エビチリパスタ
シュッシュと、静かな部屋で包丁の音が響く。
やっぱり研いだ後の包丁は違うなぁと、英次は玉ねぎを刻んでいた。
休日に砥石を新しくした英次は早速包丁を研いだ。
持っているものがぴかぴかになっていくのを実感するのはやはり楽しい。
勢い余って、キッチンの掃除までしてしまった。
英次は今日、トマトソースを作りおきしてしまおうと、トマト缶を3つ買ってきていた。
多めにトマトソースを作っておけば、簡単にラタトゥユやピザ風食パンがつくれたり、もちろん調味料としても使い回しが利くので便利だ。
英次は玉ねぎのみじん切りとにんにくのみじん切りを終え、なべにオタマ一杯くらいのたっぷりのオリーブオイルを注いだ。トマトをオリーブオイルで煮るくらいの量をいれるので、にんにくを炒めながらというより、弱火で揚げている状態になる。香りが出たところで玉ねぎのみじん切りをいれ、しばらく火を通す。玉ねぎに火が通ったところで、トマトと香草を入れたお茶パックを入れて煮詰める。クツクツと煮詰まっていく。トマトの匂いで部屋が満たされる。英次は太陽の匂いがするといつも思っていた。
大体半分くらいになったところで塩をふり完成。驚くほど甘いソースをパンで味見するのが英次の楽しみだった。
半分は生食用に瓶詰めし半分は小分けにラップしてジップロックして冷凍。
後片付けをして、お昼の準備をしようかなと思ったところに、ゆりが来た。
この前来た時より少し太ったな。と英次は感じた。それはすなわち彼女の精神状態の良さを表しているので、英次はほっとしていた。前回の失恋からはどうやら立ち直ったらしい。
「えび買って来た。」
とゆりは嬉しそうに車えびを差し出す。
「ほう、なかなかいい海老だね。」
「でしょ。デパートであんまりにも美味しそうなんで買ってきちゃった。なんか作って。」
ゆりは有無を言わせぬ口調でいった。
英次はしばらく考えて、
「……エビチリ。」
といった。
「やったー。エビチリ、エビチリ。」
とゆりは叫びながらソファーでごろごろしている。
「で、おこげとパスタどっちがいい?」
「えっ、選べるの?マジ?迷う~。」
ゆりはごろごろしながら迷っていた。
英次はそれをみながら
「……アザラシみたい。」
とぼそっとつぶやいたが、
「なんか言った?」
とゆりにすぐ睨まれて、あわてて目を逸らした。
「……パスタで。」
と意を決したようにゆりは言った。
「畏まりました。」
と英次はいうと、すぐに調理を始めた。まず、お湯を沸かした後で、海老の殻をむき、卵白と片栗粉、塩、酒と一緒にもみこんだ。
お湯が沸いたらさっと海老を茹でて、取り出す。このとき一緒に殻も洗っておく。パスタはやや細めのものを茹でる。
オリーブオイルでにんにくをいためて香りを出した後に湯通しした殻を炒めて、海老の香りを移す。そこに豆板醤を入れてさらに香りを出し、作ったトマトソースと茹でた海老を加えてすこし煮込む。ソース濃度を見ながら茹で汁で調整し、生クリームを少し加えてソースが出来る。茹で上がったパスタをすばやく絡めて、オーブンでカリカリに焼いた海老の頭を飾ってエビチリパスタが完成。
「できたよ。」
「えびのいい匂いー。いただきまーす。」
英次も自分の分を食べながら、味のバランスを確かめた。
もう少し辛くてもいけるな。と配合の計算をしていると、
「英次最近楽しいことあった?」
とゆりが聞いてきた。
「ん、特にないけど、まぁ毎日楽しんでるよ。」
「そっか。」
「ゆりちゃん、毎日楽しくないの?」
「いや、そういう訳でないけどさ。こう、美味しいもの食べてるとさ、幸せなんだけど、時々何してるんだろうって考えちゃう。」
「そう、それはいいことだね。」
英次は大きく肯定した。
「なんで?」
すぐに肯定されて、ゆりは首を傾げた。
「なんでって、自分が何をしていて、それに意味があるかなんて誰にもわからないんだし、そんなこと考えるだけ無駄な気がするけど、それを考えているゆりちゃんはえらいと思う。」
「んー?なんか、馬鹿にされてる気がする。」
「そんなことないよ。ゆりちゃんは他人のことを心配しているんだよ。自分のことを考えながらね。」
「英次のそういう話はよくわからん!」
「んー。そうかもね。」
英次はそういってゆりをみつめた。ゆりも負けずにみつめ返した。
そして、いつのまにか二人とも笑い出していた。




