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サラリーマンの悲劇事情

サラリーマンのちょっと早めのホラー事情

「ふぅ……。変なものは入ってないな……」


 まな板の上に置かれたたまごサンドを手に取り、恐る恐る、一口齧る。

 一緒に入れられていたイチゴの匂いがふわあっと鼻腔に広がり、卵の要素なんてものは感じられない。

 冷蔵庫に置きっぱなしの黒いパッケージを掴み取り、机の上に引き出す。


「封も破られてなかったし……何なんだろう?」


 上部分が透明のプラスチック、下部分が黒色のプラスチックで作られた、ごくごく普通のサンドイッチの詰め合わせだ。

 かなりの種類が揃っていて、カツが挟まれている物やイチゴと生クリームが挟まれている物などがある。美しさを調整するためのトッピングなのか、緑色のパセリが二つ入っていた。


 これだけなら、普通の専門店で売っているようなサンドイッチなのだ。

 しかし。


「……本当に、誰が持ってきたんだ?」


 私が、このサンドイッチを買った覚えがないということである。

 

―――


「一気に暑くなってきたな……」


 パタパタと服の胸元を動かし、火照った肌へ冷たい空気を送り込む。車の扉を力強く閉め、ポケットの中からキーケースを取り出し、玄関の鍵を開けた。

 靴を乱雑に脱ぎ捨て、バタバタと大きく足音を立てながらキッチンへ向かう。

 この家を借りたときに備え付けてあった、ところどころ黄ばんでいるねずみ色の冷蔵庫に手を掛けた。


「飲み物何かあったか……な……?」


 私の家の冷蔵庫は、普段から何も入れられていないことが殆どである。惣菜はおろか、食材すら入っていない。かろうじて飲み物が入っている程度なのだ。

 そんな冷蔵庫の中央に、どっしりとした大きさで構えている黒いパッケージ。

 透明な膜のような物で覆われ、中には純白のパンを使った、サンドイッチが所狭しと並べられていた。


「……? 母さん……かな?」


 私の家の合鍵は、家族である母と父にしか渡していない。それ以外には、兄弟にだって渡してはいないのだ。

 小首を傾げながら麦茶を取り出し、黄緑色のコップに注ぐ。尻ポケットに財布と共に入れていた携帯を取り出し、LINEの無料電話で母さんにコールした。


「もしもし。」


『もしもし、どうしたの?』


「いや、サンドイッチありがとう。果物アレルギーだから、イチゴの奴は友達にあげちゃうけど……」


 母さんのことだから、友達のことも見越してこんな大きい奴を渡してくれたのだろう。昔から心配性で、自転車すら小学四年生になってやっと乗せてもらえたほどだから……

 そんな記憶を思い出しながら苦笑いしていると。電話の向こうから『え?』という、ビックリしたような声が聞こえてきた。



『今日は行ってないけど。しかもイチゴのサンドイッチって、あんたが小さい頃からアレルギーなの知ってて買うわけないじゃない』


「……は?」


 眉間に深いしわを刻み込み、携帯を耳に当てたままサンドイッチのパッケージを掴む。目を細め、金色の文字で書かれている英語の店の名前を読み上げた。


シンクガトー(偽名)っていうところの奴。」


『あーはいはい駅地下のね。確かに知ってるけど、そんなの買わないわよ。高いし、店員は無愛想だし、あんまり美味しくないし……』


 手に持った白色のサンドイッチが、どす黒い爆弾のような何かに見え始めた。手汗がじわりと滲み出し始め、そのパッケージを再び冷蔵庫の中へ放り込んだ。

 適当に返事をしてからLINEの通話を切り、コップに入っている麦茶を一気飲みした。


 携帯の画面をもう一度開き、今度は父さんに電話をかける。


「もしもし、父さん?」


『おお、どうしたん? 珍しいな、そっちからかけてくるとか』


「あのさ、今日俺の家にサンドイッチ持って来た?」


『持っていってないけど。』


 父さんには悪いが、プツリと通話を切った。キッチンの下の戸棚から包丁を一本取り出し、足音を立てないようにすり足で家の中を回り始める。

 他人からすればかなり危険な男に見えたろうが、本気で怖かったのだ。誰も素性を知らないサンドイッチが、封も開けられていない状態で置かれていたのだから。


 家中の押入れを全て開け、普段入らない屋根裏の中まで調べた。全ての窓と扉の鍵が閉まっているのを確認し、通帳などのお金が盗られていないかを確認する。

 手の平が紫色に染まるほど強く握っていた包丁を離し、寝室のパソコン前の椅子に座り込んだ。


「……兄ちゃんが下らない悪戯するわけないしな……三十代だし……」


 そもそも鍵を持っていないので、この線はなしだ。じゃあ、近所に住んでいる友達は?


「いや、あいつもないな……。鍵持ってないし、人の家に勝手に上がりこむほど失礼でもないし……」


 じゃあ一体誰が、という話になった。悲しいことに、そんなありがたい差し入れをしてくれるような女性は知り合いにいないし、そもそも女性の知り合いがいない。

 今関係がある友人といったら、近所のあいつぐらいなのだ。学生時代に寂しく過ごしたツケが回ってきているのである。


「幽霊……いや、考えるのは止めとこう。寝れなくなりそう」


 既に寝れなくなっていることに気づいていないアホだが、そこは気にしないで欲しい。

 再び包丁を握り直して立ち上がり、キッチンへとすり足で進み始めた。



―――



「イチゴのは捨てるとして……」


 パッケージの中からイチゴの物のみを取り出し、ゴミ箱に捨てる。他のサンドイッチも中に怪しいものが入っていないか厳重に注意し、よく咀嚼してから飲み込んだ。


「神様からの贈り物? ……いやいや、それはないか……」


 結局、警察には相談しなかった。金品が盗られていた訳でもないし、「サンドイッチが冷蔵庫に入ってました」とかで通報したらただのアホだろう。


 風呂上りに飲む冷たい麦茶のお供として、いくつも入っていた卵とカツのサンドイッチをぺろりと頂いた。



先に申して起きます。オチはありません、すみませんでした。


単刀直入に言いますと、実話です。

正確には実話とフェイクの比率が9:1です。

どこがフェイクなのかというと、サンドイッチを食べた部分です。家の中を見回った後、封も開けずにそのままゴミ箱へ捨てました。


食べ物を粗末にするなという方、本当にすみませんでした。怖かったんです。


未だに誰がやったかわからないので、何か進展があったら再び書かせていただきます。


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― 新着の感想 ―
[一言] 自分も似たような経験したことがあります あと部屋から盗聴器が出てきたりとか 怖いとは思うんですけどけど実害はないから警察に頼るような事件でもないですし 大学卒業前だったので引っ越すの決まって…
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