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パウンドケーキ

「ねぇ、これくらい?」

人のうちのキッチンで粉まみれになりながら、奮闘するユリに自分ちでしろよと言っても、わたしんちに材料ないしつくる道具もないんだから栄治んちでつくった方がいいじゃんと言われるのは分かっているので栄治はあきらめてハンドミキサーで泡立てたバターの質感をすくって確かめた。

「まだだね~。」

砂糖とバターを白っぽくなるまですり混ぜるのがパウンドケーキの定番だが、せっかく発酵バターを使って上質の物をつくるのには食べたときの軽やかさが必要だから、しっかりとフワフワになるまで混ぜるんだよと栄治はのたまった。


「じゃー、栄治やってよー。つかれたー。」

ちょっと面倒になってきたユリはすぐに投げ出そうとしたが


「お前が彼氏に私お菓子作り得意なの。とかいって、一番簡単にできる美味しいケーキのつくり方教えてっていうから、ベーシックなやつ教えてるのに。俺作ったら意味なくない。」

と言われて、だまってハンドミキサーを回した。


しばらくするとバターがふわふわになってきて、室温に戻した卵を少しずつ入れてさらに泡立てるとクリーム色のメレンゲができて、舐めるとふわふわ生卵の食感と砂糖の味しかしなくてこの状態ってあんまり美味しくないよねと栄治に愚痴るユリがいた。


「はいはい。ユリちゃん。最後に小麦粉入れてさっくり混ぜてね。そんだけ泡立ててたらザクザク混ぜても泡つぶれないから安心だね。」

栄治は満足そうな顔でさらさらと振るった粉を入れてユリにゴムべらを渡した。


「何それ、子供扱いしないでよ。混ぜるくらいできるって。」

ユリは粉を撒き散らしながらぐるぐるとゴムべらを回していく。

ああ、ぐるぐる回すんじゃなくて、切るように混ぜるんだよ。と心の中で栄治はつぶやいた。

それでもしっかりと泡立てた生地はぐりぐりと混ぜられてもフワフワ感が残り、すばやくパウンドケーキ型に入れて焼かれた。


「じゃあ、今日は、春だし、いちごシロップでいこうか。」

栄治はごそごそと引き出しの中から小さな瓶を出した。


「んん、何それ。見たことないね。」

かわいい小瓶に入った赤い液体。あけるとプンと甘酸っぱい香りがする。


「いちごのリキュール。友達がいいって勧めてくれたんだけど、酸味がしっかりしていて美味しいんだよ、これ。ヨーグルトとかアイスとかにかけて食べてるけど、これと水と砂糖を入れて、一煮立ちしたらおいしいいちごシロップができるからそれを焼けたパウンドケーキにしっとりとするくらいかけるんだよ。」


「栄治はずるいねー。いっつも一人でそんな美味しいことしてるんだ。」

食い意地のはったユリはリキュールを味見しながら栄治を見た。相変わらず表情が読めない。美味しい物作れなかったらこんなやつ絶対仲良くならないのに。

「でも、一人でしか食べないのは食べ物が可哀想だよ。」

ユリはちょっと意地悪く言った。


「そうかもね。おいしいものを探すのって本当は罪深いことなのかもしれない。けれど、そんな罪なら進んで犯すよね。」

栄治の眼の奥が光る。

こういうときの冗談が通じない栄治は人でも殺してるんじゃないかなって思うユリだった。


そうこうしているうちに焼きあがったケーキにシロップをたっぷりかけて粗熱をとり、試食用につくったものを切り分けて栄治がクロテッドクリームにいちごのリキュールをかけてお皿に盛った。もらいもののプラリネクッキーをそえて、紅茶はダージリンファーストフラッシュのティータイム。


「栄治はさ。美味しいもの食べる以外に趣味はないのかね。」

夢中で食べたあとに唐突にユリは聞いた。


「そうだなぁ。音楽を聞くのも好きだし、絵を見るのも好きだし。結構いろいろあるよ。」

栄治はユリのまあるいおでこを見ながら、丸いものって、人を落ち着かすよねって全然違うことを思い浮かべながら、美味しい紅茶の余韻に浸っていた。


「よし。今度デートしよ。本気デートだぞ。行先は私が決めるから。」

まっすぐに見つめるユリをまっすぐに見返して

「いいよ。」

と簡単に応える栄治だった。


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