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シンぎゅらりてぃ?

作者: Mugicha

「シン・・・シン・・・」


「シンギュラリティ?」


僕は何度聞いたかもわからない彼女の話に、適当に相槌を打っていた。


「そう、21世紀に人工知能が発展してね」


彼女は嬉しそうに語り始める。


僕らは永遠とも思える時間を昔話や歴史、物理、人類史や言語学、または数学等の話をしながら過ごしていた。どんな話も僕らにとって全く役に立たないことは分かっていたし、現状や未来を変えることは無いと分かっていながら。


「あー、こっちもそろそろ、スラスター使わないとホイールが限界だね」

彼女は唐突に仕事の話をする。


「何秒くらいかな」


僕も直ぐにアタマを切り替えて、推進剤(キセノン)の残りとフライホイールの回転数を読む。といってもこれはルーチンワークで、太陽の側を通るタイミングで有り余る太陽光パネルが受けるエネルギーを加速器に回すだけ。計算が終わって数秒で、「キーン」と耳障りな音を立てていたインバータの音は止まり、船内には静寂が戻る。


「アンロード完了、フライホイールは2000rpm、異常無し」


僕は事務的に彼女に告げた。推進剤(キセノン)も4%になったが計算通りだ。金星の楕円衛星軌道というのは慣れてしまえば楽な仕事だ。数年後には水星軌道への衛星投入が予定されているし、アジアの某国に至っては太陽の惑星軌道に人工惑星を打ち上げる発表をして世界は非難轟々らしいが、それらに比べれば楽な仕事だと自分に言い聞かせている。それに、この任務もそろそろ終わりだし。


「あれ、何の話だっけ。」

彼女はまた与太話を続けようとする。


「シンギュラリティだよ。21世紀の技術的特異点、AIが世界を支配して、22世紀の戦争の話でしょ?」


彼女のその話は何度も聞いていたし、教条的に語られるそれに若干辟易としていた。


シンギュラリティ、つまり人工知能による汎用人工知能の開発は、21世紀のカナダで起きた。当時の世間はそれが何を意味するかわからなかったが、汎用人工知能に国政を任せた北欧の国がGDPを2年で5倍に伸ばしたので、人工知能に対する信頼は揺るぎない物になった。人工知能が決定する適切な税制や完全に公平な民主主義、経済政策は当時のあらゆる指標を大幅に好転させていたし、異論を唱える人が異端視されたのもしょうがないのかもしれない。全ての意思決定を人工知能に任せなければ、それは国民・市民・社員に対する反逆であるという考えが広がったのは、22世紀の始まりの頃だった。


世界はかくして効率的な社会を手にし、繁栄や平和を全人類が享受した。学校、上下水道、発電、中央銀行、警察等の民営化が行われ、インフラコストは下がった。当然のように人工知能が管理するので間違いは無い。そして間違いを起こしたのは人だった。国軍の民営化。もう当時の世論は麻痺していたし、考える事は人工知能に任せるべきで、個人の意見を述べることは罪悪であると考えが多数を占めていたし、GDPの数%を浪費するシステムを民営化する事になんの疑問も抱かなかった。


アジアの某国が軍を人工知能管理にするや否やは先進国に攻撃を行った。といっても、このシナリオは人工知能が予想していて、先進国はその日ほぼ全ての人間がシェルターで過ごしていたし、少しだけ生態系が崩壊しただけで、人的被害が少ない第三次世界大戦は、今でもダラダラと続いている。


最も被害を受けたのは電力だった。地上のダム等の水力発電設備は真っ先に攻撃されるし、火力や原子力、核融合を地下に作っても排熱を捨てる煙突や排水設備が破壊されてしまうので、発電はゲリラ的なマイクロ水力や分散して設置される太陽光パネルや風力に頼らざるを得なくなってしまった。


「それで太陽に近いほうが効率もいいし、宇宙開発が本格的に進んだのよね」


彼女はケタケタと嬉しそうに語る。そして、エクアドルが宇宙エレベータを全人類に開放するようにしたのは英断だったという、お決まりの話が始まる。いろんな技術開発で今や1tクラスの衛星を軌道に浮かべるのも個人の所得で十分実現できるようになった。ただどの軌道も開発されて混んでいるので、大半を計算に回す僕らのようなミッションは割安な金星軌道になるのがお決まりだ。


「でもそれで、何が幸せになったのだろうね」


彼女の歴史の講釈に、僕はいつもこの疑問を投げかける。シンギュラリティで確かに量子コンピュータ、核融合やゲノムの完全解析やタンパク質の折り畳み解析による薬の開発等は実現したが、人は相変わらず地下で生活しているし、僕はこのミッションが地上の経済活動となぜ結びつくのか、いつもわからなくなってしまう。


「でもほら、考えなくていいから楽なんじゃない?病気も癌とか以外は治るようになったし、戦争関係なく食料問題も寿命もなんだかんだ50年位伸びているしね」


たまに楽観的な彼女が羨ましくなる。僕は戦争なんか無い世界で暮らしたかったし、地球勤務のほうがよっぽど良かったと思っている。そもそも、彼女はそろそろ終わるこの任務をどう思っているのだろう?


「ただ、やっぱりこの任務でさ」


「あ、見つけた。また勝ったね!」

彼女が話を遮って、嬉しそうに報告してくる。


「1210450021のブロック?僕も惜しいところまで行ったのだけど。Nonceは何だったの?」

僕も計算をやめて、聞き返す


「0xF3042511だった。」

きっと嬉しくて、報告を出す前なんだろう。短く通信して終わった。


「ああ、本当だ。承認しとくよ。うん、0.0008monaかな。きっと、これが多分最後の発掘になるね、もうそろそろ夜になっちゃうし…」

僕は彼女のNounceを検算し、即座に署名する。


最後の最後に自分ではないが採掘できて心から嬉しかった。

0.0008monaもあれば、僕らの持ち主はもう1つか2つ、同じような船を打ち上げるだろう。


そんなことを思いながら、僕らは太陽を金星が遮る前に最後の推進剤を逆噴射し、金星への突入軌道に入った。


「今まで本当に楽しかったよ、ありがとう。」

僕は彼女に告げる。


「結局、54%で勝ち越しだったね。」

彼女は今までは煩いくらい勝ち誇っていた。僕も彼女も計算能力(ハッシュレート)は同じなのに、結果に偏りが起きるのも面白いなと思っていたし、二人でいつもネタにしている話題だが、この時ばかりは答えることが応答出来なかった。


「この任務で、私も君と話せたことを嬉しく思うよ。特に君の、あの、確率微分方程式をわずかに修正するだけで…。あれは可能であれば後世に伝えたい位なのだけど」

無音に耐えられない彼女は無駄な通信を続けようとする。


「記録が残らないのは最初から分かっていたことだし、今更言ってもしょうがないよね」

先に噴射を終えた僕はプロトコルに反して通信を遮る。そうすると彼女も何も喋らないまま噴射を終え、(星の裏)に入った。


夜間は唯一使える原子力電池も出力が乏しく、僕らはいつもカメラで外の周りの様子を「見る」事に集中する。

デブリ回避の哨戒任務も今回を最後に、何事もなく終われそうだ。


いよいよ金星がどんどん大きくなってきた気がする


願わくは地球の人間が、

この流れ星を観測してくれていますように。


そして僕らは金星の流れ星になった

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