人の心に 四
小和田教授の裏リベート疑惑が公になり、神野美緒が証言を翻したため大和田教授の立場が一気に危うくなった。しかし、大和田教授はあくまでも強気で構えている。鈴たちは居酒屋で密談を重ね、事件の真相に迫ってゆく。
翌日、マスコミは大騒ぎとなった。京明大学の名物教授がKG製作所から裏リベートをもらっていると言う証拠がネット上にリークされ、その全ての取引リストと、本人の声が入った会話録音データが公になったのだから当然だと言える。
そして本日、更に驚く情報がネット上を駆け巡った。それは、裏リベートに関するKG製作所の窓口である岩沢部長が自殺した日、大和田教授が新幹線で東京へ行っていたと言う証言をしていた神野美緒が、実は大和田教授の教え子だったと言う情報だ。
当然、色んな憶測が飛び交った。美緒が恩師である教授をかばっているのではないか、或いは、美緒は買収されたのではないか、そんな憶測がほとんどだ。そして美緒の勤務先情報までネット公開されており、彼女の勤める京滋ソフト開発会社が、KG製作所の子会社であることが一層憶測を呼んだ。
マスコミはKG製作所を訪れ、神野美穂の取材を申し込んだ。美緒は会社に迷惑を掛けることを恐れ、昼休みに近くの公園で取材に応じ、そこで全てを明らかにした。
まず自分は学生時代に大和田教授の講義を聞いたことはあるが、それ以外の接点は何もないこと。卒業後初めて会ったことを明言した。しかし、マスコミはそれでは納得せず、美緒が大和田をかばっていると言う証を取るために、卑劣で執拗な質問責めにした結果、とうとう美緒は、証言は嘘であることを認め、大和田教授は名古屋で新幹線を降りていたことを明らかにした。
そして嘘の証言をした理由として、あるネットサイトで募集していたアルバイトに応募したことを説明した。雇用主の指示では乗車する新幹線の座席指定をしていたが、大和田教授が隣に座ることは知らされていなかった。
仕事の内容は、隣に座った客が名古屋で降りるので、それまでに写真を撮ること。二人一緒でも隠し撮りでも構わない。それから、大和田教授は東京まで乗っていたと証言することだった。教授が名古屋で降りた後、知らない男性が教授のいた席に座り、ひと言も話さなかった。報酬はビットコインで支払われた。
夕刊には、マスコミの勝手な憶測が記事となって踊っていた。どれも大和田教授に殺人の嫌疑を掛けている。アルバイトを募集したのも教授ではないかと疑う記事もあった。
警察もネットに公開されている証拠の真偽を確かめたり、大和田教授に確認を行ったりと、鋭意捜査を進めているはずだが、鈴の所にはまだ情報は入っていない。熊野の担当事件ではないため、情報入手に時間を要しているのかも知れない。それに、熊野は安岡と共に岩沢の元奥さんのところへ聞き込みに行っているはずだ。所轄の捜査官が既に聞き込みは済ませているが、今日も休暇である安岡がどうしても会いたいと主張したためだ。
夜8時を過ぎた頃、やっと熊野から連絡があって集合時間が決まった。昨夜はバーやすらぎに団体客が入って鈴たちの捜査会議は中止となってしまった。翌日再開することで解散したが、熊野が警察情報を入手するのに時間が掛かると予想されたため、時間は熊野が指定することになった。その時、なぜか梅木も参加したいと言い出して場所の確保を請け負ってくれた。やすらぎは定休日だ。
鈴が指定された店に着いたのは午後9時前。木屋町御池にある小さな居酒屋だが、完全に隔離された個室が二つあって商談などに良く使われるようだ。この店のオーナーがバーやすらぎの常連客で、マスターの古い友人でもあるらしい。そんな縁があって、景色の良い方の部屋に案内された。テナントビルの5階にあり、窓の外には鴨川の流れる夜景が見える。
鈴の到着が最後のようで、突出しや魚の煮物などが既に並んでいた。靴を脱いで十畳ほどの和室に上がると、掘り炬燵になっていた。
「密談には持って来いの部屋ね」
鈴が感謝の意を込めて梅木に言葉を掛け、夜景が見える方の席に足を入れて座った。
「早速だけど」
気合を入れて口火を切った鈴が小八木に視線を送る。
「ビールですね?」
「ええ」
「そっちか……」
「ついでに冷酒もひと瓶お願い」
鈴が軽く告げてから、
「それで、警察の動きはどうだった?」
と熊野に問い掛けた。
「はい、まずネットに公開された音声ですが、鑑識の調査では大和田教授の声で間違いないようです。大和田教授が過去にテレビ出演した時の声と比較しました。岩沢さんの声は、今日元奥さんからビデオを借りて来たので、これからの調査になります」
「元奥さんに録音の声を聞いてもらったが、間違いなく岩沢だと言っていた」
安岡が自信ありげに断言する。
「所轄では、他殺の嫌疑でもう一度再捜査を始めることになりました。大和田教授の車の中で犯行に及んだ可能性もあるので、教授の自家用車も調査します」
「私たちの推理が役になったのね」
鈴が少し胸を突き出している。
「はい、大和田教授が名古屋で戻った可能性があることや、美緒さんが大和田教授や岩沢さんとつながっている可能性があることも所轄に情報連携していましたから、昨日のネット情報と今日の美緒さんの証言で急転直下、一気に大和田教授が容疑者としてフォーカスされました。美緒さんからも事情聴取を行いましたが、岩沢さんのことは知らないと言い張っています。任意同行は拒否されましたが指紋採取には応じてくれました」
「まだ大和田教授を逮捕出来ないのですか?」
梅木が尋ねる。
「実は今日の夕方に……」
熊野が前のめりになった時、扉をノックする音が響いて生ビールが運ばれて来た。小八木がトレーごと受け取る。店員が雰囲気を感じてさっと立ち退いて行った。
「今日の夕方に、所轄の刑事たちが京明大学を訪れて鼻息荒く詰め寄ったそうです。まず、録音の声が大和田教授のものであると証明されたことを伝え、教授の車の調査許可、指紋採取の許可、任意同行を迫りました」
熊野はそこでひと息吐いてから続ける。
「しかし、大和田教授は顔色ひとつ変えずに、大学の調査ではあの録音は合成であること、もし警察があの録音データを証拠に採用するなら、科学的証明で徹底的に戦う意思があること、車はタイミング悪く買い換えた後で廃車になっていることを告げて、同行も拒否しました。唯一、指紋採取だけは協力しました。何も疾しいことはしていなからと。自信たっぷりで戦う意思がみなぎっていたそうです」
「夢育英会や鳩川とつながっているし大学と言う基盤もあるからな、完全武装しているんだろう」
安岡が厄介そうに言ってビールを口にする。
「車を買い替えたなんてタイミング良すぎ。絶対何かあったのよ」
鈴の意見はもっともだが、今更どうにもならない。これで証拠がひとつ減ったことになる。しかも社会的地位のある者が戦う姿勢を示したことで、敵が牙を剥いたような畏怖感が漂った。重く沈鬱な空気が広がり、誰もが惰性でビールを口に運んでいる。
「勇んで攻め行ったのに返り討ちに遭ったな」
自嘲的な安岡の声が静かに響いた。と、
「返り討ち?」
鈴が何かに引っ掛かっている。
「意味、わかるのか?」
安岡がからかう。
「そうよ!返り討ちなのよ!」
鈴が思わず明るい声で叫ぶと、
「なるほど。それなら納得できる」
と、梅木も同意した。
「どう言う事ですか?」
熊野が鈴をじっと見つめる。
「梅木君、発言を許す」
梅木は、ジョッキを置いてから静かに語り始める。
「そもそも今回の事件は、最初に朝枝香帆さんのご遺体が岐阜で発見されたことが混乱を招いていたのです。現場の状況だけで判断すると、並岡さんを犯人とする考えも十分に理解できます。並岡さんに動機がないとも言い切れませんから」
「でも、どうして香帆さんが私たちの歴史ツアーに参加したのか、まだ明確になっていない。不倫旅行のアリバイ作りに身代わりまで用意するなんて大げさ過ぎる」
鈴が言葉を挟んだ後、梅木が続ける。
「香帆さんは大和田教授に指示されたのではなく、自分の考えで岡山に向かったのです。大和田教授を殺害するために!」
「え!」
安岡も、熊野も、小八木も呆然としている。あまりに唐突な意見だ。
「いつか鈴さんが言ったように、香帆さんは大和田教授にかなり拘束されていたのかも知れません。ですから、教授が出掛けるタイミングでないと旅行もままならなかった。しかし、今回は少し事情が違います。教授が岡山に出張するからこそ、罠を仕掛けられた」
「そう、罠よ」
鈴が合いの手を入れる。
「教授には、ふたりで温泉旅行をしようと持ち掛けたのだと思います。例えばこうです。香帆さんは、ツアーに参加して途中で急用ができたと言って抜け出す。と、教授に説明する。そして、奥津温泉での宴会が終わり次第、別の宿で二人して過ごすことを提案した」
「昨日も言ったけど、教授にとっては、ほぼ完ぺきなアリバイで不倫旅行ができる訳だから断る理由がない」
鈴が突出しのオクラを口に入れる。その仕草を確かめてから梅木が推理を続ける。
「香帆さんは大垣の芭蕉記念館で誰かと入れ替わった。15時頃に出れば18時に岡山に到着することは小八木が証明してくれました」
梅木が間を取っている隙に、
「しかし香帆さんの本当の目的は、温泉旅行ではなくて大和田教授を殺害すること」
と鈴が口を挟んだ。
「ところが、香帆さんの計画を事前に察知した教授は逆に香帆さんを殺害した。まさに返り討ちです」
梅木が主導権を取り返す。
「ちょっと待ってください。どうやって教授は香帆さんの計画を知り得たのですか?」
熊野が手にジョッキを持ったまま尋ねる。
「きっと『恨みますサイト』ですよ」
小八木が箸で煮魚の身を突きながらボソリと呟いた。
「そんな得体の知れないものを話に持ち出すなよ」
安岡が吐き捨てるように言ったが、小八木は負けずに続ける。
「香帆さんのパソコンも岩沢さんのパソコンもZIGENと言うスパイウェアに感染していました。そして感染後『恨みますサイト』に頻繁にアクセスしています。何かを投稿した痕跡も見られました。恐らく、大和田教授も『恨みますサイト』のことは知っていたと思います」
「いや、喫茶店で否定しましたよ」
熊野が数日前のことを持ち出すが、鈴が箸で煮豆をつまんだまま反論する。
「あの時のことを良く思い出しなさいよ。教授は、熊野君が『恨みますサイトは知っていますか』と聞いただけで、すぐにインターネットのことだとわかって否定した。普通、こんな不審な名前を聞いた時は『何、それ?』とか、少し考えてから『怪しげなインターネットサイトですか?』などと言うのが普通でしょう。きっとあれは知らない振りをしていただけよ」
そこへ梅木が割って入る。
「実は僕もそう考えています。『恨みますサイト』を中心に三人はつながっていた。いや、美緒さんも含めて四人はつながっていた。勿論、各々から見えるのは『恨みますサイト』だけです」
ほんの数秒間沈黙が佇んだ。誰もが仮説の急転換に驚きながら考えを整理している。
「じゃあ、仮に四人ともがそのサイトの会員だったと仮定しよう。それで?どうなるんだ?」
沈黙を破った安岡の瞳は鋭く輝いている。
「僕は、『恨みますサイト』の運営者が、彼らをZIGENに感染させたのだと思います。感染ファイルを添付したメールを送り付けたのでしょう。小八木の説明によると、ZIGENはリモートコントロールで何でもできますから、パソコンのデータを全てコピーすることも可能です。例えば、教授がリモートコントロールか何かで『恨みますサイト』に誘導された時に、自分の秘密が書かれていたらどうしますか?例え偽名になっていても本人にはわかります。誰かが自分の秘密を知っていて、しかも『藁人形』を買って自分に神罰を下そうとしている投稿記事を見つけたらどうしますか?」
わずかな時間、全員が黙ったまま考え込む。
「私なら藁人形を買って特別会員になるわ。そして、自分に神罰を与えて消そうとしている奴よりたくさん金を積んで、相手をやっつける」
鈴が静かに言った。『恨みますサイト』では、『藁人形』を買って特別会員になれば、憎い対象が不幸になると言う不文律がある。ただし、藁人形は百万円単位だと噂されていた。梅木が鈴の言葉に続く。
「大和田教授のようなセレブなら、誰がその立場に立っても鈴と同じ反応をすると思います。社会的地位を守るためなら数百万の金くらい出すでしょう」
安岡も熊野も、否定せずに小さくうなっている。
「そして更に勝手な想像ですが、ZIGENによって大和田教授と香帆さんの秘密情報を把握した『恨みますサイト』運営者がこんな仕掛けをしたらどうなるでしょうか?香帆さんには『大和田教授が香帆さんの秘密を暴露しようとしている』と伝え、大和田教授には『香帆さんは、大和田教授の秘密を知っている上に並岡さんと一緒になるため、教授の殺害計画を立てている』と伝える。どうでしょう?」
「そんな話を本当に信用するのか?」
「普通の人なら相手にしないでしょうね。でも、切っても切れないあの二人の打算的な関係にはリアルに響くでしょう。しかも、それぞれに秘密の一部をチラ見せしたら、自分の秘密を握られていることを確信する」
鈴が意見して冷酒を口に含む。すると熊野が小難しい面持ちで口を開いた。
「素直に納得できる仮説ではありませんが、取り敢えず『恨みますサイト』が神罰を与える何らかの力を持っていると仮定します。そして、情報をコントロールして彼らを操ったとしましょう。香帆さんに対しては、大和田教授の殺害計画や計画に必要なもの、例えば香帆さんの身代わりになってアリバイ作りをする女性や、殺害のための毒物などを準備する。そして大和田教授に対しては、香帆さんの計画を伝え、どこで先手を打って殺害し、どうやって並岡さんの部屋に運ぶのか、その手段を教えた。そんな仮説だと言うことですね」
熊野が鈴と梅木に確認した。
「本当にそんなことを実行するサイトがあるのか?」
安岡は、現実離れした仮説をまだ受け付けられない。
「裏社会と結びついたサイトもたくさんありますよ。詐欺サイトに薬物や拳銃の売買から自殺のお手伝いまで、信じられないものが多数存在するのは確かです」
小八木がネット社会音痴の安岡に説明すると、更に梅木が仮説を続ける。
「『恨みますサイト』は、言わば、恨み晴らし入札サイトです。自分から恨みを投稿して藁人形を買い、恨み晴らしを依頼する。この場合、運営者はその恨まれている対象者に事実を知らせ、返り討ちにすることを示唆する。そしてより高額な藁人形を買った方の味方をする。また勧誘活動として、他人のパソコンをウイルス感染させて情報を抜き取り、怨恨がありそうな人間関係に付け入って当事者を誘導し、恨み晴らしや返り討ちを持ち掛ける。今回は後者かも知れません」
安岡は想像を超えたネット社会の実情に驚いて、もう反論する気概さえ失っている。
「もしも梅木さんの仮説が正しければ、『恨みますサイト』運営者は数百万円を儲けたことになります」
小八木が安岡にダメ押しする。安岡は静かに冷酒を口に運び、何やら意を決したように重い口調で言葉を零した。
「さっきからずっと考えていたんだが……」
「小八木たちの説明、聞いてなかったのね」
鈴がクスクス笑う。
「今夜は俺も思い切った推理をしてみる」
「あら、珍しい。堅実派なのに」
安岡は冷酒をグイと流し込むと、
「美緒は、本当は昔から香帆のことを知っていた。そして香帆のことが嫌いだった。いや、何らかの恨みを抱いていた。それが、社会人になってまで並岡を取られたことで遂に切れてしまった」
と言って、やや興奮した瞳で鈴を見つめた。
「ヒエー!」
鈴が素っ頓狂な声を出して、イカの塩辛を口に運ぶ。
「美味しい」
「と言うことは、美緒さんはやはり『恨みますサイト』の闇バイトで香帆さん殺害にも関わっていたと言うことですか?」
小八木も興奮に加わる。
「ちょっと落ち着け、恨みを持っていると言っただけだ。勝手に話を発展させるな」
自分で言っておきながら、急に安岡が冷静になる。
「良いのよ今は!これぞブレイクスルーよ!」
鈴が楽しそうに声を上げる。
「おい、こいつ大丈夫か?」
安岡が不安げな面で小八木に確認する。
「お腹、空き過ぎたのだと思います。もう9時ですから」
確かに、酒のあてばかりで腹をすぐに満たす物はない。
「先に何か食っておけば良いだろう」
「そんな軟な女じゃありません。ご馳走してもらえるのがわかっているのに先に自腹で食べたりしませんよ」
男たちは無言で頷き納得すると、梅木が推理を続けた。
「ここはひとまず、美緒さんが香帆さん殺害にも関わっていたと仮置きしましょう」
「香帆さんの身代わりが美緒さん!」
小八木が先走ると、少し頷いた梅木が続ける。
「僕の考えでは、美緒さんは大和田教授との合流地点まで、恐らくは岡山市内から奥津温泉に至るどこかの地点まで車を走らせ、既に並岡さんのネクタイで絞殺した香帆さんのご遺体を大和田教授から受け取り、岐阜まで運んで並岡さんの部屋で偽装工作をしたのだと思います」
「オイオイ、どうやって大和田が並岡のネクタイを手に入れたんだ?」
「だから、美緒さんの関わりが重要になって来るんです」
熊野が思わず口走る。
「美緒さんが並岡さんの部屋から盗んだ?」
鈴は箸を止めている。
「と言うことは、盗んだのは最近と言うことになりますね、この計画ができてからでしょうから」
「美緒がひとりでご遺体を運んだのか?かなりの重労働だぞ」
安岡も仮説に同調しようとしている。
「コロコロすれば良いのよ。安オヤジも一緒に確認したでしょう?並岡さんの部屋は1階だし、スロープも付いている。土間との段差も低いから、スーツケースにいれてもコロコロ出来るわよ」
安岡は小さく唸った。すると珍しく小八木が反論する。
「確かに鈴さんの言うとおり、美緒さんひとりでも可能かも知れません。しかし、かなりリスクが高いです」
と言って鈴を見つめた。鈴はその視線を受け止めながらじっと考えて、
「あっそうか。時間ね!香帆さんの身代わりを演じながら17時に大垣のホテルに到着し、すぐに出たとしても岡山まで2時間半は掛かる。あらかじめ岡山駅近辺に車を置いていたとしても、奥津温泉まで1時間半として21時になってしまう。実際には徒歩での移動時間もあるから無理ね」
と、すぐに合点した。すると、
「もしかすると。もうひとり男の闇バイトがいたとか?」
と梅木が新たな答えを出した。
「男限定なのね。確かに、力仕事だからその方が……あっそうか!」
鈴の反応に梅木は口元に笑みを浮かべる。
「何ですか?」
熊野がせかせる。
「もうひとりの影武者。新幹線で東京まで行った大和田教授の影武者よ」
「同じ人間だということか?」
「なるほど。多くのバイトを雇えば、その分秘密漏えいのリスクが増えますしね」
「まあ、仮説としては成り立っているが……」
安岡が元の堅実な思考に戻っている。
「後は証拠ね。二人に調べて欲しいことがあるの」
鈴は少し声を落として、安岡と熊野に調査内容を告げた。二人の表情は緊張しつつも瞳は輝きを増してゆき、希望の明るささえ漂わせている。
「予想どおりの結果が出たら、逮捕しちゃいましょ」
鈴の声も明るくなっている。と、安岡が何かを思い出した様子で、
「そうだった、昼間にもうひとつ大収穫があったんだ。きっと逮捕に役立つぞ」
と言ってニヤリと笑った。