北での暮し
この洞窟に来て、早や一ヶ月が過ぎようとしていた。
創成の竜は一言も口をきいてはくれない。念話なのだから口は関係ないのだけれど。
毎日を狩りと薪拾いで過ごし、この単調な生活にも飽きてきていたが、なんとしてでも話を訊くまでは帰ることはできない。どちらにしても今帰ることにすると真冬の森を戻ることになるのだから春まではここに居ることにしよう。しかし、それまでに竜の話を聞くことができるのだろうか?
洞窟の中にはテーブルにベンチ式の椅子、寝るための小屋まで作り、その中には快適なベッドまで作ってしまった。創成の竜からすれば迷惑な話だろうが人間としての生活ができるようになってここでの生活も悪くはないと思うようになっていた。
「おじいさん、今日はちょっと遠出してくるね。少し遅くなるかもしれないけど心配しないで」
創成の竜は返事することもないが怒りだすことも無い。実際は怒っているのかもしれないが実害はなかった。やはり竜という一族は全般的に優しいのだろう。ただ、そのうち怒りが爆発してあの大きな口で一口に食べられることがあっても可笑しくはない状態だ。そんなことが起きませんように。
さすがに必要な家具を一通り作り終るとやることもなくなってしまったので今日は北を目指して少し遠出をしてみることにした。運が良ければ他の氷竜にも会うことができるかもしれない。
真っ直ぐに北を目指し歩き、そろそろお昼時かと思われる時間が来ても回りの風景にこれといった変化はない。これだけ変化の無い森だと方向を見失えば簡単に遭難してしまうだろう。方角の確認方法や真っ直ぐに進む方法というのをオトイに教わっておいて本当に良かった。今度会ったら最大級のお礼をしなければならないだろう。
お弁当を食べ、さらに北を目指して歩いた。そこから一時間もすると濛々とした煙、いやこれは湯気だろう。その湯気が立ちこめる場所へと出ることになった。
この世界のどこかには地面からお湯が湧いてでる場所があると聞いたことがある。確か温泉というはずだ。
自分の目でそれを見付けることができるなんて、なんという幸運なのだ。これは素晴らしい土産話ができた。
「お風呂にならないかしら?」
湯気が出ている場所を覗き込むとあまり身体に良いとは思えないような匂いと、ぐつぐつと煮えたつお湯が見える。この中に入るのは無理だろう。なんとかしてこのお湯をお風呂代りにできないものか考えたが良い考えは浮かばない。残念だがあきらめるしかなさそうだった。
そろそろ戻らなければ洞窟へ帰るのに日が暮れてしまうだろう。日のない森の中は例え洞窟の近くであっても迷ってしまう。お風呂は残念だがその場所を後にして洞窟へ戻ることにした。
洞窟へ戻る頃には日が暮れそうになる直前だった。
創成の竜が珍しく戻った私の方へ顔を向けてくれたが、すぐにまた顔を元へ戻し知らん顔を決め込んでしまった。心配でもしてくれたのだろうか?
「おじいさん、ただいま。聞いてよ。半日くらい北へ歩いて、お湯が涌きでている場所をみつけたの」
竜の前に設置したテーブルへ座り今日見付けた温泉の話を一方的にした。聞きたくも無い話だろうが、他にやることも無いのだから聞き役くらいはやってもらっても罰はあたらないだろう。
「温泉っていうらしいのだけど、あまりに熱すぎて入れなかったわ。そうだ風呂桶でも作ろうかしら」
お風呂なんてもう何ヶ月入っていないのだろう。たまにお湯で身体を拭くくらいはするが熱いお風呂にも入りたかった。鍋で沸かしたお湯なんて直ぐに無くなってしまう。頭を洗うのさえ難儀していた。
「風呂桶って作ったことはないから作るのに時間がかかっちゃうかもしれないわね。でもここに住むのなら作ってしまっても良いかもしれない。うん、そうしよう」
「いったいいつまで居るつもりなんだ」
さすがに堪り兼ねたのか創成の竜が返事をしてきた。一歩前進だろうか?
「話を聞き終ったらでていきますよ。でも今は冬だし、少なくとも春までは置いてくださいね」
竜の顔からなにかを読むことはできない。この年老いた竜からも、今、彼が怒っているのか呆れているのかは判らなかった。
次の日からは風呂桶の作成に取り掛かった。
創成の竜は昨日の一言以降はいつものだんまりに戻ってしまっていた。本当に話をしてはくれないのだろうか? それとも昨日の一言は前進した証拠なのだろうか?
桶は難しかった。どうやっても隙間ができて水を入れることが出来そうにない。できたとしてもお湯を入れた端から直ぐに水になってしまい熱湯を入れると今度は入ることができなくなるだろう。風呂場にするにはもっと狭い部屋を作って保温をする必要があることが判ったが、さすがにその部屋まで作る気力は涌かなかった。