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青竜と隠れ里

 最北の村へ着いたのは、そろそろ秋という時期になっていた。北のこの村では既に雪が降っている。

 あれから町へ着く度に竜の情報を訊いたり調べたりしたが、どの町でも知っている以上のことは出てこなかった。オトイさんと会わなければこの村に来る前に諦めていたかも知れない。

 村の人からは、ここから先は道などなく、女一人で二ヶ月も歩くなんて到底無理だと言われた。だからといって、ここまで来て帰れるわけがないのだ。

 ただ、確かに二ヶ月もの間、宿もなく寒い野外での野宿となると、さすがに私でも気後れする。帰れるわけがないが到底無理ならしかたがないのかもしれない。

 さんざん迷ったが少しくらいは挑戦してみようと思い、行ってみて本当に無理ならそこで引き返すことにして出発することにした。

 まったく挑戦もしないならとっくに諦めているのだ。やるだけのことはやろう。そうしなければ諦めが付かない。

 北の森へ入っての初日はほとんど前進することはできていなかった。道のない森の中では方向すらまともに確認することができず、生い茂った草や木、平坦ではない地面、そんな中を進むだけで大変なのに、これから先は雪が深くなり、さらには狩りまでしなければならない。

「無理かな……。明日一日歩いてから決めよう……」

 半ば諦めていた。眠りにつくまでは方法を探っていたが、諦めた方が良いという考えが強くなってきていた。


 朝起きると目の前にオトイさんが座っていた。驚いた。驚いて声をあげたくらいだ。

「なぜ、ここにいるのですか?」

「なんだか無茶をしそうだったので、後をつけちゃいました」

 なんだか嬉しいような、怖いような。

「どこからです? まったく気付かなかったのですが」

「最初からですよ。創成の竜の居場所を訊かれた時から。途中で諦めて帰ってくれると思っていたのですが、まさかこの森へ入るとは……。まだ先へ進むつもりですか?」

「もちろんです。ここまできて帰れません」

 昨日の晩は気弱になっていたが、オトイさんのこの問い掛けには逆に発奮してしまう。

「……わかりました。途中までですがお供しましょう」

「え? 一緒に行ってくれるんですか?」

「途中までです。僕もこの先に用があるのでついでです」

 嬉しかった。後をつけられていたというのは少し気味が悪いが、冒険者が一緒であれば怖いものは無いはずだ。

「この先に用があるって、なにをするのです?」

「里帰りです」

 小さく「あっ」と言う声と「しまった」と云う顔で、なにかを隠しているらしいことが判った。この人も腹芸が出来ない人種らしいけど、私も同じく腹芸なんて出来ない性分なのだ。私はそのままの疑問を投げる。

「今の『あっ』っていうのはなんですか? 『しまった』って顔もしてましたけど。それにこの先に町や村があるなんて聞いたこともありませんが本当に里帰りなんですか?」

「そんな顔、してましたか?」

「はい」

 オトイさんは困った顔をしながら少し考えていたが諦めたように話だした。

「この先に僕の生まれた里があるのですが、その里は外の村や町との交流を断っているんです。なのであまり人に知られたくないのです」

「そんなことできるのですか?」

「ええ。なんとかなっていますね」

 外との交流を断つなんて意味が判らない。どんな得があるのだろう?

「なんのためにそんな事をしているのですか?」

「そうですね……。でも事情があるんですよ。僕ももっと外との交流は持っても良いと思うんだけど……。やっぱりまだできないでしょう」

「その里って私も入れないのでしょうか?」

「はい。無理ですね」

 その里を起点とできれば青竜や創成の竜を捜すのも楽になったはずだ。そう思ったが夢は儚く消えてしまった。


 それから一緒に旅をした。二週間程を一緒に過ごし、夜には竜の話を訊きだそうとしたがオトイはあまり竜の事を話したがらなかった。

 竜の話は訊き出すことができなかったが、これから先に必要となる森の歩き方、野営のやり方に狩りの方法や、その料理方法まで、色々なことを教わることができた。オトイに会わなければここまで来ることができずに帰っていただろう。そのまま進んでいてもどこかで野垂れ死にしていたかもしれない。

 その日、川を渡るとオトイから心配そうな声が掛かった。

「僕はこっちなのですが……」

 オトイは東の方を向き、指を差す。

 ここまでに在った川はさすがに地元の人間だけのことはあり、渡りやすそうな場所をオトイの後ろに付いていくことで簡単に渡ることができたが、これから先はそうはいなかいだろう。流れのない水には厚い氷が張るこの地で水に入っての川渡りはできそうにない。渡れる場所を捜して時間を無駄にすることだろう。

「私もそっちじゃだめなのですか?」

 川だけの話でもない。あまり体格も良いとは言えないオトイとは言え、やっぱり男の同伴者が居た方が心強い。二週間程ではあるが、それでも情というものは涌くものらしい。

「はい。云ったと思いますが、僕の里は隠れ里ですので……。里の者でなければ場所すら云えられないのです」

「ここから里は近いのですか?」

「ここからあとは三日くらいですね。――あっ」

 最後の「あっ」は里の場所の手掛かりを口にしてしまった後悔から出たものだろう。

「後をつけたりはしないですよ。そもそも誰かに云うつもりもありません」

「そうしてもらえると助かります……」

 なさけなさそうに笑う顔を見ていると、こっちが心配になってしまう。

「それに青竜はあきらめて氷竜に会いに行くのであれば、こちら側だと遠まわりになりますよ」

 ここまでに青竜に会う為の方法もさんざん訊いて見たが、やはりだめらしく、「それならいっそ氷竜の生息地まで行ってみたらどうでしょう?」というのがオトイの提案だった。

「うーん。でもここからまだ一ヶ月以上は歩く必要があるのでしょ?」

「そうですね。でも青竜と会うよりは確実だと思いますよ。それにここまでの道中で見た感じだと一ヶ月くらいなら貴方でも歩けるのではないですか?」

 無責任だ。この先には狼や熊なんかも出るって云っていたはず。そんなの相手にしたらいくら男勝りと言われている私だって無事じゃ済まない。だいたいここから一ヶ月、帰りまで含めると三ヶ月を冷たい雪の中で眠らなきゃならないなんて辛すぎる。

「他人事だと思って……。まあ、ぐちぐち言ってもしょうがないですね。取り敢えず歩けそうな所まで歩くことにします」

 どうせ隠れ里に入れないのであれば、どこで野宿しても同じだ。取り敢えず北を目指そう。

「まあ、しょうがないですよね……。さようなら。またどこかで会いましょう。色々と教えてもらったお礼は、またどこかで会った時にでもします」

「ああ、お礼なんていいですよ。――気を付けてください。何度も言いましたが、本当は帰った方が良いと僕は思っているのです。自然を侮らない方がいい。ここまでは順調でしたがこれから一か月以上も順調だとは限らない」

 重々承知だ。これから一人で一か月もの道程を歩くのは辛いかもしれないけれど、少なくともオトイに弱みを見せたくなかった。


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