ローストビーフ
薄明かりの中ぼんやりと天井を見続ける。
吐く息が白い。
布団にこもった熱と顔に当たる外気の冷たさが心地よく、なかなか抜け出そうとは思えない。
英次がようやく布団から出ようかと起き上がったときにはもう、今日の仕事は休もうとなんとなく決めた。
一旦決めると決めると、てきぱきとメールと電話をし、休日の手続きを済ませた。
「冬だなぁ。」
と英次はつぶやいた。
英次は洗濯を終えると、熱いミルクティを淹れた。買い置きのスコーンをトースターで暖め、もそもそと食べる。
英次は2煎目の紅茶を淹れながら、静かな時間を支配する指揮者のように紅茶の葉が踊るのを眺めた。今日は冷蔵庫の清掃日で、それは野菜スープの日だった。
英次は掃除を念入りにして本棚の整理をした。
掃除をしてゴミを捨てるとすっきりとした部屋になった。
冷蔵庫を開けて中身を確認し、昼と夜で使い切る計算を立てる。最短でできるメニューを検討し、お昼に豚キムチと大根と豆腐のサラダを作った。豚肉は軽く小麦粉をふり、フライパンで香りをだしたにんにくの中に入れて、焦げ目がつくほど焼く。その後、キムチを入れてさっと炒め、キムチの汁を入れて煮詰めた。レタスをちぎって大根とにんじんの千切りを加えて、絹豆腐をあらく砕いて盛る。すりおろした玉ねぎとポン酢とオリーブオイルを混ぜ合わせたドレッシングをかけて出来上がり。ポン酢でつくったサラダドレッシングが殊の外うまくできて、英次は満足して昼ごはんを終えた。
英次は昼から買出しに出かけたが、とりあえず本屋へと行き専門書や話題の小説などを買い込み、近くのケーキ屋でチョコレートのケーキを食べた。3層のチョコレートムースをチョコレートでコーティングし、底は薄いピスタチオのスポンジ生地でまとめている英次のお気に入りケーキを食べて、手土産にシャンパントリュフを買い、スーパーで今日のスープのもとになる鶏がらを買って帰った。
英次はまず鶏がらをしっかりと圧力鍋で煮出し、あまっていた野菜を順々に入れて、ゆっくりとスープを完成させていった。生野菜を薄切りにしてサーモンと一緒にマリネ液に浸しているところで、亮平が来た。
「おう、いい匂いしてるな。」
亮平は元気な声でそう言い放った。
「だから、今日は休むって言っただろ。」
当然、亮平が来ることはわかっていたので、少し意地悪く言った。
「聞いたよ。そうそう今日はしのぶも来るから。」
こともなげに、亮平は言った。
「しのぶさん来るの?先に言えよ。」
英次は迷惑そうに言った。
「ふふ、お前がその迷惑そうな顔をするのはわかっていたぞ。」
亮平は得意そうな顔で言った。
英次は相手にしてられないという顔で、料理を続けた。
しのぶは亮平から頼まれたかたまり肉を持って、英次の部屋の前にいた。
チャイムを鳴らす。
英次がいらっしゃいと部屋に招きいれた。
「遅かったな、しのぶ。肉買ってきた?」
亮平は無邪気な顔で、催促してくる。
「買ってきたわよ。ヒレ肉600グラム。グラム798円。」
しのぶは少し不機嫌そうに肉を渡した。
「ありがとう。お茶淹れるからそっち座っていて。ダージリンでいい?」
英次は肉質を確かめながらメニューを再構築していた。
「ええ。あっ、やっぱりコーヒーのほうがいいな。」
「ん、コーヒーね。モカでいい?そうだ。今日シャンパントリュフ買ってきたんで、食べて。」
もう慣れてしまったけれど、英次があくまで品種で案内するのを聞いて、しのぶは苦笑してしまった。
「えっ、そんなんあったの言ってなかったじゃん。」
「そうだっけ。まぁ、食べろよ。」
「おぉー、これオレ好き。」
英次がコトリと宝石箱のようにトリュフの箱を置くのを見ながら、しのぶは落ち着かない気持ちだった。
コーヒーを飲みながらしのぶは初めて英次に会った時のことを思い出していた。あの日も寒くて、亮平とご飯を食べに来て、スープを飲んで、そこであの底の見えない目に出会ったんだ。慣れてしまえばどうという事はない。しのぶは自分に言い聞かせていた。
英次はヒレ肉にしっかりと塩、こしょうを振り、オーブンを暖めた。香味野菜のにんじんとにんにく玉ねぎピーマンセロリにパセリをざく切りにする。フライパンで肉にしっかりと焼き色をつけ、香味野菜とオーブンで30分焼く。焼けたら肉をアルミホイルと新聞などでくるみ寝かせる。今日は肉が小さいので寝かせる時間を計算しながら、その間にソースを作った。焼けた香味野菜を赤ワインで煮込み、煮詰まったところでバターを入れてとろみが出れば出来上がり。
先に野菜スープと鮭のマリネを食べながら白ワインを飲んでいた亮平としのぶにローストビーフを振舞う。きれいなロゼ色の肉をソースに使った赤ワインでいただく。
英次は来週の予定を言い合いながら食べる亮平としのぶを見ながらスライストマトにローストビーフとクリームチーズをぬって塩とオリーブオイルをかけて食べた。パンと白ワインによく合う。温かいスープの上澄みをすくいながら、英次は衣替えを考えていた。




