ペペロンチーノ
雨なのか雨じゃないのか雨なのか、はっきりしない春の日曜日はそっと静かに読みかけの本を読むに限ると、朝からお気に入りマックスリヒターをかけて英次はもくもくと本を読んだ。
どれくらい読んでいたのか、インターホンの音で現実に引き戻される。視界は自分の部屋を捉えているが、現実味が戻ってくるのに数秒かかった。
「はーい。」
と返事をするものの、まるで自分の声のようには聞こえない。英次は少し可笑しくなって、英次くん?と自分に呼びかけて、はいと返事をした。
「エージいるのー?」
とドアの前からゆりの声が聞こえる。
「はいはい、いるよー。」
とドアを開けると勢いよく、ゆりが入ってくる。
「もう、疲れたー。いや、っていうか、なに、あいつ。昨日からメールばっかしてきて、何彼氏づらしてんの?」
聞いてもないのに話し始めるゆりの話をぼんやり聞き流しながら時計を見るともうお昼を回っている事に気づいた英次は
「お昼食べたの?」
とゆりに聞いた。
「食べてない!なんか作ってー。辛いのがいいなー。」
と、言ってソファのうえをゴロゴロし始めた。
ゆりが辛いものを頼むときはご機嫌斜めな時で、今日は買い物してないので、材料はあまりなくて、うーん。と英次はうちにある食材をばらばらと思い出すのだが、大したものがリストに上がってこない。仕方がないのでとっておきのオイルサーディンを使ってペペロンチーノを作る事に決めた。
「オーケー、オーケー。ペペロンチーノ作るから20分待ってね。あ、ちょっといいトマトもらったからソレ食べてて。」
と決まると素早く鍋に水を張る英次だった。
ザクザクとトマトを切って、モッツァレラチーズとシンクの横にある小さいバジルの鉢から柔らかそうな葉をちぎってもって、オリーブをかけて、ぽいっとゆりにわたす。
鍋に火をかけ、薄い吸い物くらいになるように、ドバッと塩を効かせる。ニンニクをスライスし、唐辛子を半分に切って、種を出したらオリーブオイルをたっぷり入れたフライパンに入れて弱火でくつくつと揚げる。
沸騰したお鍋にパスタを入れてあと7分。
フライパンの中でこんがりと色が変わったニンニクと唐辛子を取り出して、半分粗みじんにしたオイルサーディンを入れて、一煮立ち。残りのオイルサーディンをホイルに包んでオーブンで軽く焼く。
ぼちぼち茹で上がりそうなパスタを一本つまんで噛んでみる。あと2分。
お玉一杯の茹で汁をフライパンに入れて軽く揺すってソースがトロッとなったら味見してちょっと塩。
ざばっとパスタを取り出してそのままソースに入れてくるくる器用にかき混ぜる。
トマトを齧りながら、英次の意思を持った、無駄のない動きを見ていたゆりはなんとなく満足した気分になるのだが、口から出たのは
「これ美味い」
というトマトの感想だった。
「そうそう、それね。友達の友達がつくってるトマトで出来がいいので送ってくれたんだ。一人暮らしに一箱って多くないって思ってトマトソースにしようかと思ったんだけど、まぁ美味しくてね。」
ニコニコと話してくる英次にちょっとイラッとしたゆりは
「何、自慢?女友達から?」
と棘のある言い方をついしてしまう。
「いやいや、昔の職場の、男の先輩。前も鰹食べただろう?」
と、いいながらお皿にパスタをもって、焼いたオイルサーディンとニンニクチップ、唐辛子を盛り付けて、黒胡椒をガリガリ砕く。
ニンニクのいい匂いに、おもわずゆりも起き上がってテーブルに吸い込まれる。
「はい、召し上がれ。」
と英次がいい終わるまえに
「いただきまーす。」
と元気よく宣言したゆりはフォークをぐるぐるして、パクリ。
辛い!と、美味い!を繰り返しながら減ってくパスタを見て、英次は自分も負けずに食べないとなんか俺のも食べそうだなと焦るのだった。




