023 死屍術師と神官戦士
「して、童よ。お前の仲間は集まってくれているのかの?
一人ひとり、森で探して見つけて潰すのには骨が折れる。
人質は二人はいらん。言っている意味は分かるな?」
俺の首の締め上げを強めながらタハディが聞く。
くそ、このままじゃまた締め落とされてしまう。
次に気が付くことはもう無いかもしれない。
「仲間、いない! プウ、一人! 群れ、ユウ様、だけ! ……あと、ピィ」
「ほう。随分と仲間思いの童じゃな。しかし、この場で嘘は逆効果じゃぞ」
「嘘、違う! 何故、お前、ユウ様、酷い事する!?」
「聞いているのは吾輩だ。……黒薬を作ったのは、お主なのか?」
黒薬と聞いて、プウははっと何か思い至った様子で答える。
「お前、黒薬、欲しい、来たか? 黒薬、ユウ様、交換?」
「違う。闇森人を退治しにきたのじゃ」
「退治?」
「……殺すということじゃ」
そこで初めて、プウは目標が自らであると知ったのだろう。
緊張に身をこわばらせて、わずかに腰を落とす。
「プウ、殺すか。何故? 素材、欲しいか?」
「違う。主らと一緒にするな。害を成す悪じゃから滅ぼすんじゃ」
プウは少し困惑した様子で聞き返す。
「プウ、悪い? プウ、お前、何もしてない。悪くない」
「悪くない訳あるか! お主は闇森人じゃろが!」
「プウ、悪くない!」
「嘘を言うな! お主がしてきたことを振り返れば分かろうがッ」
プウは少しだけ何かを考えて、反論する。
「プウ、ユウ様、体つけた。薬、沢山、作った。それだけ。悪くない!」
「まだ言うか。村に獣を嗾けたはお前たちであろう!?」
プウは首を振る。
「プウ、してない! プウ、結界、でてない! 悪い、してない!」
プウは顔を真っ赤にして、ぎゅっと手を握って叫び返した。
「口でなら何とでも言えるわい。
事実、村は襲われて人が沢山死んだ!
死者の使役術のために襲わせたんじゃろうが!」
「知らない! プウ、悪い、してない!」
「そんな道理も無い言葉が、通るとでも思っておるのか!」
「やだ! ユウ様、返す!! プウ、悪くない、ユウ様、返す!!」
目を強く閉じて、顔を真っ赤にして叫ぶプウ。
オッサンは溜息をついた。
「……話にならん。この闇森人、本当に見たままの童か?」
オッサンは俺を抱えなおし、脇を抜け歩き出す。
プウが走り寄ってきて、俺の服裾を掴んで引っ張る。
そんなに近づいたら危険だ。
そう言おうとしたが、腹が締め上げられていて声が出せない。
それ以外にも、村で腕がおかしな動きをしてた時と似た、体の不具合を感じる。
「ユウ様、返す!」
「ええい! 童、お前は後じゃ!」
「プウ、もう、一人、やだ!!」
タハディはプウを片手で押し倒すと、指を突き付けた。
「よいか、これ以上、吾輩の邪魔をするな!
大人しくそこで待っておれ! さもないと――」
「やだ!!」
「ぬぅッ」
更に追いすがろうとするプウを後ろにいたシルスが止める。
「金色!? ユウ様、助ける! 邪魔するな!」
「今は我慢して! タハディを怒らせちゃ駄目!」
そこでプウはシルスの抱いているピィに気が付いたようだ。
「……ピィ!? 大丈夫か!」
タハディはシルスとプウに一瞥して、歩を進める。
「あの闇森人の幼子は確かに、みたままの子供のようじゃ。
しかし小僧、お主は違う……子供の皮をかぶった大人じゃ」
やっぱり、バレているのか。
村での出来事で分かったのだろうか?
平地で会った際に不可思議な魔素の流れ云々言っていたが、それのせいだろうか。
プウがすぐに殺されるようなことにならなくて良かった。
今は、オッサンが動揺しているようにも見える。
なんだろう。
もしかして、子供が苦手なのか?
「ふむ。馬鹿でかい木じゃな。
巨大樹木よりは低いが、太い。この森の主木と言ったところか」
オッサンは靴を脱ぐと、俺を担いだまま木を登る。
めっちゃ早い。
どうやら、黒大樹の中への穴には気が付かなかったようだ。
中腹あたりまで登ると、太い横枝に俺を置いた。
この時点で高さが小さなビルの最上階程度にはある。
二十メートル、いや二十五を超えているかもしれない。
落ちたら、まあ死ぬだろう。
めっちゃ怖い。
「周囲には、他の者の気配も……生活している痕跡も見当たらんか」
タハディは腕を組んで俺を見下ろす。
「となると、黒幕は小僧。お主ということになるな」
「……だったら、なんだってんだよ?」
「不可解じゃな。あまりにも拙い」
言い訳のしようもないな。
自分で思い返してみても、浅はかな行動が目立った。
「はじめに獣相手に死にかけていたのも拙いが、村をすぐ出て戻ったのも拙い。
巨猿の森に小僧とシルス程度の実力で行くのにも納得いかぬな」
散々言ってくれるが、そんなでも一生懸命やったんだ。
この場所のこととかさっぱりだったし……。
「しかし……本当にお主とあの童しかおらんとは」
「大して探してもいないのに分かるのか?」
オッサンは俺を一瞥して、周囲へ視線を向ける。
俺も怖いながらも周囲を見た。
この森は結構起伏に富んでいる。
黒大樹が少し離れると地形落差で見えなくなるということが、それを証明しているだろう。
一瞥しただけで、他に人間がいないと判断できるのだろうか?
「生物がいるか否かは、気の残滓を探れば知れる。
特にこの場は、生物の名残がほとんどないからの。
土の中の虫すらおらん。そんな場ならば、人間を探るなど容易の一言じゃ」
確かに結界内は虫がいないなと思ったが、土の中にすらいないのか。
しかし、もう俺とプウしかいないとバレてしまった。
人質という名目も無くなるだろう。
……このまま殺されるのだろうか。
「シルスに犬コロの経絡系を埋め込んだな?
一体何をするつもりだったのじゃ? 信頼を得ようとでも思ったのか?
上手くは行ったようじゃがな。犬コロはどこに行ったんじゃ?」
予想外の質問だ。
いや、そうでもないか。
オッサンは、俺が何かしらの術でシルスの精神を操っていると考えている。
なら、情報を得ようとするのはもっともだ。
素直に答えるしかないだろう。
もしかしたら、生き残る糸口が見つかるかもしれない。
「……アレスは死んだよ」
タハディは驚いた様子で目を瞬かせた。
「あの犬コロ、死んでしまいおったのか? まさか、本当にか」
「こんなことウソでも言いたくない」
「ぬ、う……」
タハディは額に手を当て、じっと虚空を見つめている。
「あの犬コロは馬鹿ではない。
シルスを守るのはもちろん、自らも危険に身を晒すとは……」
「巨大樹木の森でだ。行った時にはもう死んでた」
「……ぬぅ」
シルスとプウの声が聞こえた。
下を見る。
二人は黒大樹の中へと入っていくところだった。
……まじか。
中があるのばれちまうじゃないか!
それを見たタハディは、目を細め小さく苦笑する。
「ふん……まるで、子供の秘密基地じゃな」
くそ、もう穴の存在もバレた。
なんだか、急に気が抜けてきた。
俺も、このオッサンの気持ち次第で生死が決まる。
逃げようにも一歩でも体勢を崩せば落ちて死ぬ。
出来ることは何もない。
「なんじゃ。もう達観か? 諦めが早いのは若者の悪い所じゃのう」
「これ以上俺に何ができるってんだよ?」
「命乞いくらいできるじゃろ」
「趣味が悪いな」
「死屍術師連中に言われたくないのう」
くそ。このハゲオヤジ。
じゃあ、お望みどおりやってやるよ。
「お願いします、ボクの命を助けてください!」
媚びるように、子供のような声を意識して言ってみた。
タハディは怪訝な顔でこちらを見る。
「……ぬかせ」
言わせておいてそれかよ。
しかし一体どうしたんだ。
急にオッサンもテンションが落ちた。
アレスが死んだと聞いたのが堪えてるのか?
「……シルスは良い娘じゃ。真っすぐで素直で、戦いの才もある。
そんな娘を危険な目に遭わせた小僧を許すことは出来ぬな」
それには同意だ。
危険に晒していることには後ろめたさもある。
けど、オッサンの理屈には無理がある。
「……なら聞くが。どうしてシルスに経絡活性やら戦闘技術を教えているんだ?」
「それが、なんだと言うんじゃ?」
わからないのか?
「聞いたぞ、シルスは冒険者に憧れているんだってな。
一般人では、変人扱いされるほど危険な仕事だって言っていた」
そう。冒険者は危険な仕事だ。
「……何が言いたいんじゃ」
「そんな道へ誘導しているオッサンはどうなんだ?
シルスを危険な目に遭わせていないって言えるのか?」
「ッぬう……!」
はは。言い返せまい。
これくらいの意趣返しくらい良いよな。
「それにまだあるぞ。
シルスが村から出て俺を追って行った時、なぜちゃんと止めなかったんだ?
監督不行き届きなんてレベルじゃないぞ。
俺に責任が無いとは言わないが、オッサンに責任がなかったとも言わせない」
「ッぬうううう!」
やべぇ、めっちゃこえぇ、何て顔してやがるんだ。
だがこれは俺の本心だ。
そんなに大事な娘なら、もっときちんと面倒を見ろ。
「それともあれか?
闇森人の情報を得るために、わざとシルスを行かせたのか?
俺が接触してくる撒き餌として――」
「馬鹿を言うでない!」
胸倉を掴み上げられた。
服から体が抜けて落ちそうになる。
思わずタハディの腕へつかまった。
「殺す気か!」
「殺してやろうと思っておるわい!」
タハディは俺を横枝へと放った。
危うく落ちそうになって、必死につかまる。
まじ、死ぬ。
殺意があるのは嘘じゃないらしい。
「あの娘は疑うことを知らん。まだ幼すぎるのじゃ。
だから、お前のような者に騙される!」
それは違う。
「シルスは幼くもなければ、疑いを知らない訳でもない。
あの子が他者を信じるのは、おっかさんの教えによる信念からだ」
シルスは善悪二極で物を考える。
危うくはあるが、一つの美点でもあるだろう。
「……!」
タハディは少し驚いたように俺を見返してくる。
「ふん……シルスを利用しているだけの悪党が、何を分かったようなことを」
あ、それ言っちゃうの。
意図した訳じゃないだろうけど、めっちゃ突き刺さります。
視界の下、黄色い何かが凄い勢いで木から飛び出していった。
ピィのやつ、無事だったか。
俺を探しに飛んで行ったのか?
続いて飛び出してくるのは、プウとシルスだ。
シルスは左右へ顔を向けた後、正面へと走っていく。
プウは少しおぼつかない足取りで、黒大樹の周りをうろうろしている。
足を痛めたのだろうか?
だとしたら、さっきハゲオヤジに突き倒された時だろう。
本当にひどいことしやがる。
張本人へ敵意の視線を向ける。
当のハゲオヤジは何とも言えない顔で下を見ていた。
声が聞こえてくる。
あーん、あーんと、小さな子供の泣き声。
下を見ると、プウが片手で顔を覆って大泣きしている。
え、ウソだろ?
プウってあんな大きな声だせるのか。
変なところで感心してしまった。まるで、迷子の子供のようだ。
ガチガチと変な音が近くから聞こえ、そちらを向く。
ハゲオヤジがさっきとは対極の青い顔で、下を見つめている。
どうやらこの変な音は、オヤジの歯がかちなっている音の様だ。
しかし、このオッサンなんて顔してるんだ。
もしかして、子供が泣いているのを見てショックを受けているのか?
お前が張本人なんだぞ?
「おい、オッサン。自分で泣かせる原因作っておいて、なんて顔してんだよ」
オッサンは一瞬体を震わせて俺を見る。
しかしすぐに視線は下のプウへと向いた。
「オッサンは、あの自分の歳の半分にも満たない子を殺すんだよな。
闇森人だという理由だけで。何も悪いことはしてないのに」
震えるオッサン。
実際、プウは金魚から数えても十年と二か月しか生きていないだろう。
金魚時間を抜けば、それこそ二か月しか生きていない。
死ぬには早すぎるなんてもんじゃない。
「どうやって、殺すんだ? 首を飛ばすのか? ちぎるのか? 潰すのか?」
俺が聞くたびに、オッサンの顔の青さが増していく。
やはり、このオッサンは子供を手にかけることに強い嫌悪を持っているようだ。
「あの小さな顔を……その太い腕で殴り潰すのか?
森の果実みたいに、楽々潰せるん――」
俺の言葉に、オッサンは目を見開く。
「貴様あぁぁッ!!」
俺の胸倉を再度掴むと、唾を飛ばしながら怒声を叩きつけてくる。
「泣く幼子を殴るなど、貴様、鬼かああぁぁッ!?」
恐怖で一瞬、意識が飛びかけた。
鬼も何も、それはお前の方だろうと。
今まで散々殺す殺す言っていたではないか。
下からの声。
オッサンの怒声で気づいたのだろう。
プウが立ち上がって、こちらに手を伸ばしている。
「……ユウ様! ユウ様!!」
あ、やべぇ。
正面から見たプウの泣き顔は破壊力がありすぎる。
くしゃくしゃにゆがめた顔を真っ赤にして、怒り悲しみ色々混ぜた、激情の発露。
なんでプウは泣き顔だけ、あんなに表情豊かなんだ。
見てる俺まで、つられて泣きそうになる。
横へ視線を向けると、まるで魂を抜かれたような巨漢が白い顔で下を見ている。
だが、一瞬後にはっとした様子で俺を見た後、
「早く行ってやらんかあッ!」
下へ俺を投げつけた。
――理不尽。
まじか。
なんだこれ、俺このまま死ぬのか。
近づく地面とプウ。
というかこのままじゃプウに当たってプウも死んで――
全身に激しい衝撃。
腹が圧迫され、吐き出しそうになる。
ピィが俺の服の背中に入り込んで持ち上げてくれたようだ。
しかし、そのまま服を貫通してしまった。
落下軌道が逸れて、俺の体が放物線を描いて舞い落ちる。
下に見えるは金の髪。
ああ、貴方が天使か。
走り込んできた金髪少女に受け止められる。
そのまま二人でごろごろと転がって、木にぶつかって止まった。
「ユージア、大丈夫!?」
すぐに体を起こしてシルスが聞いてくる。
「助かった……大丈夫だ」
肩と背中が多少痛む程度だ。
思ったよりも、痛くない。
むしろシルスの方が痛そうに顔をゆがめている。
ピィとシルスに衝撃が大分殺されたとは言え、結構な速度で落ちたのだが。
プウがこちらへ、片足をかばう様に走っている。
やっぱり捻るかしたようだ。
「ユウ様!」
飛びついてきた頭を抱きしめる。
うーん、プウの髪はバッサバサだなぁ。
「プウ、もう泣くな。どこも怪我してない」
俺が言うと、プウはピクリと震えて俺を見上げた。
泣き顔かと思ったが、いつもの無表情だ。
目は真っ赤だが。
「……プウ、泣いてない」
ん?
「いや、めっちゃ大泣きしてただろう?」
「してない」
「いやいや、思い切り泣いてただろ?」
「泣いて、ない!」
プウは全く持って遺憾であると言った調子で、かつ「離れるのまじ辛い」といった具合で俺から離れる。
「プウ、泣いてない」
「いやいや――いてぇっ」
見ると拳を握りしめたタハディの姿。
「泣いてないと言っておるのだから、それで良いじゃろが!」
なんなんだ、一体?
オッサンの立ち位置がわからない。
「ハゲ、ユウ様、近く、来るな!」
俺とタハディの間に体を押し入れて、全力で押し返そうとするプウ。
「……ッぬう!」
タハディはうろたえ顔で俺たちから離れる。
プウは離れたタハディへ走っていって、再度全身で押す。
「あっち、いけ!」
「ッぬぬぅ!」
プウは顔を上げて、タハディの顔を見ながら再度言う。
青ざめるタハディ。
「あっち、いけ!!」
「ぬぬぅぅ!」
ハゲオヤジは走って森の中へ消えていった。
まじか。
最大の敵を退けるのに成功したぞ!
幼女の涙に勝てる奴なんていなかったんだ!




