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重力に焼きついた姉弟 ~少女達の力で家族再生計画~  作者: 織葉
第一章 黒大樹の死屍術士
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009 黒大樹へ

 どれだけ歩いただろうか。

 あたりはすっかり暗くなってきていた。


 とは言え、何も見えないというほどではない。

 空を見れば雲が見えるくらいには明るい。

 曇った時の都心の夜と言った感じだろうか。


 行きよりも重い荷物、動かない腕で歩いているためか更に進みが遅い。

 片腕動かないってのは、想像以上に重心移動を阻害した。

 もちろん岩場でつかまって移動する場合や、枝木を避けるのにも難儀する。


「……ピィ。あとどれくらいだ?」

「ナンドモ オナジコト キクナ ホウケタカ」


 そうは言っても辛いのだ。


「相手してくれたっていいじゃないか……」

「シカタネェナ」


 ピィは俺の肩に留まる。

 このインコは、自分の体重をある程度増減できるらしい。

 周囲の魔素をため込んで重く、発散して軽くできるそうだ。


 その割りに、重いと言うと機嫌を悪くする。

 良く分からないインコである。


 ピィは首をクイックイッと動かして、耳たぶをつつき始めた。


「いてぇよ、やめろ! 求めてるのはそれじゃない!」

「スキンシップダ」

「スキンなのは、こっちだけじゃねぇか! 話するだけでいいんだよ!」

「ワガママナ ヤツダゼ」


 ピィはふっくらもふもふの状態になると目を閉じて言う。


「……ソウダナ サッキ ゴシュジンヲ オッテタヤツラガ イタゼ」

「おいおい、なんだよ、初耳だぞ! なんで言わないんだよ」

「キヲモムト ツカレルダロ」


 いやいやいや!


「そういう問題じゃないだろ! 黒大樹に来られたら大変だろうが!?」

「イヤ モウ サッキ マイタカラナ」

「あ、そうなの? ならいいか」


 ……いやいやいや。

 さすがにそんな大事なことを黙っておくのは駄目だ。


「やっぱだめだ。次からはすぐ教えてくれ。それで、どんな連中だったんだ?」

「キイロノ コドモト ミドリノ イヌ」


 シルスとアレスか!


 なるほど、合点がいく。

 さっきから俺の服をつついて破いたり、無駄に川を往復させたり、

 浅い沼を歩かされたのは、アレスに匂いを追わせないためだったのか。


 てっきりピィを飼っていたときに何か恨みでも買ったのかと思っていた。


 服は刻んで森に撒いてきたのだろう。

 それなら、もう沼を歩くことは無いに違いない。

 良い知らせだ。


 もう二度と足にくっついたヒルとかとるの勘弁だし……。


 それにしても、本当にシルスはお人好しな娘だ。

 森に入った俺を心配して追ってきてくれたのだろうか。

 少し申し訳なくなる。


 色々問題が片付いたら、命の恩人であるしお礼に行かねばなるまい。


「ンジャ ムダバナシハ コレクライダ キバレヨ」

「……お、おう」





 周囲が明るくなりかけたころ、ようやく目的の黒大樹へ到着した。

 連日に渡る強行軍でふらふらだ。


「王! よく、帰った!」


 出迎えてくれたのは、頼りの要プウ様である。

 自分より背も小さく、口も拙いのになんと頼もしいことか。

 満身創痍の俺へ駆け寄ると、腕を貸して頭を撫でてくる。


「なんで、頭撫でるん?」

「キョーカ様、これやる、喜ぶ、言った」


 あのバカ姉、何吹き込んでやがるんだ……。

 それよりも聞き捨てならないことがある。


「おいプウ。キョウカと話をするのは、まずいんじゃないのか?」

「話しすぎる、だめ。全然話さない、だめ。話す、魂、繋ぐ」


 何事もバランスのようだ。

 それなら、俺も話す機会が欲しい。

 家族スキーな姉には定期的コミュニケーションが必要だ。


 ん?

 それなら、プウとかでも問題ないのか?

 まあ、おれ自身も話したいのもあるし後でプウに聞いてみよう。


 黒大樹の中へたどり着いた俺は、皮袋をプウへと渡して大の字になる。


 なんと言う心地よさ。

 ただの木の表面だと言うのに、もともと体の一部であったかのような安心感。

 達成感と満足感も加えて倍率ドン、だ。

 皮袋の中身を確認するプウに声をかける。


「どんなもんよ。これで何とかなるんじゃないか?」


 プウは皮袋の中を改めると、こちらを向いた。

 相変わらず表情が変わらないので、俺の戦果が芳しいのか否かが分からない。


「ダメ。全然、足りない」

「……まじか」


 プウの一言で、視界が一気に暗くなったかのように感じた。

 どれくらい足りないのかを尋ねる。


 プウは部屋の土器群の中から浅い3リットル容量程のを一つを持ってきた。

 3リットル土器の中には、黒い液体が満たされている。


 その中に、毛玉魔素経絡以外の魔素石を放り込んだ。

 大量の泡を立てて沈んでいく魔素石。


 プウはそれを見ながら別の土器液に手を浸す。

 そして、泡立ちの終わった3リットル土器へその手を入れた。


 中から1円玉ほどの大きさの黒い粒を取り出す。

 四、五キロはあった魔素石が、僅か数グラムに変身だ。


「使う、これだけ」

「……そ、それをどれくらい集めるんだ?」


 恐る恐る聞くと、プウは俺を指さした。


「体、大きさ、同じ」


 眩暈がした。

 ベル婆のところの木箱中のを全部溶かしたとしても、こぶし大くらいにしかならない。


「こっちの毛玉は?」

「使えない。質、ダメ。

 繋がり、ダメ、新しさ、ダメ、全然、ダメ」


 ダメダメダメのダメダメらしい。

 じゃあ、どうしたらいいの。

 迫って来ている兵をどうすれば。


「プウ。今ここに大勢の兵隊が迫ってるかもしれないんだ」

「兵。強い?」

「ああ、強いだろうな。俺と同じ人間だ。獣除けも効かないだろう」


 プウも動揺したのか、視線を落ち着かなさげに動かす。

 徒党を組んだ人間ほど最悪な敵はいないだろう。

 しかも相手は戦闘訓練された人間たちだ。

 戦いになったら、少年少女と重くなるインコなんかに勝ち目はない。


 俺は起き上がると、胡坐を組んで頭を振った。

 どうしたらいいか思いつかない。

 視線を投げると、プウが座ったまま身を寄せてきた。


「王、腕、どうした?」

「そうだった。村へ行く途中で大きな犬に襲われてさ」


 プウがそっと腕へと触れる。


「痛いか?」

「いや、痛みは無いよ。

 黒薬で途中までは動いてたんだけど、村ついたあたりで動かなくなっちゃって」


 プウは動かなくなった俺の腕をさすったりして調べている。

 触られてる感覚がない。

 どうやら触覚も駄目になってしまっているようだ。


「どうして動かなくなったか分かるか?」

「初め、黒薬、周り魔素、集めて繋げてた。

 村行った、魔素薄い。繋がり、切れた」


 なるほど。

 森にいた時は周囲の魔素が多かったから、一時的に切断神経やらを繋げていたってことか。

 村に近づくにつれ、周囲の魔素が薄くなった。

 それで、適当に塗っているだけじゃ繋がりを維持できなくなったと。


「治せるか?」

「腕中、繋がり、ぐちゃぐちゃ。……良い魔素経絡、魔素石、必要」


 やっぱそうなるよな。

 危機は迫っているのに、五体満足ですらない。


 徒労感が凄い。

 精神的にもそうだが、肉体的にも損耗が激しい。

 昨日から歩き続けのボコられ続け。

 唯一安心できる黒大樹の中、睡魔の猛攻はとどまることを知らない。


「プウ……すまないが、少し休ませてくれ。起きたら、対策を一緒に考えよう」

「王、疲れてる。休む」


 プウは動かなくなった俺の手を調べるのを止めた。

 そして、大の字に倒れていた俺の頭の方へと移動する。


 俺の肩を持って引き上げると、足で挟み込むようにして自らの腹の上に、俺の頭を置いた。

 めっちゃあったかくて、柔らかい。


「王。ゆっくり、休む」


 見下ろしてくるプウの顔は相変わらずの無表情。

 でも何故か、これ以上ない慈しみのようなものを感じた。






 目を覚ます。

 部屋の中には誰の姿もない。

 大きく伸びをして、立ち上がる。


 そのまま黒大樹を出る。

 相変わらず薄暗い。ここは影地だから最大光量でもこの程度なのだろう。


 黒大樹の周りを歩くと、プウの姿があった。

 空を見ながらお椀型の土器で何かを飲んでいる。

 俺に気がついて、それを差し出してきた。


「王。顔色、良い。水、飲む」


 受け取って水を飲む。一息つくと、違和感に気がついた。

 受け取った腕。

 動かなかった腕が、動いている。


「お前これ、どうやって治したんだ? 魔素石とか必要だったんだろ」

「プウ、腕、あげた」


 角度が横になって見えなかったが、プウの片腕が見当たらない。

 ……おい、まさか。嘘だろ。


「自分の腕を使ったのか!?」

「そう。王、腕動かない、ダメ。王、すること、たくさん」

「…………なんでだよ」


 俺なんか、ただの役立たずじゃないか。

 せっかくプウが作った薬も無駄にして。ピィの探索の時間を邪魔して。

 結局集めて来たのも使い物にならなかった。


 こんな役立たずに、なんで大事な腕をあげちまうんだ!?


「もっと、早く、やる、よかった」

「何でこんなことしたんだ!?

 プウが満足に動けたほうがいいじゃないか!

 俺はプウみたいに薬も作れなければ、術だって使えない! お荷物だ!」


 プウは残ったほうの腕で、俺の腕へと触れる。

 そして、じっと俺の目を覗き込んできた。


「王。プウ腕、つけた。術、使える」

「…………術?」


 動くようになった腕を見つめる。

 術、か。

 そうか……プウの魔素経絡を移植したら、俺も術が使えるようになる。


 そうだよな。

 プウがなんの考えもなしに、自らの腕を無駄にするはずがない。

 払わせてしまった代償以上の働きで報いなくては。


「……まかせろ。治してもらったからには、全力でやる」


 それにしたって。

 何でそう自分に大して淡白なんだ?

 無表情なのも相まって、プウのことが心配でならなくなる。


「だがな、こういうことはキチンと相談してからにしてくれ。

 プウの体も大事なんだからな!?」

「……わかった」


 プウは頷くと、俺の治った腕に自分の腕を重ねた。

 腕へ温かさのようなものが流れ込んでくる。

 それは次第に激しさを増し、腕の中を荒れ狂う熱の波になった。


 心地よいと言う段階をゆうに超え、激しい痛みが腕を伝い全身を蹂躙する。


 しかし、プウのやることだ。

 悪いことの筈がない。

 俺は歯を噛み締めそれに耐える。


 視界が目眩に似た感覚で暗くなり始めたと同時、それは止んだ。

 俺は立っていられなくなり、その場で膝をつく。

 顔を上げ、プウを見た。


「王。これなら、すぐ、術練習、できる」


 少し鼻息荒くプウが言う。

 俺は力強く頷き返す。


「宜しく頼む。時間は無い、今すぐ始めてくれ」


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