015 金髪少女と緑の横髪
プウに頼まれたものを取りに黒大樹へ戻る。
「えーと、これと……これか? 確かこれも必要だったな」
後はこのでかいのか。一回じゃ無理だな。
本当にここの土器は使い勝手が悪い。
皮ズボンからプウが便利な皮袋を作ってくれたっけ。
早いところ素材用意して使い勝手を良くしていきたいものだ。
二人のところへ戻ると、プウが上半身裸になったシルスの体に模様を描き込んでいた。
シルスがこちらを見るが、特に慌てた様子も無い。
まあ、小学高学年くらいの年齢だ。
同じくらいかそれより低い年齢の俺に見られたところで、羞恥には値しないといったところか。
「ここに置くぞ。後は大きい土器のヤツもって来る」
「頼む、ユウ様」
後二度ほど往復して、近くへと腰を下ろす。
シルスの顔と、左腕を中心に模様を描いている様だ。
顔>心臓>左手>左腕といった密度だろうか。
そういえば、俺の体に塗った模様はどうなったんだろう。
腕とかは汗で流れてしまっているから、顔とかも似たようなことになっていると想像できる。
また練習の時に描いてもらうことになるのだろう。
プウさん、まじお疲れ様です。
シルスは背筋を伸ばして静かに眼を閉じている。
うーん。絵になるなぁ。
ヌードデッサンしていたときを思い出すよ。
今のシルスは髪を下ろしている。
初めて会ったとき結い上げていたが、森で襲われたときに解けたのだろう。
腰ほどある髪は、今は血で大分汚れてしまっている。
題をつけるなら、森の中のアマゾネス。とかになりそうだ。
デッサンしておいて、後で3Dモデル作成に利用したい。
……いや、そもそもまたPCが触れるかどうかも怪しいか。
戻れるのか? 元の世界に。
まあ今はやるべきことに集中しよう。
俺も訓練してみるか。
プウから移植してもらった左腕の魔素経絡へ集中してみる。
うーん。
少しだけあたたかさのようなものを感じる、気がする。
周りの空気、そして自分の中の魔素を左腕へと集めるのだが……。
まだまだ感覚がわからないな。
教えてもらったことをおさらいしてみるか。
確か、生物には自己領域というものがあるとプウは教えてくれた。
その領域は人間程度の大きさならば、数センチから長いと数十センチほどだという。
領域内の魔素へ干渉し、さまざまな影響を及ぼすことが出来る。
この領域は他者の魔素術を打ち消すのにも使われる。
外部へ影響を広げたい場合は、右手と左手の間に隙間を作り、その間に流れを作る。
それが基本形らしい。
応用すれば、腕と腕の間、足と足の間、足と腕とか色々できるみたいだが。
上顎と下顎でドラゴンブレス! とかも出来たりするのだろうか?
左から右へ、右から左へ。
しかし、俺は左手しかまともな魔素経絡が無い。
俺が再生したときに、魂の融合の副作用でズタズタになってしまったそうだ。
時間がたてば少しずつ回復するとは言っていたが。
よって今は、両手を使った型が使用できない。
プウは片手で木片を回していたから、指から指の流れでも同じようなことができるのだとは思う。
「金色。短剣、渡す」
声で視線を上げる。
プウがシルスの短剣を要求しているようだ。
シルスはこちらへ視線を向けてくる。
俺が頷くと、シルスは短剣をプウへ手渡した。
「……うぉ、まじか」
プウが短剣を腕に……目を逸らす。
痛いのこわい。
シルスから声が上がった気配は無い。
痛く無い分けないはずだが、我慢しているのだろうか?
または、プウが何かしらの手段で痛み止めを施しているのか。
また自分の魔素操作の訓練に戻ろうとするが、気になって集中できない。
かと言って声を掛けることも出来ない。
なんともいえない時間が流れる。
しばらくたって、ちらりとシルス達を伺う。
プウはシルスの頭に手を当てている。
シルスの腕は、うっすらと線が走っているように見える。
腕に何か経絡を埋め込んだのだろうか。
俺の腕もああやって埋め込まれたのか?
寝てる間に何も感じなかったから、痛み止めかなにか掛けているのだろう。
じゃなかったら、流石に目が覚めるはずだ。
刃物もなかったはずだが、一体どうやって。
恐ろしい想像が色々浮かぶが、とりあえず頭から追い払う。
刃物といえば、プウから預かった祭儀用の短剣、村においてきてしまったな。
パルペンに渡された布袋には入っていなかった。
シルスも持っていなかったのを考えると、タハディが持っているのだろう。
まあ、たいした刃物じゃなかったから、問題ない……よな?
祭儀用だから、実は思ったよりも重要なものだったりしたのだろうか。
どうしよう。プウに怒られるかもしれない。
……聞かれるまでは黙っておこう。
ん。シルスの呼吸が荒くなってきている。
痛みとは違うようだが、熱でもあるかのように顔を赤くして、苦しそうだ。
「苦しそうだが、大丈夫か?」
「……なんだか、プウさんに何か入れてもらった腕と頭のところから、熱いものが流れてきて……ちょっと苦しい」
「初めて、移植。苦しい、当たり前」
「そうなのか? 俺は何も感じなかったが。寝てたからか?」
「……ユウ様、特別」
特別。そういえば初めてプウと話してたときもそんなこと言ってたっけ。
あれは俺が唯一の雄だからって意味じゃなかったのか。
他の生き物の魔素経絡とかと馴染み易いってことか?
それなら、俺だけ死体から再生できたのにも少し納得だ。
姉達が死体から簡単に構築できない理由というのも頷ける。
「終り」
お、もう終わったらしい。施術時間一刻と経ってないぞ。
シルスの左こめかみ辺りの毛が緑になっている。
金髪に薄緑が合わさって、ちょっとお洒落。
でも、シルスは先ほどよりも苦しそうだ。
胸に手を当て、険しい顔で浅く呼吸を繰り返している。
「なあ、プウ。どれくらいでシルスは苦しそうなの治るんだ?」
「六日、昼夜、入れ替わる。でも、金色、相性良い。一日、十分」
一週間が一日か。それは良い。って一週間!?
あんな辛そうなのが一週間とか、負担やばい。
俺は寝た後にプウの腕を移植してもらって、起きた頃にはなんとも無かった。
確かに、そのへんは特別なのかもしれない。
「ユウ様。帰る」
「……お、おう。って、シルスはどうするんだ?」
「金色。置いてく」
おいおいおい。
こんなに辛そうな子、このまま外に野ざらしか。
それは流石に……。でも黒大樹に連れて行くのも……いや、でも。
「金色、仲間、違う」
「それはそうだが……」
一応、ここは結界の中だ。
俺を襲った獣とかも入っては来ないのだろう。
しかし、夜はそれなりに冷えるのだ。
「プウ。何とか……連れて行ってやれないか?」
「……信用。無理」
シルスへと視線を向ける。
「ユージア。私は……平気よ。
あの、獣避けって薬さえ貰えれば、大丈夫だわ」
「ここは結界の中だから、獣は襲ってこないんだ。
だからその心配は要らないんだが……」
プウへと視線を向ける。
無表情に見つめ返してくるプウ。
しばらくそのまま見詰め合い続ける。
シルスの苦しそうな息遣いだけが響く。
「……ユウ様。頑固」
「すまんな。その辺りは姉譲りだ」
プウは仕方ないと言ったように目を閉じると、いくつかの土器で作業を始めた。
あっちへいったりこっちへいったり。
おままごとしてるみたいで微笑ましい。
しばらくすると、何か完成したようだ。
まあ、見た目はいつもどおり黒い半固形粘液なんだが。
それを指へ乗せ、シルスへと向けた。
「金色。舐める」
「プウ。それは何の薬なんだ?」
とりあえず尋ねておく。
まあ、想像するに睡眠薬とかではないだろうか。
黒大樹へ連れて行くが、その間は気を失っていてもらいますとか。
ここから気を失ったシルスを運ぶとか、結構な重労働だぞ。
「毒。一日後、死ぬ」
予想斜め上の永眠薬!?
この子、意味分からない。
「おいおいおい、プウ!? お前一体何考えてんだ!」
「落ち着く。ユウ様」
そういって、もう片手を上げた。
同じように黒い薬が乗っている。
「この薬飲む、死なない」
……なるほど、そういうことか。
「薬六日、飲む。毒、消える」
あの毒薬を飲むと、一日後に死ぬ。
だが、あっちのワクチン的な薬を飲むと、それが防げる。
完全に中和させるには、六日連続投与が必要。
途中で逃げ出せば、そのときは命を失うという訳だ。
この子、なんてもの作ってるの。
けど、確かにそれなら逃げられる心配も無い。
「シルス、飲んでくれるか?」
「……わかったわ」
そう言って、シルスはプウの差し出した毒を舐め取った。
「よ、よし。じゃあ、行こうか」
シルスへと肩を貸して、黒大樹へと向かった。
黒大樹の中へ入ると、シルスはワクワク半分、不安半分といった面持ちで中を見回している。
しかし、隅で座っていたと思ったら、すぐに横になって眠りに落ちた。
呼吸は相変わらず苦しそうだ。
「なあ。シルスに移植したやつ。どういう効果があるんだ?」
プウへ尋ねる。
俺の予想では、経絡活性の効果が高まるとかそういうのだと思うのだが。
「……緑の毛。魔素感知、広い。少ない魔素、感じ、分かる」
「ほほう!」
広範囲の微細な魔素の種類を識別するとかそういう感じか。
「腕、魔素経絡、空気、力、操る」
「ほほほう!」
そして腕の方は、風を操ると。
思った以上に特殊なことが行えるようになるようだ。
「訓練、必要」
「……ふむ」
まあ、そこまで甘くは無いらしい。
そんな違いが出るならば、シルスもアレスのことを強く感じれるのではないだろうか。
……いや、ある意味辛くもあるのか。
寝ているシルスへと視線をやる。
とんだ行き当たりで行動を一緒にすることになった少女。
これからどんな付き合いになるか分からないが、仲良くやっていけたらと思う。
「シルス。宜しくな」
そう一言残し、俺も眠りへとついた。