中国茶
「ねぇ。」
ゆりは暑い日差しにやられたようにぐったりとソファに横たわりながら栄治に呼びかけた。
「んーー?」
栄治はリビングに横たわるゆりを見ながら小さなおもちゃのような茶器を整えながら気の抜けた返事を返す。
「暑い。」
ゆりはTシャツをぱたぱたさせながら、エアコンのスイッチを入れた。
栄治は機械音を敏感に感じ取り、すたすたと歩み寄ったかと思うと、さっとリモコンを取り上げ、スイッチを切り、窓を全開にした。
カーテンがざわざわと踊り、春の風が入る。外は晴れ、白い洗濯物が目に眩しい。
「もー、いいじゃんちょっとくらい。」
ゆりは子供のようにむくれた。
「ゆりには仙人の境地は無理かもね。」
栄治は丁寧に机の上に茶器を並べ、ぽってりとした中国茶器に熱湯を溢れるまで入れ、あまり蒸らさず、さっと茶海に注いだ。
「一煎目でのどを潤し、二煎目で孤独を忘れる。」
栄治は呪文のように話しながら、嬉々としてお茶を注いでいる。
中国茶の香りがたちこめてくる。
おままごとのように、小さな聞香杯に二煎目を注いで茶杯で蓋をする。
「くるっと回して、香りをお楽しみください。」
栄治はお手本を見せるように、くるりと回して、聞香杯を匂っている。
ゆりはその手なれた手つきに若干イラっとくるも、自分もやってみたい誘惑に負けて手を伸ばした。
「あっ。」
と、おっかなびっくりひっくり返そうとして、少しこぼしてしまったゆりを見て、
「大丈夫。ほら、香りが逃げてしまうよ。匂ってごらん。」
栄治の大きな手が優しく杯をとって、ゆりの鼻に近づけた。甘い、蜂蜜の匂いがする。子供のころに嗅いだ記憶。風邪をひいて、ワンワン泣いてた記憶。お家で留守番して、さびしくて、一人ぼっちの記憶。
ゆりは匂いって記憶とリンクするなぁと思った。
お茶を飲むと濃い味がして、甘いイメージを裏切られた感じがしたが、後を引く味だった。
「七煎飲むと、仙人の心持になれるよ。」
そう言いながら、さらにお湯を注ぐ栄治にをみながら
「おまえ何人だよ。」
とゆりはつっこんだ。




