深紅の上位種ーー大太刀を持つ鬼との死闘
へい、四千と言ったなあれは嘘ですごめんなさい
ひさしぶるの更新ですけど章的には三十話……十話ちょいまで王女様じゃねぇか編です
正面から両断されるべく降り下ろされた刀ーー昇華種、世間体には上位種として知られている。ユーサクが勝手に名付けただけであって初めて見つけた新種のアレではない。から繰り出された大太刀をすんでのところでかわし、頬に掠める殺意を受け流しながら右手に持っている剣を切り上げる。だが、相手もすんでのことろで回避したのか傷付いたのは表面だけだった。
ーー強い
そう感じるのは何度目だったか。既に何十も相手の攻撃を避け、受け流し、ダメージを最小限に押さえる戦いは既に十数分も経っていた。
本来、剣と剣の戦いーー殺傷能力のある武器を持った相手と戦いと呼べる人間を過ごすのは数分が限界だ。それ以上に真剣を肌で感じすんでのところでかわし、相手の隙をついて攻撃をする。そんな字面では簡単なことだが実際に体感すると難しい。普段鍛えている体は何時も以上に重く、判断も鈍くなる。真剣と真剣はどちらが先に有効打を与えられるかが重要な殺し合いなのだ。それ故に一歩の間違いが死を招く、そんな考えが頭の片隅でちらついて思考を鈍らせる。
だが、この戦いは違った。
ユーサク、基剣士であるダンジョン保有者は毎日飽きもせず死の地へ行き、毎日飽きもせず死の恐怖に浴びせられている。死の放射線と言う名の日焼けサロンなのだ。
そんなある意味厳選された猛者は軽々しく人間の限界をも越える。今の現状はそんな人としての何かがなくなった者の戦いなのだ。一方は人形ってだけだけど。
最初に動いたのは鬼だった。
右足で踏み込んだ最速の突きだった。心臓に突き立てようとするのが感じとれたので右の首筋を切られる感触を感じながらしゃがんで避け、大太刀を握っている手首を削ぎ落とそうとしたのだが柄の部分で遮られた。
そこから自分の血が流れて、流し、切って切られての繰り返しだった。流れ出した血は頭を鈍らせる。吐き気を催す代わりに強力な増血剤を隙を見て噛み砕いた。五千円もするハートマークの形の増血剤だった。
吐き気を歯を噛み締める事で耐え、流れ出た血とは真逆に心は和やかだった。
鬼の呼吸が耳元で囁かれるほど近くで感じ、呼吸の合間を練って攻撃をしたり、逆に鬼はそれを力で押し退け切り込んだ。そんな死闘の結果ユーサクの左腕はだらりと脱け殻のようになっており、全身の傷からでた血は服を赤く染めていた。鬼は逆に腰に巻いた一枚の布しかなかく、湿った布の不快感は無さそうだったが防ぐものがない山のように盛り上がった筋肉は傷跡から顔を見せていた。地肌の赤みとは全く違う、深く、鉄臭い液体が全身汗のように流れていた。
ユーサクの増血剤のストックはなく(多用するものではないが)止血剤は元々無かった。腹に力を入れ、気合いで血の流れを止めるしかないのだ。実際は意気込みだけで相も変わらず滝のように流れているが止血剤は勿論、無くなった血をそのままにしている鬼は言葉通りに筋肉で血が流れるのを止めていた。
(ーーリュックの中に薬剤は入ってたけど)
生憎ノアリは放心状態だった。抱えて逃げるにも期は既に逃しているしユーサク自身も逃げるつもりは毛頭無かった。それは鬼にも同じことでユーサクを見る目は獰猛な獣を思わせる力強い、ドス黒く汚れた何かがあった。
「……大丈夫、既にかかりかかっている」
自分の顔の表面が薄く覆われるような感覚を感じ、呟く。元に戻るのは安易ではないがーーと言うか使わざる終えない状況が状況が恨ましいがしょうがない。剣の根本が軽くぐらついているがそれを無視し、正面に構える。どっちにしろ俺の剣の教えはヒットアンドヒット、攻撃が来たら乗り越えろ精神なんだ。そう、自分を奮い立たせるようにして相手を見据える。このダンジョンは横幅三メートル弱、高さ五メートル程ある無駄にデカイ通路みたいなダンジョンだったが表面は苔石になっており、湧き水が流れている。そんな少し見方を変えれば幻想的な風景にお相撲さんの表面を超合金マッチョに変えた魔改造スモウレスラーが地に根を張るようにして立っている。「かかりかかっている」そんな言葉を思い出しながら少し痛みが安らいだ瞬間を見計らって地を蹴り壁を蹴る。腰についている増血剤等が入っていたポーチをもぎ取り、投げつける。分かりやすい目眩ましだった為かポーチを大太刀で貫き、その勢いでユーサクを刺そうと伸びていく。そんな攻撃をユーサクは
ーー大太刀の背を滑りようにして降りてきた。
滑りようにでは語弊があるが瞬間的に刀身の裏を掴み、そのうらに沿って降りてくる。その表情は奇妙に歪んでいた。まるで笑っているかのように。
急いで大太刀を戻そうとするがそれよりも先にユーサクの剣が鬼の首筋に刺さった。剣を逆手に持ち、全体重を掛けたつもりだったのだが不安定な足場のせいもあってか狙いが外れたのだ。チッ、と舌打ちを心の中でやり、痛みで暴れている鬼に刺さった剣を折るかのように体重を横にかける。運ではない、狙ってやったんだよ。っと意外にも呆気なく剣は柄の部分と鬼の首筋に突き刺さった部分と別れ、投げ出されるように地面に落ちた。激しく体を打ち付けられ、口から罵声の代わりに生物の基礎ーーかどうかは知らないが血が吐き出しそうになったので身を任せて盛大に吐く。ついでに魂も吐き出しそうになるがそれは根性で体内に戻した。ユーサク、根性論大好き!
かかりかかっている。そう言ったがあれは嘘らしい。心の中で冗談を言うレベルで緊張の糸が抜けていた。だが、手負いの獣ほど危ないものは無いと言うし、だがそれでは人形の鬼は獣ってことになる。必然的の人形の元である人間は獣ってことになる。男は皆、心に獣を飼っているんだぜ?
そうは思いつつも苦しみながら思いっきり剣を抜いた鬼を見て、拳を構えファイティングポーズをとった。正直自信がない。
息とも呼べない荒々しく獰猛な唸り声をあげながら剣を上段に構える鬼。その顔は修羅のように険しく、覚悟が決まっている顔だった。
息を吐き、息を吐く。限界まで息を吐いてーー吸った瞬間に足に力を込め、走り出す。それがユーサクの切り込み方だったのだが……息を吐いた瞬間に攻撃とも思えなくもない衝撃が腰回りに来た。ずんっ、と覆うような温かい攻撃はしっかりと身動きがとれない状況になっていた。
(は、謀りやがったなコイツ!)
口に出ないほどの憎悪にまみれそうになるが正面からくる大太刀の付きが目に入り息を飲んだ。繰り出した鬼の表情は安堵しているように見えた。反射的に残った柄で突きの攻撃を斬撃を打撃に変えたのだがその苦労も柄と同様に儚く散って吹き飛ばされた。運が良かったのは構えた先が唯一残った小手を仕込んでいた右腕だった事だがそんなことは関係無く、意識を削がれるような感覚を感じ、吹き飛ばされた衝撃に身を任せ、四階層に伸びる空間に入った。その瞬間、半ば意識が飛んでいる状態で「『帰宅!』」と叫べたのは幸運か。ユーサクとノアリの体は不自然な光に包まれ、ダンジョンの外に吐き出されユーサクの意識は途絶えた。
「(ああ、次生まれ変わったら生きてから死ぬまでずっと蟻を殺し続けよう)」
そんな不謹慎どころかクソ通り越してミソが付属品として付きそうな考えが記憶している内の最後だった。