魔王の城
話は簡単に通じた。あっさりと魔王ゼノが居る城まで案内してくれた。きっと魔族も話せば分かる種族なのだ。ちょっと拍子抜けではあるが、面倒なことにならなくて良かった。
ヘンギが居た谷の入口から十分程歩くと、その谷の突き当たりへと辿り着き、突き当たりは断崖となっていた。断崖の上の方は霞んでよく見えないが、谷の様子から見ても四百メートルは越えているだろう。
そしてそこには城が在った。
その城は断崖の中腹にまるで宙に浮いているように在り、黒い卵が横倒しになったように見える。そしてその巨大さに驚かされた。皇国の今の宮殿よりも大きいかもしれない。
良く見ると崖から突き出ている巨大な岩から吊り下げられている。この構造は面白い。建築家としては今後の参考にさせてもらおう。仕事はもう来ないかもしれないが。
ヘンギは城の真下まで来るとそこに居た別の魔族と話をし、そのまま元の場所へと帰っていってしまった。
案内役が代ったようだ。
その案内役の魔族が城の真下の岩壁に向かうと、目の前の岩壁が両側に勝手に開いた。その中には人が十人程入れる空間がある。入れと云われ、それに従うが他へ通じる通路はない。どうするのだろう?
扉が閉まると直ぐになにかが動いているような動作音がし、それと同時に、まるで竜の背中に乗って空へ舞い上がった時のような、なんともいえない感覚を感じた。
「な、なに?」
私がおろおろとしていると案内役の魔族が「これで上に行くのだ。心配ない」といってくれた。この部屋が動いている? しかも上へ移動? 仕組みが知りたかった。
直ぐにその移動する部屋は動きを止め、扉が開くと確かに入った場所とは違う場所に出ていた。
そこは城の入口に相応しく、広く大きな広間となっている。この場所が先刻外から見た卵のように見える城の中なのだろうか? 魔族には私などよりも優れた建築家や、高度な技術を持つ技師が居るようだ。
しかしその優れた城であっても、残念なことに人にはあまり適していないらしい。
ここで待っていろと云われ案内された椅子は石で出来ている。表面は綺麗に磨かれていて自分の顔が映り込む程だが、その冷たさに座るのを諦めてしまった。
よく見ると床も壁も全てこの磨かれた石で出来ている。人の石工がどれ程の人数と時間を掛ければこれだけの石を処理できるだろうか。多分、この城全体をこの石で作るとすれば人の一生を掛ける程の時間が必要となるだろう。
数分の後、案内役が戻ってきて「会っていただけるそうだ」と告げた。
こんなに簡単に会えてしまって良いものだろうか? 逆に不安になってしまう。
案内され奥へと進む途中、突然ターゲが倒れた。城の中に気を取られターゲの異変には気付いてあげられなかった。
「どうしたの? 大丈夫? じゃないよね」
ターゲは完全に気を失っている。
「どうした?」
案内役の魔族が足を止め戻ってきてくれた。
「この人は竜なの。この辺りの魔素とやらが取り込めなくて気を失ったみたい。どうすれば良いか知らない」
その案内役はターゲの腕を自分の肩へと回しどこかへ運ぼうとしているらしい。
「そっちを頼む」
「はい」
私も逆を同じようにして手伝った。
なんだか不思議な感じがする。ここから北東へ一週間程歩いた場所では、魔族と竜が戦っているのだ。それがここでは竜を助けている。
倒れた階から上へ二階上り奥まった部屋へ入るとそこにはベッドがあった。そこへターゲを寝かせると案内役から説明をもらえた。
「この部屋は我々が使う魔素とは違う魔素で満されている。この魔素は竜達が取り込める魔素だ。その内目を覚ますだろう」
「ありがとう。感謝するわ。こんな部屋があるのね」
「それで、どうするのだ? ゼノ様とは会うのか?」
ターゲが居ない状態でまともな会話ができるだろうか? 会話は私の役目なのだからまだ良い。魔王の逆鱗に触れてしまい逃げ出すようなことになってしまっても、私がこの城から一人で無事に逃げることなど無理だろう。飛べるというだけでもターゲは心強い用心棒なのだ。
「明日、できればターゲが起きられるようになってから、おねがいできないかしら?」
「正直に言おう。今日、ゼノ様がお前達に会うと言った時に、側近の者達が皆、驚いていた。この意味がわかるか?」
「どういうことでしょう?」
「ゼノ様は気紛れなんだ。面倒なことは全て側近に処理させている。また会ってくれと願ってもいつになるかは判らんぞ」
私一人で魔王と対面して話すなど、とてもじゃないが怖すぎる。ターゲですら疲れがあったとはいえ、その気配だけで倒れたのだとすればとても危険なことではないだろうか?
「ここには、人間が食べることができるものはありますか? もし私達がここに滞在しても良いのであれば、会ってくれるまで居ます。ただ、その為には私とこの竜の食事が必要になってしまうのですが」
「人の食べ物ならば……。なんとかすることはできるはずだ。滞在も問題ないはずだが……。しかし良いのか、ゼノ様は一度臍を曲げるとまず会ってはくれないと思うぞ」
わざわざこういうことを言うということは、かなり会うことが難しいということなのだろう。魔族も竜族と同じく長い寿命を持ち、時間の感覚が人とは大きく異なる可能性もある。会える時に会わなければ、一生会えない事になるかもしれない。
「わかりました。私一人で会います」
不安しかない。一人で太刀打ちできるだろうか?
案内された部屋は最上階の広く殺風景な部屋だった。ここが王宮の謁見の間ということなのだろうか?
実際、魔王というくらいだから王との謁見で間違えないだろうが、そのような仰々しいのは気後れしてしまう。雰囲気に飲まれないようにしなければ。
部屋の奥に石の椅子へ座り、足を組み、頬杖を付いたままこちらをぼんやり眺めている、これまた魔王という見た目そのままの者が居る。背はあまり高くはなさそうだが、その背中の翼と黒い肌の色は他の魔族とさほど変わらない。
その椅子に座った魔王の横には側近らしき背の高い魔族が立っている。こちらを睨んでいる。あまり歓迎という雰囲気ではなさそうだ。
緊張しながら魔王の前まで行くと、とりあえず礼を言った。
「会ってくださって、まずはお礼をいわせていただきます。ありがとうございます」
「礼などはいらん。要件を聞こう」
話の判る魔王だ。よかった、いきなり殺されるような事はなさそうだ。
「最近、魔族が竜族の、氷竜族の居住付近へと侵入する事が増えているようです」
あまり急いで話すとボロがでる。一言、一言、焦らず、ゆっくりと話そう。
「その所為で竜と魔族の争いが増えているのです」
魔王の反応を待つ。相手の様子を見ながらでないと、一気に結論まで話すのは怖かった。
魔王は口を挟む様子は無い。話を続けよう。
「――魔王様から、あ、失礼しました。ゼノ様の力でそのような魔族達へ、竜族の生息域へ侵入しないようにして頂けないでしょうか?」
魔王は黙ったままだ。話は通じたのだろうか?
「魔族とはなんだ?」
ああ、そうか。自分自信が魔王という認識がなければ魔族という認識も無いのか。
これは面倒な説明が必要そうだ。




