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重力に焼きついた姉弟 ~少女達の力で家族再生計画~  作者: 織葉
第一章 黒大樹の死屍術士
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008 素材回収

「おい、ユージア。起きろ」


 体を揺られて目が覚める。

 起こした相手を見ると、そこにはパルペン。

 その顔を見て、頭へ血が一気に上るのが分かった。

 俺が口を開きかけたのを見て、


「待てよ。うるさくするな。隣で寝てるお前の妹に良くないだろ」


 そうたしなめられて、俺は口をつぐむ。


「リナーシタは大丈夫だよ」

「……あれから、どれくらい経ったんだ?」

「そんなたってない」


 先程の状態が幻だったかのように、落ち着いている。


「妹には黒薬を使ったのか?」

「そうだよ。……凄いな、あの薬。おまえ、あれどこから見つけてきたんだよ?」


 タハディは結局、リナーシタへ黒薬を使ったようだ。

 さっきのことを思い出す。

 シルスに殴られた顎も少し腫れている。

 それなら、俺のこと気絶させなくったって。


 いや。

 今になって振り返ると、俺は少し常軌を逸していたように思う。

 やはりこの身体の持ち主であったユージアの記憶が影響しているのだろう。

 でないと見知らぬ妹に対しての、あの感情の高ぶりは説明できない。


「あの二人は、隣か?」

「いや。タハディさんとシルスティアさんは、他の人を治療しに行ってる」

「そうか」


 勝手に他の人へも黒薬が使われているようだ。

 それも仕方の無いことだろう。

 必要な人間がいるのだ。使うなとは俺も思わない。


 落ち着いて考えてみると何のことは無い。

 妹がこの家にいたのを鑑みるに、病院は許容量をオーバーしているのだ。

 パルペンも、そんな負傷者である妹を看病していた献身的村人の一人なのだろう。


「汚い家なんて言って悪かったよ。頭に血が上ってた」

「……いや、いい」


 パルペンはそう言って、じっとこちらを訝しげに見つめている。

 ずっと横になって話しているのもあれか。


 俺は横になっていた体を起こす。

 その時に、まだ片腕が動かないことに気がついた。


 損傷が大きすぎたのだろうか?

 プウだったら、また元通りに動くようにしてくれるかもしれない。

 起き上がるのに難儀している俺に、パルペンが手を貸してくれた。


「ありがとう。助かる」

「……お前。本当にユージアなんだよな?」

「なんだよ。俺の顔見忘れたのか」


 そう言ってから思い出す。

 このパルペンという少年は、ユージアの記憶ではいじめてくる嫌なやつだった。

 今の俺の態度は、彼の中のユージア像と掛け離れていてもおかしくは無い。


「死に掛けたからかな。なんか色々なことが小さく見えるようになったんだよ」


 指で首の傷を示してみせると、パルペンは顔を引きつらせながら、「そ、そうか」と言って頷いた。


「なあ、静かにするから妹を見に行っても大丈夫か?」


 ここは妹のいた寝室の手前の部屋だ。隣にリナーシタが寝ているだろう。

 パルペンは頷くと、戸を指差した。


「ああ、大丈夫だ。

 タハディさんには落ち着いたら安心させてやれって言われたしな」


 妹の寝ている部屋へ入る。

 体中を覆われていた包帯は黒薬をしみこませたのだろう。今は黒く染まっている。

 上下する胸は、なるほど、ゆっくりと落ちついている。

 包帯の隙間から見える肌の色も、血色が良いように見えた。


「なあ。俺がシルスにぶん殴られる前、オッサン服を脱いでるように見えたんだが」

「あ、ああ。そうだ。タハディさんは……ええと、怒鳴ったりするなよ?」

「怒鳴るかよ」


 今更、何を怒る必要があるんだ。


「タハディさんは裸になって自分に薬を塗ると……

 裸にしたリナーシタを体をあわせるようにして、抱きかかえて傷を治してた」


 なんだそれ。

 絵面が犯罪的過ぎるだろ。


「俺も、その。……気になって聞いたんだ。

 そしたら、そうやって手と手、足と足とかを合わせて……。

 経絡ってのの流れを良くしてあげなきゃだめだったんだって、言ってた」


 なるほど。思い当たる節がある。


 俺が初め目覚めたときも、プウが似たように裸で俺を抱いていたんだったか。

 プウの場合、それに加えて呪術的な文様も顔や体に描いていた。

 あれは魔素操作をもっと効率的に行うものか何かなのだろう。

 はたまた、ただそういう風習があっただけかもしれんが。


 さて。

 妹も無事なのを見れて落ち着いてくると、頭をもたげて来るのは次の問題だ。

 姉達の黒大樹に迫るかもしれない兵隊達。


 彼らが来る前に備えなくてはならない。

 神父の話で、かなりの確率で敵対するものと分かる。


 対話することは可能だろうか?

 ここの風習や宗教観、倫理観や何やかんやが分からないと何ともいえない。

 しかし、中世の魔女狩りのように問答無用な可能性も大いにありうる。


 その理由としてあるのが、今までにない獣の襲撃。

 そして、それに対する派兵決定がされた事実だ。

 村の事件原因が、黒森族の巫女の体を持つプウに掛からない訳が無いのだ。


 邪悪で死者すら使役する、滅ぼされた一族。


 問答無用に焼き討ちされてもおかしくない。

 姿を隠して見つからないでいれれば一番だが……。


 そう考えると、黒薬を知られてしまったのは大きな失策かもしれない。

 きっと出所を探られる。

 そのままの流れで、森が探索されるのも想像に難くない。


「くそ……!」


 行動の浅はかさが悔やまれる。

 しかし、まさか派兵にまでことが至っているなんて知らなかったのだ。

 今はやるべきことを考えなくては。


 やはり魔素石などの素材を集め、姉達の動ける体を作るのが第一だ。

 体を作れれば、黒大樹から逃げることが可能になる。

 結界に閉じ込められているプウも、新しく体を作って逃げられるかもしれない。


 そうだ。

 まず、魔素石。そして魔素経絡。

 これらの素材を集めなくてはならない。


「なあ、パルペン」


 俺は妹の寝ている部屋を出て、隣の部屋のパルペンへ呼びかける。


「魔素石や、魔素経絡っていう素材はこの村で扱っているのか?」

「それなら……ベル婆のところじゃないかな」

「そうだったっけか」


 パルペンの言葉で浮かぶイメージ。

 村の中央を流れる川のほとり。

 そこの小屋で椅子に揺られるシワだらけのお婆さんの姿だ。


 よし。

 魔素石などの素材が貯蔵されているのは分かった。

 あとは、それをどう手に入れるかだ。


 周囲を見渡す。自分の手荷物は一切見当たらない。

 服はぼろぼろだったものから、ましな物になっている。

 きっとパルペンのものを着せてくれたのだろう。


「俺の持っていた荷物しらないか?」


 言うと、パルペンが入り口横の木箱から布袋を持ってくる。

 中を確認すると固形黒薬が三個、獣避けが一つ入っていた。


 よかった。

 獣避けが一つも無くなっていたら帰れなくなっていた。

 後は黒薬をベル婆さんの所で素材に替え、黒大樹へ戻るだけだ。


「パルペン。世話になった」

「おい。何する気だよ」

「いや……ちょっとベル婆さんのところに行く」


 パルペンは俺へ歩み寄ると、立ち上がろうとしていた肩を掴んで座らせる。


「なんだ?」

「家から出るのは駄目だ。今は決まった時間の時しか、出るの禁止されてるんだ」

「なんでだよ」

「村の壁が獣に壊されたんだよ。いつ獣がまた入ってくるか分からない」


 村の中に人の姿がまったく無かったのは、そういうことか。

 しかし、どうしたものか。すぐに出て行きたいのだが。


「俺も頼まれてて、やらないといけないことがあるんだ」


 誰からかとは言わない。


「……俺はちゃんと忠告したからな」

「ああ。ありがとうな。妹を宜しく」


 俺はパルペンの家を出て、記憶にあるベル婆の家へ向かう。

 途中、何か作業している男を見かけたが走って通りすぎた。


 あった。この小屋だ。

 記憶にある取引口には、木板が打ち付けてある。

 裏手へ回ると、戸を叩いた。


「ユージアです。ベル婆いますか?」


 しばらくすると、閂がはずされた気配がして戸が開いた。


「ほんと、ユージアじゃないか! ベルさん、ほんとにユージアだよ!」


 中から出てきたのはベル婆ではなく、恰幅の良い女性だ。

 浮かぶイメージ。

 どうやら、ユージアの母と仲の良かった婦人のようだ。


「おばさん。こんにちわ。

 何とか無事に帰ってくることができました。

 ちょっと、頼まれ事があってきました」

「わかったよ、お入り」


 中へ入る。部屋の中は独特な匂いで満たされている。

 四方の壁には天井まで小物がぎっしり詰まった棚が置かれ、床にも狭しと大小様々な器がおかれていた。


 部屋の中央には寝台が二つ、加えて木箱を並べた簡易寝台二つの四つが据えられている。

 その上には、包帯を巻かれた中年の男女や子供の姿。


 いまさらながら思い知る。

 この村を襲った獣の襲撃は、生半可な規模ではなかったのだ。

 負傷者だけで、この規模なのだ。


 襲った獣がどんな奴だかは分からない。

 でも、俺を襲った大きな狼のような獣だったとしたら、死者は負傷者のそれを上回るだろう。


 寝台の向かい、目的の人物を見た。ベル婆だ。

 屈みこんでいて気がつかなかった。

 水を張った桶で布を洗っていたようだ。


「ベル婆。魔素石と、魔素経絡が欲しいんだ」


 単刀直入に言う。


「パープさんとこのが、切れたのかい?

 しかし、魔素石はわかるが魔素経絡は何に使うんだい」

「詳しいことは分からないよ」


 パープと言うのは聞いて繋がる。あの神父のことだ。

 俺は三つ残っていた黒薬のうち二つをベル婆に手渡す。

 それを見たベル婆の目が細まった。


「これは何だね?」

「溶かして使うと、周りの魔素を集めて傷を治せる」

「……ふむ」


 ベル婆さんは、注意深く黒薬を吟味している。


「でも患者の経絡にも負担をかけるから、使う際は気をつけて使わないと駄目だって聞いた」


 タハディの受け売りを伝える。


「なるほどね。確かに……見たことないほど優れた触媒のようだよ。

 待ってな。今言ったものを用意するよ。どれだけ必要なんだい?」

「出来るだけ多い方がいいけど……」

「持てるだけだね」


 そう言うと、ベル婆は出迎えてくれた婦人に言って木箱を開けさせた。


 中には黒く艶のある石のようなもの。

 猫の吐く毛玉のようなものが、分けて入れてある。

 それを布袋に入れて俺に渡した。


 思ったより重い。

 木箱の中を見るにまだまだ量はありそうだが、持ち帰れるのはこの程度が限界かもしれない。


「ありがとう」


 婦人も手伝うと言ったが謝辞し、小屋を出る。

 

 思ったよりスムーズに素材が集まった。

 あとはこれをプウの下へ届けるだけだ。


 森へ走り出そうとしたところで、突然体が持ち上げられた。

 後ろを振り返り相手を見ると、そこには大男タハディの姿。


 タハディはまなじりを吊り上げ、怒鳴りつけてくる。


「小僧、こんなところで何をしておるのだ! 何故妹の所におらん!?」

「……ベル婆の所に、黒薬を届けてきたんだよ」

「何!?」


 タハディは後ろを振り仰ぐ。


「勝手なことをしおって。説明もなしにあの薬を渡してきたのか!」


 いや、説明はきちんとしたがな。

 口には出さない。


「今から行こうと思っておったのだ。行くぞ」


 そう言って俺を抱えたままベル婆の所へ向かおうとするタハディ。

 俺はもがきながら言う。


「おい、オッサン待ってくれ。

 俺もやらなきゃならないことがあるんだよ」


 持っている布袋を振って見せる。


「これを届けなきゃならない」

「ぬう」


 タハディは俺を下すと走り出す。

 俺はそれを引き留めた。聞いておきたいことがある。


「……オッサン達も、ここに来るっていう兵隊達の仲間なのか?」

「そんなことは知らん。誰がそんなことを?」

「神父だ。城からたくさんの兵が来るって言っていたんだが」


 タハディは難しい顔をして、俺を見る。


「……グレイオビス領の兵だな。吾輩らは、レヴロ伯の者だ」

「そうか。分かった」


 タハディは俺を訝しげに見た後、思い出したように走り出した。

 俺も村の門へ向かい走る。


 どうやらタハディとシルスは、派兵されてくる兵とは別に所属する人間らしい。


 グレイオビス領と、レヴロ伯。


 二つの勢力があるようだ。

 しかし、普通村に派遣されるのはその村を管理する統治機関からではないのだろうか?

 まあ、今考えても情報が足りない。


 村の門へたどり着く。

 俺を見つけたクライヴが見張台から声をかけてきた。


「ユージア。もうひとりであるけるんか」


 クライヴはそう言うと、見張台の梯子を降りてくる。


「ちょっと頼まれごとがあって、外へ行きたいんだ」

「そ、外にか?」


 クライヴは困った顔をした。


 そりゃそうだ。

 子供が危険な門外に出ようとしてるんだから、当然の反応だ。

 何かを咎められるのに備えていたが、別の質問が飛んできた。


「お前さん、まだ記憶は思い出せないのか?」

「ええ。名前を聞いたり顔を見たりすると、思い出してくるんですけどね」

「そうか……」


 クライヴは視線をうろうろとさせている。

 俺は再度尋ねた。


「それで、門は開けてもらえませんか?」

「ここは開けてやれん」

「……ですよね」


 困った。

 早く森へ行きたいのに、どうしたものか。

 門の外に用事があると言おうにも、納得させられそうなことは思いつかない。


「どうしても出たいなら、

 ここの先の獣に壊された壁の所から出るしかないな」


 そう言ってクライヴは視線で示してくる。

 まじか。そういえば、パルペンもそんなことを言っていた。


「ありがとう! クライヴおじさん!」


 俺は満面の笑顔で礼を言う。

 クライヴは気まずそうに視線を逸らした。


「どうしてもってことで、教えたんだ。

 このことは、他の人には言うんじゃないぞ?」

「うん!」


 やっぱりこのおじさん、怪しい。

 どうやら俺に死んでほしいようだ。

 まあ、何か策を巡らせてるとかそういうんでは無さそうだし、直接殺しに来ているわけでもない。


 気に留めておく程度でいいだろう。

 俺は妹を預かってくれていることにも礼を言って走り出す。


 壁沿いに進むと、土塀上の木壁が破壊されている場所が目に入った。

 土塀内側は所々段差になって登れるようになっている。

 そこから上がる。


 壊れた木壁を越え向こう側へ。

 しかし、向こう側へ行くとそこは土塀の上。

 下まで5m以上の高さがある。


 左右を見渡すと、少し角度がなだらかなところが目に入る。

 6.70度程度の角度だ。

 壊れた木壁の残骸の木の棒を手に取り、

 それをつっかえにしながら降りることにする。


 スキーなどで30度以上の所を滑ったことはあるが、もはや崖である。

 この角度は言うまでもない。


 しかし、子供の軽い体重が幸いし、体で滑るようにして問題なく降りられた。

 服はどろまみれだが。


 前方50mほど先に森が見える。

 走りながら、獣除けを取り出し服へ塗り込んだ。


 そこで、上からピューイ、ピューイと鳥の鳴き声。

 見上げると黄色い小鳥の姿。


「ピィか!」

「ヤッパ ゴシュジンカ」

「お前どこ行ってたんだよ、何ですぐに来なかったんだ!?」

「ムチャ イウナ ニンゲン スガタ コロコロカワル クベツツカン」


 識別能力低すぎだろう。


「じゃあ、今は何で分かったんだ」

「スコシ コエ キコエタ モリ ムカウノ アヤシイカラ カマカケタ」

「なるほど、声か」


 鳴き声などに対する感応は高いらしい。

 合図となる呼び声や口笛なんかを後で決めておこう。


「魔素石とか手に入れたぞ。プウの所へ戻る」

「ナビハ マカセロ バリバリー」


 俺はピィをつれプウ達の待つ黒大樹へと向かった。


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