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白熊と氷竜

 二ヶ月程が過ぎ、ここへ来た時よりも更に寒い日が続くようになっていた。あまり雪は降らないとはいっても、降雪があると直ぐに出入口が塞がれてしまう。雪が降った次の日は外へでるだけで半日を掛けて雪掻きをする必要があった。

 昨晩も雪が降ったらしく今朝も雪掻きから一日が始まった。最近はこれが日課になりつつある。

「おじいさん。一日中寝転がっていては身体に毒じゃありませんか? 少しは動いた方が良いですよ」

 竜の身体が人と同じ訳ではないだろうが、一日中同じ体勢では、どこかが痛くなってしまわないのだろうか?

 今日もなんの返事もない。おじいさんが一息炎を吐いてくれれば雪掻きなんてあっという間に終わってしまうのだけど、残念ながらこちらの口車には乗ってはくれなかった。

 雪掻きが終わり、仕掛けていた罠を見て回ったがどの場所も雪に深く埋まってしまい役割を果たしていない。食料はこの寒さのお陰で保存することができ、数日くらいなら獲物にありつけなくとも問題はない。しかし、長期の嵐でも来ればその保存している食料も底をつくかもしれないのだ。狩れる時には狩っておこう。自然を侮らない方が良いというのはオトイからの忠告として耳に残っていた。


 数十分程、獲物を捜して辺りを歩きまわったおかげで兎を見付けることができた。矢は見事に兎を射貫き、今晩の食事の確保が完了した。

 この旅の初めからすれば、自分でも信じられない程に逞しくなっている。動物を狩るなどということすら出来そうになかったが、今ではその獲物を解体し、調理し、その毛皮を自分の衣服へと繕うことすらできるようになってしまった。必要に迫られれば人間とは殆どのことをやってしまうものなのだろう。

 愛玩動物として飼っているならば可愛いと感じて殺すなどということは夢にも思わない兎だが、食料として狩りの対象となってしまった兎に対しては美味しそうとしか思わなくなっている。少しだけ自分の人間性は普通の人間から遠ざかっているのかもしれない。都会に住む女性が生きている兎を矢で射貫くなど普通の生活ではありえないことなのだ。

「ごめんね。おいしく頂きます」

 死んだものに対してごめんなどと言っているのは、そこに感じてしまう罪悪感を消そうとしているだけのおまじないだ。言ったからといってもこのおまじないの効果はでない。あやまるくらいなら初めから殺生をしなければ良いだけなのだ。

 なんとも言えない、いつも感じてしまう罪悪感をなんとかしたいと思いながら兎を解体しだすと、ふと後ろになにかの気配を感じ振り向いた。そこには二メートルを越える白い熊が立っているのが目に飛び込んでくる。突然の事に気が動転した。

「弓、近すぎる。そうだ斧」

 腰に下げていた斧に手を掛けた瞬間、その熊の腕が私の肩へ振り下ろされ、記憶はそこで終わっているのだが、薄れて行く意識の中で、ここまで運んでくれた氷竜が空から舞い降りて来て、人の姿へと変身し、こちらへ向ってきているような、そんな夢か幻覚を見たような気がする。


 目が覚めたのは創成の竜の洞窟に立てた、自作の小屋の中のベッドの上だった。

 目が覚める直前までは夢を見ていた。

 意識を失い掛けたあの瞬間に見たような、これまで会ったことのある竜が人へと変身し、さらには自分の知人までもが今度は竜へと変身し、最後には自分までもが竜へと変身していった。

 竜になった私は空へと舞い上がり、ヴオリ山を見下ろし、そのまま北へと進み、青竜や氷竜と一緒に空を飛び、創成の竜が住む洞窟まで来るとふいに竜へと変身していたオトイが「自然を侮ってはいけない」という言葉を言ったところで目が覚めた。

「そんなつもりはなかったのだけど……」

 起きてぼんやりとした頭で考えるが、なぜここに寝ていたのかは判らない。誰が運んでくれたのかしら?

 熊にもらった傷があるはずの肩には包帯が捲かれている。この包帯はどこから持ってきたのだろう? ベッドの横を見ると持ってきた服がばらばらにされて床に落ちていた。包帯の正体はこの服らしい。結構高い服だったのだが、しかたがないか。


 ベッドから降り歩こうとするとふらふらする。創成の竜の前にあるテーブルまでなんとか辿り着き、ベンチへ座って創成の竜へ訊いてみた。

「私、どうなっちゃったのか知ってます?」

「死ななかったのか。たかが熊ごときに殺されかけただけじゃよ」

「おじいさんが助けてくれたの?」

「ここへ運んだのは別の竜だよ。わざわざ死にかけている人間なんぞを運びこまんでもよかろうにといったが、そのテーブルにおまえさんを乗せて治療魔法を掛けておったぞ」

 確かにテーブルの上には血の跡があった。これは私の血ということらしい。

 しかし、今日の創成の竜はよく話す。きっと私が弱っているのが楽しいのだわ。

「その助けてくれた竜さんはどこ?」

「とっくに帰ったよ。おまえさんは丸二日、寝ておったからな」

 ぼんやりする頭で考えたが、その竜はここへ連れてきてくれた氷竜だろうか? だとすれば気を失う前に見た幻覚は本当の事だったのだろう。

「竜って人の姿に変身できるの?」

「できるな」

 とんでもないことをあっさりと云ってくれる。まさか夢で見たようなことが現実にあるということなのか。

「おじいさんも変身できるの?」

「できるがやるものか」

 やって見せろと言ってもいない内からやらないと言われるとできるのか怪しく思えてしまうが、やれるとだけ言われたら次の私の言葉は「やってみせて」なのだからこの返事は合理的だ。

「その竜さんはどこに住んでるのかしら?」

「さあな。おまえさんを見つけたということは、この近くなんじゃろ」

 あの竜は住処を捜していると言っていたが、この近くに見つけたのだろうか?


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