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招集

「いってきます」

 誰も居ない部屋を出て表通りを宮殿まで歩く。この皇都で一番高く大きなその宮殿は今歩いているこの大通りを付き当りまで歩く必要があった。

 三日前に届いた招集状は宮殿からのもので要件は書いていない。大工仲間や知り合いから聞いた情報だと新しい宮殿を建てるということらしい。建てるという話自体はもう三年程前にエテラ国の新しい王宮がその高さでヴァルマー国の皇都の宮殿を抜いたという話題と一緒に出ていたので、その話自体は目新しいことではなかった。

 師匠にその話をするとやはり師匠にも招集状は届いていた。皇都に居るめぼしい建築家は今日のこの招集に呼ばれていることだろう。その中には憧れのあの人や、あまり好きになれないあいつまで含まれているはずだ。

「座席はあの人の隣がいいな……」

 まあ無理だろうが、夢見る乙女は今年で二十三になる。いつの間にか、とっくに乙女は卒業していても良い年頃になっていた。いいかげん結婚も考えなければならないのだろうが、良い男は既に他の虫が食っているのが現状だ。実際、憧れのあの人も既に子持ちなのだし、今は仕事が恋人だと言い張ろう。

 しかし、その仕事も今回ばかりはあまり情熱が湧いてこない。

 このぽっと出の、しかも、この皇都ではまず御目にかかることの無い女性建築家が、皇都の象徴となるような建築物を任せてもらえるなどということは端から諦めていた。挑戦はするがまず無理だろう。女だという以外に目立つようなことはこれといって無い私には荷が勝ちすぎているのだ。


 憧れのタンティートさんの隣は既にその師匠であるペタさんが座っていた。

 仕方が無いので自分の師匠の横に座ることにしよう。

 小声でいつものように挨拶をする。

「師匠、なんだか小さくなってません?」

「馬鹿者」

 こちらへ蔑むような目を向け、そう呟くように言うと持っていた杖で軽く頭を叩かれる。

「たまには違う事が言えんのか」

 がっかりしたような声で言っているが、ここまでが最近の挨拶になっている。

「へへへ。――ところでこの仕事受けるんですか?」

「いや、多分無理だろうな」

 この数年の皇都は新しい建設が増えてきている。そのお陰で日陰者だった私も仕事が回ってくることになり、去年、東の図書館の設計から建設までを任されてしまった。最初は馬鹿にされていたが完成が近づくにつれて周りの反応も変わりだし、完成披露の時には沢山の賛辞を貰うことになった。嬉しくて大泣きした事は今でもよく酒の肴にされている。

「あの大橋はまだ終わらないんですか?」

「まだ始まったばかりだよ」

 さすがの師匠でも橋と宮殿の二股は無理そうだ。

「ヴェセミア、おまえは暇そうだし、やるのだろう」

 暇そうは余計だがそんな機会があるのであれば、もちろん挑戦はする。

「私にできますかね?」

「おまえならできるだろ」

 意外な言葉だった。いつもなら私が落ち込むくらいの罵詈雑言を浴びせてくるのだが。やはり年なのだろうか。

「やっぱり、師匠、小さくなってません?」

「馬鹿者」

 今日、二度目の挨拶はいつもより少し痛かった。


 時間丁度に部屋の前方にある扉が開き、いかにもお役人という風情をした三人が入ってきた。

「えー。おまたせしてしまい申し訳ありません」

 お決まりの常套句だ。時間丁度なのだから待ってはいない。

「本日はお忙しい中、お集まり頂き、まことに有難う御座います」

 さっさと本題に入って欲しい。眠ってしまいそうになる。

 それからはエテラ国の新しい王宮が高さで我が皇国の宮殿を抜いたとか、皇国の威厳がどうしたとか、昨今の建築需要の増加で建設費や資材がどうしただとか、どれも皇都に住む建築家なら知っているようなことばかりを延々と話し続けている。

「さて、ここからが本題なのですが」

 やっと本題に入るらしい。話が始まって既に三十分近く経っていた。よくあれだけのことをこれ程引き延ばして話せるものだと感心してしまう。

「皆さんには新しい宮殿の設計から建設までをお願いしたい」

 まったく、なんの捻りもないその話は、人を呼び付けなければならない話なのだろうか?招集状を出すかわりに依頼書で済んでしまわないだろうか?

「皇国からの要件は一つだけで、主題は『白竜』。これだけです」

 憧れのあの方が挙手をする。ここに居る皆が訊きたいことを代表して訊いてくれるのだわ。さすがはタンティートさん。

「費用は青天井、宮殿の高さもエテラ宮以下でも構わない。と、いうことでよろしいのでしょうか?」

「構いません。もちろん安い方がよろしいですし、公にはしませんがエテラ国の宮殿より高い方が望ましいですが」

 これは暗に「費用は安く、建物は高くしろ」といっている。三十分の話はそう言いたいのを間接的に言っただけらしい。役所としても内情が色々と大変なのかもしれない。

 イイケが挙手しやがった。あの声と話し方が妙にイラつかせてくれる。また嫌味でも云うつもりだろうか。

「ここにはこの皇都でも名高い建築家の方々がお集まりになっておられ、その様な中に私のような若輩者までをも含めていただいたことに大変よろこんでおるしだいなのですが、設計担当の決定方法というのは設計競技形式ということになりますのでしょうか?」

 前置きが長い。決定方法だけ聞いてくれ。

「はい。まずは設計案と見積もりを半年後に提出いただき精査いたします。その中からお任せする方を決定することになります」

「私のような若輩者でも可能性が十分にあるということでしょうか。それは大変有り難いことであります。しかし、こう御高名な方々ばかりでは、少々経験が少なく、名声の低い私などでは出る幕が無いのではと思ってしまうのですが、決定方法とおっしゃられているのは具体的にどのような方法となるのでありましょう?」

 相変わらず、くどい話し方だ。

 しかし、この質問には私も興味はある。名声というものがどれくらいの影響があるのかは私には判らないが、まったく無いということも無いだろう。特に私のような女建築家などは敬遠される可能性が高い。

「これまでの名声を重要視すると言うことであれば、ここにお集まり頂いた方々全員をお呼びなどいたしません。あくまでこちらの要求を満足したものの中で一番良いと判断したものになります。決定方法は無記名の設計案を、皇王および数人の皇国常任設計士等にて選定いたします」

 名声は一切関係無いとは言い切っていないが、名声だけで決定しないという事を言わせただけでもイイケの目論見は達成したのだろう。私としてもこの発言は有り難いことだが、それでも女は不利だろうという考えが消えることはない。

「そういうことであれば安心して進めることができます。まあ、私よりも不利そうな方もいらっしゃるようですが」

 そう言うと、こちらをちらっと見て薄ら笑いを浮かべやがる。

 イイケの視線に気付いたらしい進行役が気を使ってか、嬉しい発言をしてくれた。

「もちろん女性だからといって不利になることはありません。ヴェセミアさんの設計された図書館などは大変素晴らしいものだと思っております。今回もあのような素晴らしいものになればもちろん採用候補となることでしょう」

 ちゃんと私が設計したものを把握してくれている。

 ほんの少しだけやる気がでてきた。本当にほんの少しだが。


 宮殿からの帰りは久しぶりに師匠と並んで歩くことになった。師匠の家を出てから五年経つが並んで歩くのはそれ以降の記憶にない。

「金は『安くしろ』と言えばエテラ国から馬鹿にされかねんからな」

 皇国としては宮殿を建てるのに値切ったなんて言われたくはない。それは判るけど。

「国としては出せない金額を、皆が見積もったらどうするんだろ?」

「そこは、『各自、常識の範囲内で考えてください』ということなんだろうな」

 青天井は楽な気もするけど、そう言われると逆に面倒な気がしてくる。

 期限は半年で設計案と見積金額を出せということだったが、半年だと皆似たようなものになりそうだ。ぱっと思い付くものだと三角錐の白亜の塔になるのではないだろうか。

「俺は橋の方に集中するよ。もっと早ければ宮殿の設計というものもやってみたかったものだがな」

 建築家として皇都にある宮殿を作ることができるというのは、これ以上にない名誉となるだろう。その宮殿はこれから先、数百年もの長い時間に渡って設計者の名を知らしめてくれる。

「わたしはどうしよう……」

「やるんじゃなかったのか?」

「一年くらい時間があれば……」

「時間があれば良いものになるなんて言い訳にもならんぞ。前にも言ったはずだ」

「判っているんです。でも、白竜どころか竜そのものの知識が無いし。調べるだけで半年経っちゃいますよ」

「ま、挑戦するだけやってみればいいんじゃないかい」

 成功させれば名誉や名声が手に入る。これから先の仕事も増えることになるだろう。これは建築家として挑戦しないわけにはいかない。しないわけにはいかないが難しい。

「まずは白竜よね……」

 いつも見ている、あのヴオリ山に住むと言われているが、私はまだ見たことはない。見たという人に会ったことはあるが、皆、小さな点だったとしか言わない。それって本当に白竜なの?


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