ダニ刺され
初投稿です。
お見苦しい点が多々あるかと思いますが、生暖かい目で見ていただけたら幸いです。
「ぐあああああああああああああ!かゆいいいいいいいいいいい!」
それは朝起きて顔を洗っている時だった。
二の腕の辺りが妙にムズムズするのでシャツを捲ってみてゾッとした。
赤く腫れ上がった小さなブツブツが無数に広がっていたのだ!
ダニ刺され。そう認識した瞬間、全身がメチャクチャ痒くなってきた。
着ていた物を脱ぎ、パンツ一丁で全身を掻き毟る!痒みに耐えられなくてくねくねと体を捩る。
両手を使って体を掻きながら被害箇所を確認すると、
特に酷いのは脇の下、背中、腹回り、手足の柔らかい部分、果ては足の裏にも少し。
「ぬおおおおおおおお!目で認識したらもっと痒くなってきたッ」
全身に無数に広がる赤いボツボツは目に毒だ。
自身のおぞましい姿を想像して更に痒みが増すようだ。
もはや我慢できずに地面を転げまわる。
背中を小石にぐりぐり擦り付けながら両手で全身を掻き毟る姿は滑稽だろうが、
そんな外聞には構っていられない。死ぬほど痒く、掻いた所はちょっと気持ち良い。
これはもしや噂に聞く、南大陸にしか生息していないと言われるミナミフタクチノタウチダニの仕業だろうか?
安宿に泊まることの多い冒険者には有名で、こいつは高温多湿な場所を好み、
普段は小さな虫等の体液を吸っているらしいが、稀に動物や人間を刺すらしい。
こいつらには頭と胸の辺りにそれぞれ口が付いており、効率良く獲物の体液を吸うことができる。悪魔か。
更にこの悪魔のような虫に刺されるとあまりの痒みにのた打ち回る事からこの名前が付いたようだ。悪意の塊か。
赤く腫れた箇所を観察すると2個並んだ特長的な噛み傷が見てとれた。犯人は間違いあるまい。
ちくしょう昨日宿代をケチって馬小屋で寝たばっかりに・・・
後悔は先に立たない。先に立つのはいつも金だ。貧乏な底辺冒険者には特に。
チラと横を向くと井戸に水を汲みにきたらしい宿の娘と目が合った。
パンツ一丁でグネグネと地面を這い回る俺を見ると嫌そう~な顔をして逃げていった。
くそっ、あんまカワイクナイ子に邪険にされると妙にムカつくのは何故だろう・・・
可愛い子に邪険にされるのは全然オッケーなんだけどね、興奮するし!
イカン何を言っているんだろう、痒みからくるイライラと合わさって頭が沸騰しそうだ。
昔、酒場で意気投合した奴に聞いた話ではダニ刺されに効くような薬は無く、ヒールの魔法も効果が無いらしい。
一番良いのは川等の冷たい流水に浸かる事らしいが、残念ながらこの村の近くには川は無い。
せめて井戸水が汲めれば・・・、腹と背中を交互に地面に擦り付けながら井戸にずりずりと近づいていく。まるで妖怪だ。こりゃ逃げるわ。すまん宿屋の娘さん。
あともうちょっと、あと5歩、4歩、3歩・・・
「もし、アナタ、大丈夫ですか?」
後ろから声が掛けられた。
誰でもいい助けてくれ!縋るような目で振り返ると男が屈んでこちらを見ていた。
顎に指を当てて首を傾げた姿が愛嬌がある。珍しい黒髪を肩まで伸ばした、整った顔をした20台くらいの落ち着いた男だ。
「た、助けてくれ・・・ダニにやられて・・・み、水を・・・」
痒みに耐えて声を出す。さっきから脳が焼けたように考えがまとまらない。
「そうですか、ダニ・・・その赤いボツボツは、なるほど」
男が俺の体を見てコクコクと納得する。
「わかりました。井戸水を汲んでくるのでちょっと待ってて下さい」
よかった。ちゃんと意図が伝わったようだ。
男が小走りで井戸まで行き、釣瓶を落とす。
全身に冷たい水を浴びる想像をすると痒みがすこし引いた気がした。
「んしょっ、しょっ」
キィー キィー
男が釣瓶のついた縄を引く音が響く。
チャポチャポと水の揺れる音が段々と大きくなってくる。
早く!もう待ちきれない!
「さて・・・、では治療を始めましょうか」
水の入った桶を手に持った男がにっこりと微笑んでそう言った。
「・・・は? え?」
治療? いいから水を寄越せ!
そう叫ぼうとした矢先、男がこちらに手を向け、なにやら呪文のようなものを唱えだした。
「ャニコボ*ピメマサ>]オッメヒケヂユヲ*」
聞いたことが無い、意味不明な言葉。呪詛のようなその言葉が紡がれる度に男の手に光が集まっていく。
「ヒッポ*メソ・・・カムカム・・・・・・デトックス!」
光が俺の頭上に集まり環を描く。まるで天使の輪のようだ。
その美しさにしばし見とれていると天使の輪が少しずつ下がってくるのがわかった。
額、鼻、口、首を過ぎ、胸の辺りまでゆっくりと降りてくる。
それを目で追うと脇や二の腕の醜いボツボツが目に入って思わず顔を顰めてしまう。
突然のことに驚いて忘れていたが、思い出すと同時に痒みが襲ってくる。
だが次の瞬間、光の輪が患部に到達し、赤い皮膚がビクリと震えたかと思うと
無数に並んだ赤いボツボツからブチュッと透明な液が吐き出される。
「お、おおぉ」
光の輪が下がるにつれ、悪魔の噛み傷からは毒液が吐き出され、
光の輪が通り過ぎると傷は跡形も無く消えていった。
特にボツボツが密集していた腹回りは爽快だった。
ブチュチュチュチュチュチュチュ!ビュチュ!ブチュチュチュチュチュチュチュ!
「うおおおおおおおおおおおおお!」
体から痒みの元が押し出される快感。
あれほど醜かった肌が綺麗になっていく様は今まで味わった事がない興奮と快楽を生み出した。
ブチュ!・・・チュ!・・・チュチュ!
足の先まで全て駆逐した天使の輪は役目を終えて満足したかのように消え去った。
「ほぁぁ~~~・・・」
放心。あまりの気持ち良さに我を忘れる。
いつまでもこうしていたい・・・ここが天国か・・・
バシャッ!
「な!?冷たっ」
束の間の夢見心地は文字通り水をぶっ掛けられたことで中断される。
男が空の桶をこちらに向けながらにっこりと微笑む。
「さ、飛び出た毒素が体に付着してバッチィですからね、もう一発くらい掛けときますか!」
俺を救ってくれた天使はそう言うとソソクサと井戸に向かっていく。
「・・・あぁ、冷たくて気持ちいいな・・・」
火照った体に清涼な井戸水が染み渡るような気がして、
俺はしばし目を閉じてその幸福感をかみ締める。
もう痒みはどこにも無い。
ダニの事、失敗してパーティを追い出された事、カワイクナイ宿屋の娘。嫌な事は全部忘れてしまった。
目を開けるとまさに今、水をぶっ掛けようとしている男と目が合って、
俺はにっこりと微笑んだ。
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