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重力に焼きついた姉弟 ~少女達の力で家族再生計画~  作者: 織葉
第一章 黒大樹の死屍術士
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016 死屍術士の偏執的嗜好

 目を覚ますと、そこには少々背徳的な光景が広がっている。


「どうやら、シルスの調子は良くなった様だな」


 眠る二人の少女。

 互いの手が絡み合い、その体を重ねている。


 気にするほどのことでもあるまい。

 これは治療行為だ。


「魔素経絡を調整してたんだよな、うん」


 プウさん、マジお疲れ様です。


 上へ視線を向けると、淡い光が入ってきている。

 薄暗いが、この影地ではこれくらいが最大光量だ。


 上半身を起こして伸びをする。

 まだ首が少し引きつった感じがした。

 これはいつまでたっても治らないのだろうか。

 しばらく続くようなら、余裕があるときにプウに聞いてみよう。


 そのまま外へ出ると、明るさに目を細める。


 さて。

 今日はまずどうするか。

 シルスの調子が良いようなら、猛毒防腐薬を掛けておいたアレスを回収しにいくか?


 すぐにあの場に戻るのもシルスには辛いかも知れない。

 でも、長く死体を放置して置けないことは、彼女も理解しているだろう。


 回収したアレスの遺骸は、どうするだろう。

 姉達の体の素材にするのか、はたまた残りも全部シルスに移植するのか。

 まさかそのまま本当に埋葬するということはあるまい。


 そんなことを考えていると、視界に黄色の鳥の姿。

 鳥から放たれた何かが放物線で飛来してくる。

 いつもの果物だ。

 

 見事にキャッチしたそれは、ぐしゃりとつぶれ俺の手を不快感で包んだ。


「……」

「ヨウ ゴシュジン ゴキゲンダナ!」


 お前にはそう見えるのか。

 クイックイッと首を動かすインコに、無表情な視線を送り抗議する。


「オイ オレイモ ナシカ ホメロヨ」

「そうだったな」


 おーよしよし。

 俺はべたつく手でインコ様の頭を撫でてやる。


「マジ! ヤメロ! アリエネー!」

「次からは上から放るな」


 耳たぶをつつこうとしてくるインコを手で払いながら、果物をかじる。


「プウとシルスの分も採ってきてくれ」

「マジ アリエネー ベトベト アリエネー!」

「そういえば、村はどうだった?」

「シルカヨ キテネェヨ ダイジョウブダッタヨ ミズアビ イッテクンヨ!」


 そういうと、ピィは空へと飛んでいった。

 まだ兵達は来てない様だ。


 そして手が不快だ。今すぐ洗いたい。

 俺も飛んでいけたら良いのに。

 ここから一番近い水場までは15分ほどかかる。


 というか、水桶の一つも無いってどうなのよ。

 いや、これくらい普通なのか。

 上下水道揃ってた故郷と比較するのは大間違いだ。


 しかし、不快だ。


 木の中にある土器は全て、プウの薬作りの材料だ。

 どれかの中には、ただの水も入っているのかもしれない。

 でも、それ以外のものと区別がつかない。

 分かったとしても、勝手に手洗いに使われたら怒るだろう。


 川へ行こうか考えていると、黒大樹からプウが出てきた。


「おはよう。それと、おつかれさん」

「……」


 無表情で見詰めてくる。

 目の前まで来るとプウは口を開いた。


「王、プウの王、違うか?」


 俺の服の裾を掴み、聞いてくる。


「どうしたんだ、急に」

「答え、言う!」


 身を乗り出して、再度聞いてきた。

 無表情だが、鬼気迫るものを感じる。


 ほんと、どうしたんだ?


「……金色、群れ違う」


 シルスのことか。

 俺が外部の人間を連れて来たことを言ってるのか。

 もう納得してくれたと思っていたが、そうではなかったらしい。


「だから、言っただろう? シルスは無くちゃならない力だ」

「プウ、力、ある!」


 そりゃ知ってるが……。


「プウは黒大樹の周りから、出れないだろう?」


 俺の言葉に、プウの掴む力が強くなった。

 え、何か怒ってる?

 事実言って怒られても、どうしようもないのだが。


「……王。黒大樹、出たい。違うか?

 プウ達、邪魔、金色、一緒、出ていく、違うか?」


 何を言っているんだ?

 俺がプウ達を置いて、出ていきたがっていると思っているのか?

 そんなことはあり得ない。


 そもそもだ。

 プウやピィがいなければ、俺はとっくに闇にとけて消滅してしまっていた。

 この場所で再生された後も、プウやピィの助けがなかったら間違いなく死んでいただろう。


 感謝こそあれ、邪魔に感じることなどあるわけがない。

 そして、姉を置いていくなど考えもしないことだ。

 もちろん、プウ、ピィ、ポップ、パインを置いていくこともない。


 しかし、俺はその感謝をプウへと伝えていただろうか。

 何度か礼は言った気がするが伝わっていなかったのかもしれない。


 シルスを連れてきたことで、俺が外部の人間に鞍替えしてしまうと恐れているのだろうか。


 考えてみると、逆に俺の方がプウ達に見捨てられやしないか心配だ。

 プウは十年ほど飼ってきたが、その恩義があるのだろうか?

 数日に一度餌をあげて時折水槽を洗っていた行為。

 それに、果たしてどれほどの思いがあるかは見当もつかない。


「プウ。お前こそどうなんだ?

 俺やキョウカを助けてくれるのは、飼っていた時の恩があるからなのか?」

 

 プウはしばらく俺の目を見つめた後、


「キョーカ様言った。王、プウ選んだ。何故?」


 と、逆に聞いてきた。


 はて。

 君に決めた的なことや、二人のどっちを選ぶか的なことをした覚えは。


 ……そうか。


「お前を連れ帰った時のことか」


 頷くプウ。


 その時のことを思い出す。


 俺がまだ小学生だったころ。

 姉と親父と出かけた祭りで、金魚すくいをして掬い取ったのが、プウだ。


 金魚のプールの中、端っこの方にいた特に小さな和金。

 体には他の金魚と違った黒いブチがいくつかあって、それがとても汚れたものに見えた。

 

 でも、それがとても気に入ったのだ。


 ペットショップを経営していた親父は言っていた。


『みんなちげぇから面白れぇんだ。みんなマン丸じゃつまらねぇ』


 ポップもパインもピィも、元々は病気になってショップに置いておけなくなった動物達だ。

 それを家で世話した流れから、飼うようになった。


 そういった経緯を知っていた俺は、病気とは違うが、他と違う要素を持ったこの金魚が気に入ったのだ。

 よくよく考えると、あまり繋がりが無さそうに思えるが、当時はそう思ったのである。


 連れて帰るなら、この金魚だろうと。


「そうだな。たくさんいた金魚の中で、お前だけが離れた所にいて、模様も特殊だった」

「特殊?」

「そうだ。他と変わってるってことだな。

 でも俺はそれがとても気に入ったんだ」

「気に、入った?」

「……好きってことかな。だから、連れて帰るなら、お前だろうって思ったんだよ」


 思ったことをそのまま告げる。

 プウはそれを聞いて、掴んでいた俺の服をゆっくりと放した。


「そう」

「ん。後、あれだ」


 ちょっと恥ずかしいが、気持ちはきちんと伝えないとな。

 その努力は怠るべきじゃない。

 プウを引き寄せると、その体を抱きしめる。


「ッほう!?」


 プウから面白い声が漏れた。

 この体勢だと、顔が見れないのが残念。

 たぶんだが無表情から変わりはないと思うが。


「色々ありがとうな。……俺の体のこともそうだけど、シルスのことも」


 面白い声以降、プウからの反応はない。

 でも抱いた体から強い鼓動は伝わってくる。

 これくらいやれば、感謝の気持ちも伝わるだろう。


 しばらくそうして鼓動も落ち着いてきたあたりで体を離す。


「……あ」


 プウから名残惜しげな声が漏れた。


「ん。もっとして欲しいのか?」

「もっと、する!」


 両手を握りしめて、上下に振って猛アピール。


 おおう。思ったよりストレートな肯定。

 もう一度抱きしめてやると、すぐに体を離す。


「もっと」

「今はやらなきゃならない事が山積みだろう。それが終わったらな」

「もっと」

「やることが終わったらな」

「もっと!」

「だーめ!」


 そういえば、プウは人の体を得てから、人との触れ合いがあまり無かった訳だよな。

 自分から相手のことを抱いて治療することはあっても、相手から抱擁されることはなかったはずだ。

 小さな少女をもう一度見る。

 ううむ……そう思うと、もっともっと抱いていてやりたくなる。

 だがしかし、


「やることやったらな」

「……」


 スキンシップは赤子を健やかにするとか聞いたことある。

 やることやったら、ちょくちょく抱いてやった方が良いのかもしれない。

 でも俺よりシルスの方が良さそうだ。

 やはり、包容力といえば女性だ。

 機会があればお願いしてみよう。


 そこで、プウが俺の手を見ているのに気が付いた。

 べとついている手だ。

 気づいて不快感がぶり返してきた。


 プウを抱いたときには、無意識的につけないように気遣っていたと思う。


「ちょっと汚しちゃってな。川で洗って来ようと思ってたんだ」

「川、洗う、行くか?」

「そう思ってたんだけど……もしあるならだけど、黒大樹の中に水とかない?」


 プウは俺の汚れた手に手を重ねる。

 続いて何か風で撫でられるような感触。

 次の瞬間、手が綺麗さっぱり不快感どこへやら。


「なんだこれ、すごいな」

「邪魔、取り除く。死屍術、基本」


 丁寧に石鹸使って水洗いして、乾かしたようなさっぱり具合だ。

 油分の乗りも丁度良い。


 いやいやいや、まじこれ凄いぞ!

 これが使えれば、用を足すときにも川の傍まで行く必要もない!


「プ、プウ。これ是非教えてくれ」

「教える」


 ありがたい。

 そうだ。ついでに聞いておこう。


「首のつっぱった感じが治らないんだが、これはどうにもならないのか?」


 首を上げて痛む箇所を指さして見せる。

 プウはぺたぺたと首を触って言った。


「溶かして、戻す。寝てる時、やる」


 溶かして再形成。

 確かに起きている時にやって欲しくないかな。うん。

 きっと俺の腕の移植も、同じようにやったんだな。


「じゃあ、その時は宜しく」


 手の不快感もとれたし、シルスをそろそろ起こすか。

 そう思って黒大樹へ向かおうとすると、プウが抱き着いてきた。


「……もっと」


 どさくさに紛れてこの子は、もう。

 そんなに気に入ったのか。


 幼女好きの姉が体を得たら、きっと一日中抱いてくれるぞ。

 だから早く体を作ってやろうな?


 俺はプウを抱き返すと、そのまま抱え上げた。

 貧弱な体だが、この程度の重さなら持てなくは……ない。


「……ッ! ぁ……ッ!」


 プウがめっちゃ興奮してる気がする。

 この体勢だと顔が見えないが。

 さらに強く抱きしめてきた。


 お。これならこのまま歩いて行けそうだ。

 黒大樹へ向かう。


 先ほどの思考に戻る。

 シルスが起きたら、プウも入れて相談してアレス回収に行くことにしよう。

 しかし、アレスのあの大きな体を解体するとなると、結構な溶解液が必要になりそうだ。

 刃物もあのシルスの短剣一本。

 どれくらい時間かかるんだろう。


「シルスの持ってたあの尻尾の動物なんだが、巨大樹木の森に遺体があって、それを今日は回収に行きたい」

「王! ……ッ!」


 めっちゃ興奮してるな。

 抱かれてなのか、素材が手に入るからなのか判別がつかん。


「一応、昨日はそれに防腐剤をかけてきた」

「……ッ! ……ッ!」

「聞いてる?」

「……ッ!」


 興奮し過ぎだろう。


「下すぞ?」

「……ッ!? ダメ!」


 こんな気に入ってくれてるのは嬉しいが、話が進まないのではしょうがない。

 下ろすとする。


 ぐいと体を引きはが……せない。

 必死すぎるだろ。しがみついて離れない。


「ヤダッ!」

「いててててて!」


 髪を掴まれた。

 この子、やんちゃすぎる。


「プウ。痛い、髪掴むな!

 わがままばかりやってっと、二度と抱いてやらないぞ!」


 そう言った途端、プウは飛び跳ねるように身を離した。

 地面にしりもちをついて、俺を見上げる。


 驚愕の表情。

 まじか。この子こんな顔もできるのか。

 顔のバリエーションが増えたよ!

 やったね、プウちゃん!


 って、ええ?


 ……目が潤んで、ぽろぽろと涙が。

 まじか。まさかの追加バリエーション。


「……ヤダ………王、プウ、許して」


 俺へと震える手を伸ばして、触れる前に引いて。


 ……おいおいおい。


 無表情以外でやっと見た顔が、驚愕と泣き顔とか洒落にならん。

 最近少女の泣き顔ばかり見てる気がするぞ。

 ほんとやめて、めっちゃつらい。

 女の子の泣き顔とか昔から見ると胸が痛くなるの。


 すぐにプウを抱き寄せる。


「怒って悪かった!

 きちんと節度守って言うこと聞けば、毎日だって抱いてやるから。

 だから、な? もう泣くな」


 抱き返してくるプウ。


「今日はこの後、シルスと二人で大きな獣を回収しに行く。

 その獣が結構大きいから、その分解に沢山の溶解液が必要なんだ」

「……防腐薬、かけた。違うか?」

「ああ。掛けたよ」

「なら。平気。手、切れる。刃物、必要、ない」


 え。まじか。

 手で切れるの?


「巨大森、魔素、濃い。

 防腐薬、魔素石、魔素経絡以外、ぼろぼろ、する」


 一振りで、死体翌日には素手回収可能なほどズタボロとか何それ怖い。

 ともあれ、回収には苦労せずに済みそうだ。


 後は、このだっこちゃんをどうするかだが。


「じゃあプウ。少しの時間だけだが、お前がしてほしいようにしてやる。

 だから、後は色々終わってからな」


 伝わってくる胸の鼓動が、強く早くなる。


「……もっと、強くする」


 抱きしめるのを強くする。


「持ち上げる」


 抱いたまま、体を持ち上げる。


「腕だけ、違う。体、強く」


 腕だけじゃなくて、全身を使うようにして抱きしめる。


 痛くないのか?

 力を強めるが、プウは「もっともっと」と催促する。

 圧迫されるのが好きなのか?


 そのまま全身を抱きしめると、

 プウから心地よさ気な吐息が漏れた。

 満足してるなら、まあいいか。

 しかし、結構疲れる。


 足すらつかない状態で、

 全身を強く抱きしめられるのが好きとか。


 ……ん?

 そうか、これアレだ。

 水に浮いてる気分なんじゃないか?


「プウ。もしかして、水の中にいる気分になってるのか?」

「……ッ!?」


 プウは顔を横へ向け俺を見た。

 我が確信を得たりといった顔で目を大きくしている。


「王の中、浮く、好き!」


 まさかの胎内回帰嗜好。

 じゃあないか、いや、近いっちゃ近いのか?


 人間が水の中で落ち着くのって、胎内の中を想起してーとかも聞くしな。


 プウの呼吸が荒く早くなってきたところで、体を離した。

 そう名残惜しそうな顔をするな。


 このまま続けてたら、俺まで変な性癖に目覚めてしまいそうだ。

 それにぎゅうぎゅう抱いてるのも疲れる。

 やっぱりシルスにもお願いしないとだな。


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