春の陽気に誘われて
2階から降りてくると、既に布団が3人分敷かれてあった。シロとロク用のベッドには既に2匹が寝ていた。
春菜「川の字になって寝ましょう。久しぶりだわ」
春「俺ら、川の字で寝るってはじめて」
少し照れくさかったが、春は春菜と雪と3人で川の字になることを楽しんでいた。
雪「ほんとに、布団で寝ること自体久しぶりだよね」
春菜「普段はどうしてるの?」
春「寝袋か、魔術で作ったウォーターベッドです」
雪「でも、寝心地悪くて寝た気がしないんだよね」
クスクス笑いながら話す雪を見て春菜は、春と雪を抱きしめた。
春菜「こんなに若いのに、苦労が絶えないのね、あなた達は。ここは安全よ、ゆっくり寝ても大丈夫。頭と体を休めなさいね」
家族がいたら、と春と雪は考えながら春菜の言葉を聞いていた。春菜の優しい香りと体温ですぐに睡魔がやってきた。
春菜「さあ、おやすみなさい」
春・雪「「おやすみなさい」」
物心着いた時には、雪と共に支部にいた。
支部で衣食住が当たり前だと思っていたので、周りの大人たちから聞く家族というものにピンとこなかった。
任務から帰ってきたら、娘にあれを買ってやるんだとか奥さんとケンカしたとか、正直よくわからなかった。だけど、今日春菜と出会い、優しさに触れ、少しだけわかったような気がした。ここは、おばあちゃん家のような感覚なのだろうと。生まれた時から、雪とシロとロクが家族だった春にとっては、初めての感覚でこそばゆかった。きっと雪もそうだろう。ゆっくりと眠りの沼にたどり着く。
ー翌朝。
目を開けた時には、春菜がいなかった。
春「おい、雪。雪!春菜さんがいない!」
雪「えー・・・?」
瞼を擦りながら、まだ寝たい様子の雪を揺さぶる。
春「おいしっかりしろ!起きろ!春菜さんが・・・」
春菜「わたしがどうかしたかしら?」
春「あれ?」
驚く春とはうってかわって、春菜はにっこり笑っていた。
春菜「おはようございます。春さん。昨日遅かったのに、早起きね、眠れなかったかしら」
春「あ・・・おはようございます。いや、びっくりするくらいよく眠れました。起きたら春菜さんがいなくなってたので、動転してしまって・・・」
春菜「それはそれはごめんなさいね、朝ごはんの支度をしていたのよ、春さんと雪さんの分。猫ちゃん達はもう食べてしまったわ」
シロ・ロク〖 春おはよう〜。僕達は春菜にもうご飯もらったよ〗
春「お前らな・・・さんをつけろ!」
春菜「かまわないわよ、猫ちゃん達も満足してくれたみたいでよかったわ」
春菜が作ってくれた朝食は、春と雪にとってご馳走と言っても過言ではなかった。炊きたてのご飯に出来たての味噌汁、半熟の卵にカリッとしたベーコン。
春「んんんんんんー!!!うまーい!!」
雪「美味しい、ほんとにこれが朝食ですか?春菜さん料理人やられてたんですか?」
春菜「お口にあってよかったわ。料理人なんてやってないわよ、あなた達普段何食べてるの?お昼のおにぎりも握っておくから出発する時にもっていきなさいね」
春・雪「「はい!!」」
春菜「元気があってよろしい。ふふ、あなた達みてるとここで1人で古書堂やってきてよかったと初めて思ったわ」
春菜も朝食を食べながら、話す。
春菜「ここはほら、知る人ぞ知る古書堂じゃない。当たり前だけど、尋ねてくる人は限られてくるから。年齢的にも、そろそろやめ時かなって思ってたのよ。そしたら、来てくれたのがあなた達2人と2匹の猫ちゃん達。こんなに幸せな気分は久しぶりでね。夫がいた時を思い出したわ」
雪「あの・・・ご主人は・・・」
春菜「そうよ、voiceで亡くなってしまったわ。あの日、出張だからって張り切って出ていったのが最後でね。おかえりなさいが言えなかったわ・・・。」
涙ぐむ春菜になんて声をかけていいのか、春と雪にはわからなかった。猫たちは、春菜の足に体をこすりつけ元気づけてたようだが。
春菜「ごめんなさいね、朝から湿っぽくなってしまって。ここはね、生き証人のわたしがいるうちは、尋ねてくる人に何か一つでも導きを与えたいと思って開いたの。一瞬で亡くなってしまった主人に、褒めて貰えるように。お前は人の役に立ってるんだぞって、言って貰えるように。」
春「きっと春菜さんの旦那さんなら褒めてくれると思います!いや絶対!」
雪「そうです、僕もそう思います。そうじゃないと嫌です!」
春菜「春さん、雪さん、ありがとう。あなた達のこれからの旅路にこの老いぼれがいたことが、何かの導きになりますように。」
春「なるよ、絶対」
雪「なります、絶対」
春菜と3人で握った手の温もりをひしひし感じながら、春と雪は改めて決心する。
ーvoiceが何かを突き止める。
春菜「これは?」
春が春菜に星型の置物を渡す。
春「支部隊が来た証明になります。」
雪「これを置いとけば、まず悪い奴らがきたときに自動的にお店にバリアが貼られ守られます。敵意のない物だけが、お店に入れるようになります」
春菜「こんな古書堂には、悪い人なんかこないのに」
でもありがとう、とお店の入口の棚に置いてくれる春菜。
春「春菜さん、お世話になりました。受けた御恩、一生忘れません。そして、また来ます」
雪「ごちそうさまでした、ほんとにありがとうございました」
シロ・ロク〖 春菜ありがとうー!〗
春菜「こちらこそありがとうね。気をつけて行ってきなさいね、そしてまたここに来ることがあればおかえりなさいと言わせてね」
春たちは、春菜とテンペスト古書堂を名残り惜しくも後にする。
次は、調布の街の古書堂へと歩みを進める。
またここにきておかえりなさいと言ってもらえるように、調査を続けていくのであった。