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重力に焼きついた姉弟 ~少女達の力で家族再生計画~  作者: 織葉
第一章 黒大樹の死屍術士
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004 近くの村へ

「思ったより、簡単じゃないな……」

「ゴシュジン ヒンジャク」


 村への行程は、予定より大分遅れていた。

 ピィの話から二時間程度を予想していたが、整備されていない森を歩くのだ。

 楽な訳がなかった。


 この体の想像以上の貧弱さ。

 思ったより高低差のある道での迂回。

 滑る岩場。生い茂る枝葉のうっとおしさ。

 予定の二倍は覚悟する必要がある。


 幸い、川沿いに行くから飲み水には困らない。

 あとは空からピィのナビもあるから、迷いはしないのが救いか。


「マダ ハンブンモ イッテナイ キバレヨ」

「正確なのも、ある意味辛いな……心折れそう」


 何度目になるかわからない休憩を終え、移動を再開する。

 空へ目を向ける。

 この場所は、いつも曇り空だ。そして薄暗い。

 進行先がこちらより明るく見えるのは、どういった理屈だろうか。


「なあ、ピィ。あっちが明るいのは、なんでなんだ?」

「ヒガ サシテルカラニ キマッテルダロ ホウケタカ?」


 うん。まあ普通そうなんだけどさ。


「そりゃわかるんだが。

 雲の厚さや間接光考慮しても、明るさに差がありすぎるだろう?」

「テンジョウ アルカラニ キマッテルダロ ネゴトハネテイエ」


 うん。まあ普通……。

 は? 天井?


「お前、何言ってんの?」

「オマエガナ」

「天井とか……確かに俺は、この場所については無知だが。

 でも、そんなウソにはだまされないぞ?」


 おちょくるのも、そのくらいにして欲しい。

 見ていた空の、雲の合間からうっすらと、


「…………嘘だろ!?」

「ヤレヤレダゼ」


 岩壁のようなものが見えた。

 見間違えでなければ、本当に馬鹿でかい天井があるようだ。


 あ、また見えた!

 ……見間違いじゃない。


 そうとわかると、落ち着かなくなってくる。


 あれ、角度がマジに天井とかそういう感じなんだけど。

 暗い部分がみんな岩壁だとすると、かなりの大きさだ。


 崩落とかしそうで、めっちゃ怖い。


「あの上って、どうなってるんだ?」

「マダ イッタコトナイ ワカラン」


 まあ、用もなければ行かないよな。


「……調べてこれないのか?」

「タカク トブト カラダ オモクナル ムリ」

「お前、めっちゃ重かったもんな。今も飛べてるのが不思議だよ」

「モウスコシ テゴコロヲ タノムゼ……」






「マジ。つれぇ……これで帰りもあるとか、ほんと……死ねる」


 今は、ピィ待ちの食事休憩である。

 食べているのは、リンゴ大の比較的柿に似たとろみのある果物だ。

 あと、味気のないクルミの様なもの。


 ピィはインコにも関わらず、リンゴ大の果物を二個三個は余裕で運んで見せた。

 重くなるだけじゃないらしい。

 プウの生活を支えていたのは、ピィの功績によるところが大きそうだ。


 俺へいくらか果物を渡した後、今度はプウの所へ、


「エサヤリニ イッテクンヨ!」


 と飛び立っていった。


 なんて甲斐性のあるインコ様だろう。

 ただの突撃インコなんて思って、スミマセンでした。

 俺の方が、ごくつぶしの役立たずです。


 いやいや、卑屈になるな。

 この村遠征を成功させて、そんな自己レッテルを剥がしてやろうじゃないか。


 そうと決まれば、丁度食べ終わったところだし出発!


 と、意気込んでみるが。

 ピィのナビが無いと不安なのも事実。

 加えて、戻るまでピィから勝手に動くなよ的なことを言われていた。


 完全にインコに保護者されてる。

 ほんと情けない。


 しかし、虚弱な俺の体力には休憩は必須。

 今という時間を全力で休むのが大事だろう。


「とりあえず、水でも飲んでおくか。水分補給も大事だよな」


 立ち上がったところで、視界に黒い何かが動いて見えた。


 10mほど先に、四つ足の獣。

 シェパード犬より二回りは大きい。


 これ、あかんやつだ。

 白く濁った、どこを見ているかわからない瞳。

 だが、こちらを見てるのは間違いない。


 なぜだ。

 獣除けが効かなかったのか?


 そこで気づいた。

 汗で気が付かなかったが、塗っていた獣除けの薬が、乾いてしまっていた。

 プウは何度も言っていたはずだ。

 絶対に乾かないように、定期的に湿らしたり、新しく塗り足せと。


 くそ。ほんと、俺ってヤツは。


 今更効くのかわからないが。

 獣除けを新しく取り出そうと、ヒョウタンもどきへと手をかける。


 次の瞬間。

 後ろからの衝撃で前へ倒される。

 叩きつけられた肺から空気が吐き出され、次に感じたのは腕への激痛。


「あぎゃぁぁッ!?」


 腕から圧し潰されるような嫌な感覚。

 骨が噛み砕かれた。


 そのまま視界が一回転、続けてくる衝撃、衝撃、衝撃。

 腕を咥えられたまま、何度も地面に叩きつけられる。


 あー。

 こりゃ死んだわ。

 マジ一瞬だ。


 さすがの野生。

 狩りのプロ様方はレベルが違う。


 何度か地面へ叩きつけられた後、浮遊感。

 側頭部から地面に落ちた。

 石へ擦ったのか、耳をちぎれんばかりの激痛が襲う。


 くそ。

 落下姿勢で首背けてれば良かった。

 そのまま首骨折って即死できたんじゃないか?


 こんなに痛いのが長く続くとか耐えられない。


 痛みによるものか、身体機能によるものか、身動きもできない。

 多少の抵抗くらいできるかとも思っていたが。

 そう現実は甘くなかったようだ。


 何もかもが浅慮に過ぎる。

 不甲斐ない弟でスミマセン。


 ピィの奴なら言葉も話せたし、上手くすれば村との取引も可能かもしれないな。

 インコと言えど、有用なものを卸してくれるなら取引も可能だろう。


 ああ、てことは俺って、無駄死にかよ?


 姉はきっと悲しむのだろうな。それだけが心残りか。

 後は、この世界でも幸せに生きて行ってくれれば……。


 ……おかしい。次が来ない。


 放置プレイか?

 ノルアドレナリン分泌多い方が美味しいとか?

 そういうの、まじ止めて欲しい。


 閉じてしまっていた目を恐る恐る開ける。

 前にはいない。


「くそ……」


 腕に全く力が入らない。

 腕だけ痛みすら感じないのが逆に怖い。


 上体をそらし、後ろを確認。

 いない。


 そのまま周囲へ視線を走らせるが、何もいない。

 周りには俺の手荷物と、血溜まりが広がっているだけだ。


「獣、避け……か」


 叩きつけられた時だろう。

 ヒョウタンもどきが割れて、中身が外へ飛び散っている。

 これのおかげで、奴らが去ってくれたようだ。


 けど、このままじゃ死ぬのは時間の問題だな。

 血がずいぶん抜けたようだ。

 麻酔後の目覚めと似た気持ち悪さで、動くのも億劫だった。


 けど動かなくては、本当に死ぬ。

 急がなくては。


 散らばった固形黒薬を手に取り、血溜まりに浸す。

 それを傷口へと押し付ける。


「ッ……ヒ、ヒヒ、くっそッ痛ぇ……」


 痛さで腹から変な声が漏れる。


 固形黒薬は本来かなり薄めて使えるみたいだが……。

 そんな余裕はないし、傷口に置いたヤツを動かす勇気もない。

 別の黒薬を同じように血に浸し、傷口へと置いていく。


「へへッ 贅沢な使い方だ。悪いな、プウ」


 心なしか、痛みが和らいできた気がする。

 感覚のなかった腕も、熱の様なものを感じるようになってきた。


 目を閉じて深く呼吸を繰り返す。

 そこで、聞き慣れたはばたきが耳に入ってくる。


「オイ ゴシュジン マンゾクニ ルスバンモ デキンノカ?」

「うるせぇ」


 ピィのはばたきが周囲を往復して、顔の近くへ降り立つ。


「コイツハ トチッタナ ザマァネェゼ ゴシュジン」

「全くだよ。しかし、どうするかな。……動けねぇ」

「キノウミタ ムラノ シンイリ チカクニ イタゼ」


 昨日の新入り?

 ああ、村に新しく来た二人の人間ってやつか。

 地獄に菩薩とはこのことだな。


「どれくらいの距離だ?」

「サケベバ キコエル マア カワソッテッカラ ジキニ ミツカルダロ」

「……そうか。お前肝すわってんな。俺こんななのに」

「ソレダケ クッチャベレバ ジョウトウ」


 ピィに言われた通り、しばらくそのまま待つ。

 すると、遠くの方からシャリシャリと何かが擦れる音が聞こえてきた。


 金属音。

 小さいころ、一円とかの硬貨を洗面器に入れて、揺らして遊んだ時と同じような音。

 あの時は、金で遊ぶなと姉と揃って親父に怒られたっけか。


「ຍາມນອນທຸກຄົນ!」


 おいおいおい。何語だよ?

 ずいぶん可愛い声だが。


 こちらへ走ってくるのは、金髪赤目の髪を後ろで結い上げた少女。


 赤目とか何者だよ。カラコンか?


 衣服は上等そうな赤のベストに黄のズボン。

 動きやすく着崩してはいるが、貴族少年と言った装いだ。


 岩場を軽快に駆ける様は、動物ドキュメンタリーで見た鹿を彷彿とさせた。


 その後ろから、ごついハゲの大男も付いてきている。

 ジャラジャラ鳴っていたのは、大男の金属製の腰巻きからだったようだ。


 少し聖職者っぽい装いだが、無骨すぎる。変なオッサンだ。

 インドの坊さんが臨時で傭兵に雇われたようなアンバランス。

 少女の方のまとまりを見習って欲しい。


 大男は、俺のすぐ近くまで来ると、屈んで聞いてきた。


「ບາດແຜຂະຫນາດໃຫຍ່ບໍ່ມີເຫດຜົນ……」


 いや、分からんって。


「ຊື່ແມ່ນສິ່ງທີ່?  ……ຊື່ຂອງຄອບຄົວ?」

「だから、なんて言ってるか、わからねぇよ……ッ」


 そう言った時、頭の奥に痛みが走った。

 脳裏にさざ波のようなイメージが浮かんでは消える。


「ເດັກນ້ອຍ…、少年! 名は何という。家族はいるか? 伝えたいことはあるか?」


 言葉が、解る。


「んだよ、おっさん。遺言残させるような事聞きやがって」

「正気に戻ったか……少年、こんな時に強がることもあるまい。

 逝く時くらい、弱みを見せたとて神も怒りはせん」


 逝くとか、そういうの言わないで欲しい。


「強がってなんか、いねぇよ……

 それよりも、そこの黒い塊。水かなんかで溶かして……傷と体にかけて、くれないか?」


 大男は怪訝そうに黒薬を見たが、俺へ視線を戻すと頷いた。


「今際の頼みじゃ。何でも聞くぞ……シルス、水を」


 一緒にいた金髪少女が背嚢から筒を取り出す。

 大男はそれを受け取り栓を引き抜くと、黒薬を2,3個手で握って粉々にした。

 そして筒の中へ入れてシェイク。俺へと振りかける。


「ぬ……これは!?」


 驚きに目を見張る大男。


 おたくも分かります?


 これ、うちのプウ製の黒薬。こんな傷なら、あっという間に治っちまうんです。

 ですから、完治した暁には是非お買い求めを。そして魔素石を。


 助けてくれたんです。安くしておきますよ?


 なんてことを言おうと思ったが。

 それは思考の中だけに留まり、俺はそのまま気を失った。


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