がりよ」

「それは人の考えだな。我々には無い考えだ」

「命は同じよ。人も魔族も同じよ。考えがないならこれからはそう考えなさい」

 勢いというのは怖いものだ。魔王に対して命令してしまった。先刻の側近に殺されかねない。やはりターゲの目が覚めるまで待った方がよかったかもしれない。

 言い終わると少し冷静さが戻ったが間違ったことは云っていないはずだ。それでもこの言葉に対する報復を考えるとぞっとする。

「その理屈は理解できないが、まあ云いたいことは判った。少し考えてみることにしよう」

 このまま数千もの魔族が虐殺されることは無くなったようだ。

 やっぱり魔王は話が判る奴らしい。

 それでも何体かの魔族は殺されたのだ。それを考えると自分の話し方が拙く、死ぬ必要のなかった命をこの手で消してしまったのだという後悔が私を苦しめる。


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