いつかの思い出を
青い空。青く澄んで、これ以上ないくらい澄み切った空。
そこに、ブラシをかけたような雲がひとつ。
あたりに広がる草原。その若草色は空の色に映えて、ますます綺麗に見える。
地平線を見つめて、手を伸ばす。地平線に届きはしないかと。
その手が届くことも、また地平線へ行くこともできない。それは知っている。
だけど、その地平線という存在を間近で感じることは出来ないかと、今日もまた期待してしまう。
さくさくさく。芝生を踏む音が心地よい。それは軽快なリズムを刻み、心をも踊らす。
いつか二人で寝転んで笑いあったのは、今では懐かしい幼い日の思い出。
ふと、目に入る紫。甘くて優しい香り。
肩に花びらがはらりと舞い落ちる。それを優しく摘まみ上げると、陽にかざす。
すーっと透き通った綺麗な薄紫と、甘い蜜のような黄色。
この花を「藤」と言うらしい。いつかの声が蘇る。鈴のように凛とした声。懐かしさに目を細める。
藤と重なる、あの日の面影。
「君に似合ってる」言いたかったけど、言えなかった言葉。
今日じゃなくてもいい。いつか、言えるといい。
花びらを地面に置き、歩みを早める。
水の煌めき。地面まで澄んだ、水の色。
赤、白、黒、橙。水に閉じ込められた小さな宝石たち。
ちゃぷちゃぷ。水を飲む、生命の音。
手の中から溢れ出る四角。小さな波紋。水の歪み。
餌を求めて泳ぎ来る魚たち。色とりどりの、命。
そういえば、君は池を眺めるのが好きだったっけ。
「自然が好きだよね、君は」いつぞやの言葉。
まだ「自然」の意味がわからなくて、首を傾げてた君の姿が脳裏に浮かぶ。
今では、この池も、水の匂いさえも、懐かしくて。
あたりを泳ぐ魚に、まだあげようか、と手を伸ばす。ぽちゃん、と広がる波紋。
その様子を満ち足りた気分で眺める。
刹那、凛とした声が聞こえる。振り返れば、あの日の面影が霞む。
艶やかな黒髪と、眩しいほどに輝いた瞳。桜色の唇、その口角がゆっくりと上がって。
その整った顔を、くしゃくしゃにさせて君は笑う。
懐かしい、君の匂い。かすかな藤の香り。あの藤棚に佇む君の姿が見えるようで。
しばらく話していなかった、乾いた口を開き。
「ひさしぶり」
柔らかな初夏の日差しが、僕らを包み込む。