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魔王?

 一週間以上歩いているが魔王らしき者は見付からなかった。そろそろ食料も底を尽きかけている。狩れそうな動物は居るのだが、どの動物も変質した魔素の所為で魔獣となってしまっていた。

「魔獣の肉は食べられないものなの?」

「やめておいた方がいいよ。あいつらは生きながら腐っているようなものだ。人という種族が腐ったものでも食べられるのであれば、止めはしないけど」

 魔獣の肉や血は腐ったような匂いがするらしく、実際、腐敗と同じような状態らしい。

 この雪深い北の地では野草も木の実もほとんど見付からない。初日に狩った鹿の肉も既に無い。後は洞窟から持ってきた干し肉が一食分ほどしかなかった。

「そろそろ限界よね。一旦戻って出直したほうが良いのかもしれないわ」

「いや、帰ることは簡単にできる。竜になって飛べば数時間で竜の地まで飛べる」

 そういうターゲは少し疲れているように見える。この辺りの魔素を取り込めないのであれば食事を取れないのと同義のはずだ。代りに食べ物で補っているがその食べ物も節約しているのであまり補えてはいないのだと思う。

「そんなに疲れていて本当に何時間も飛べるの?」

「ああ、これくらいなら平気だよ」

 辛そうに歩くターゲを見ていると申し訳なく思ってしまう。私の我儘に付き合わされてこんな所まで来なければならなくなってしまったのだ。会って直ぐに厄介払いしたのに、今ではこんなことになってしまって、創成の竜の住処まで連れて来たことを後悔しているのではないだろうか?

 人間嫌いにならなければ良いのだけれど。

「それに、なんだか、近いようなんだ」

「近いって? 魔王?」

「ああ、異質な魔素の塊の気配が、それもかなり巨大な気配を感じている」

 緊張を感じる。やはり怖さはある。それも巨大な気配となると見付かった途端に、話す間もなく殺されてしまうのではないだろうか。


「いた」

 小さな声で呟くように言ったターゲの目の前には雪原が広がっているだけだ。遠くには微かに山が見えるが魔族のようなものは見えない。

「え? どこにいるの? なにも見えないわよ」

「まだかなりの距離がある。でも、この雪原の先にある谷の入口に立っている魔族がいる。それが魔王だとしてもおかしくはないと思える程の巨大な魔素の塊を感じるよ」

「どうするの?」

「どうするって……。目の前に居るのだから話し掛ければいいんじゃないのかな?」

「私が話し掛けるの?」

「……君が来たいと云ったんじゃなかったかい? もちろん俺も一緒に行くよ」

 確かにその通りだ。一人でも来ると云っていた自分が恥ずかしい。なにからなにまでターゲに頼りきりで私はなにもしていないじゃないか。

「いくわ」

「ああ」

 少しではあるが雪が降っているこの雪原は見渡す限り真っ白な平野だ。魔族どころか他の動物も見えない。

 遮るものが無いこの雪原は風が冷たく寒かった。


 二十分程歩くと前方に岩の壁のようなものが見えてきた。

 目の前の岩壁には上から亀裂のような筋が見える。あの筋は壁の向こう側へ進むことができる通路のようになっているらしい。そしてその通路の入口に人影のようなものが立っている。あれが魔王かもしれない。

 相手の顔が判るくらいに近づくとその人影は確かに魔族だと判った。

「こちらの言葉は判るのよね?」

「たぶんね。向うは俺たち竜と同じように念話で返事を返すと思うけど」

 この近さまで来ても攻撃を仕掛けてくる様子はない。まったく動く様子もなく、ただこちらを見ているその人影は不気味であり、これまで見た魔族達とは確かに違っていた。

「こんにちは……」

「――おまえは人か? そっちも人の姿には見えるが……。なんだ?」

「はい。私は人間です。ヴェセミアといいます。――この人は、人の姿をしていますが竜です」

 その魔族の目がターゲを睨みつける。地面へと立てて持っていた槍を少しだけ浮くように持ち直した。いつでも戦闘に入れるようにしたらしい。

 早くしなければ戦いになる。それが始まってしまう前に、なにか話さなければ。

「あの、お話しに来ました。敵意はありません。お願いがあってきたのです。――失礼ですが、魔王さんでしょうか?」

 ターゲを睨んでいた目がこちらへと向いた。その目には睨むだけで人を恐怖に陥れるなにかがあるようだ。私の足が震えているのは寒さの所為だけではないだろう。

「魔王? 魔王とはなんのことだ」

「あなたは魔王さんではないのですか?」

「私はゼノ様の警護を務める者だ。ヘンギという」

 この魔族は魔王ではないらしい。幾つかターゲと相談する必要があるだろう。

「ちょっと待っててくださいね」

 ターゲの腕を掴んで、そのヘンギに声が聞こえないくらいまで後ろへ下った。

「魔王さんじゃないみたいよ」

「そのようだな」

「そして思ったのだけど、魔王って自分のことを魔王とは言っていないのじゃないかしら?」

「そうかもな」

「つまり、この奥に居る、あのヘンギさんが守っている人こそ魔王さんってことで、名前がゼノさんだと思うのだけど」

「そのようだな」

 ターゲの様子がなんだかおかしい。魔王と間違えたことを気にしているのだろうか?

「俺からも一ついいか?」

「なに?」

「あの岩壁の奥に、あいつより更に大きな魔素の塊を感じる。しかも複数……。一番近かったあいつの所為で、その奥にある塊に気付けなかったようだ。途轍もなく、大きい……」

 そう言うターゲの顔は憔悴しているように見える。疲れの所為だけではないようだ。

「それじゃ、その中の一つが魔王ということね」

「……」

 まさか、怖くなったから帰るとは云わないだろうがターゲがいつもより気弱に見える。その大きな魔素の塊を感じることが出来ない自分は、ターゲが感じているらしい恐怖が無い分、気楽に考えてしまう。

「大丈夫?」

「……ああ。行くんだな?」

「もちろん」

 たぶん大丈夫だ。あのヘンギは話を聞いてくれた。つまり直ぐに攻撃するような気はないはずだ。

 きっと上手く行く。


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