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重力に焼きついた姉弟 ~少女達の力で家族再生計画~  作者: 織葉
第一章 黒大樹の死屍術士
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012 恐慌と説得

 森へ響くシルスの絶叫。


「シルス、落ち着け!」

「いやぁぁああぁぁぁ!!」


 胸を片手で押される。

 肺の空気が圧迫され大きくむせた。

 肋骨ってあんなにへこむんだな。

 柔軟な骨でよかった。下手したら骨折してた。


 シルスは逃げようとするが、足が痛むのか上手く立ち上がれないでいる。


「俺だ、ユージアだ、シルス、聞いてくれ!」

「いやぁぁぁあぁぁぁぁ!」


 聞く耳を持ってくれない。

 角度的に後ろのアレスの死体には気がついていないはずだが、俺が認識できていないほどの恐慌状態だ。

 あんなに強気だった少女がこれだ。

 気を失う前の光景がどれほどのものだったのか、想像して身が震える。


「アレス! アレス!! 助けて!!」


 どうする?


 立ち上がれないと言っても、経絡活性しているシルスに近寄るのは危険だ。

 さっきは片腕で押されただけであれだ。

 蹴られでもしたらただじゃ済まないだろう。


 このまま落ち着くまで騒がせておくか?


 周囲を見る。

 獣避けが効いているとはいえ、どれくらい効果があるか分からない。

 この森はプウのいた森より、空気が淀んでいる。

 匂いが届く前に、獣が寄ってきてしまう可能性も無くはない。


 再度近づこうとするが、シルスが恐怖にゆがんだ顔で身構えている。


 嘘だろ。

 シルスの手に握られているのは、抜き身の短剣。

 危険度が跳ね上がった。


 霧が濃いのもあって、俺を認識できていない?


 どうすりゃいいんだよ!

 パニック陥ってる人間を落ち着かせるにはどうしたら!


 くそ、俺がまず落ち着け。

 深く息を吸って、考えをめぐらせる。


 一つ思い出した。

 少し躊躇われる試みだが、やるしかない。


 俺は息を大きく吸うと、


「はーーっはっはっはっはっはっ!!!」


 大笑いをかました。

 何度も息継ぎして、シルスの絶叫に劣らぬ声で、大笑いする。


 シルスが苦しそうにこちらを見ている。

 どうやら過呼吸に陥っているようだ。

 まずい状況だが、チャンスでもある。


 ピィが「ヤベークルッタカ マジヤベー」と霧の中から言ってくるがそれは無視。


「はーーっはっはっはっはっはっはっはっは!! ゲホッ ゲホゲホッ」


 むせた。

 何とか息を整えると、シルスに合わせて視線を低くするために膝立ちになる。


「もう、安心だ! 何も心配要らない! 俺がいる!!」


 このまま警戒させないように、シルスへ少しずつ近づく。


「はっはっは! 大丈夫、大丈夫だ! もう大丈夫だ!!」


 シルスの目の前まで来た。

 彼女からの攻撃はない。

 両手をゆっくり、彼女の頬に添えた。


「……大丈夫。もう何も心配要らない。

 今はちょっと興奮してるだけだ。すぐに落ち着く。

 心配要らない。大丈夫、大丈夫……」


 言いながら、シルスの顔を自らの胸へと誘導する。

 柔らかいものに触れると、安心する、よな?


 と思ったがこの少年の体では胸は固いか。

 少し体を上げて、お腹をシルスの頭に当てる。


 次の瞬間、無反応だったシルスが両手で俺の体を引き寄せた。

 胃が圧迫されて軽く吐きそうになるが、なんとかこらえる。

 俺の腹に顔を埋めるようにして、シルスが嗚咽する。


 柔らかパワーすごい。

 なんとか落ち着かせられた。


 小さい頃、俺が怖い夢を見て泣き起きたとき、親父がご近所省みずに大声で今みたいに笑い飛ばしてくれたのだ。

 その後、姉がずっと抱いていてくれた。

 さすがにさっきの俺ほど声を張り上げてはいなかったが。


 こうしてみると、シルスも歳相応の少女だ。

 しばらくそのままの姿勢でいる。

 シルスから何かアクションがあるまで、このままでいるのが良いか?


 そのとき、小さくピューイと鳥の鳴き声が聞こえた。


 ピィの鳴き声?

 何でしゃべらないんだろう、ああそうか、シルスがすぐ近くに居るからか。


 また聞こえる。

 何、ずっと鳴いてんだアイツ。

 この状況をからかってるのか?


 ……なんか違うな。ばさばさと激しく飛び回ってるし。


 そこで、ふと視界に何かが見えた。

 霧が少し薄くなった、木の隙間に、何かが見えた。


 歯がガチガチと鳴る。


 一瞬、見えた。

 でかい人の顔。


 なんだあれ!?

 怖い怖い怖い怖い!


 何かいる。

 木の間に何か猿のようなものがぶら下がっていた。

 周囲へと意識を集中すると、四方八方から何か大きなものが風を切る音。

 やばい、何か囲まれてる。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!


 大きな人型の顔ってだけで、これだけ恐怖感を煽るものなのか。

 シルスに気づかれたら、またパニックになる。


 というか俺がパニックに陥りそうだ。

 シルスを感じていなかったら叫んでいたかもしれない。


 俺はそっと腰にぶら下げていた獣避けを取ると、振り回して中を周囲へ撒いた。


 何かの動きが一瞬、止まった気配がある。

 その後それらが遠ざかっていく。


 獣避け、効いた。

 よかった、ほんとよかった。なにあれ、まじこわい。

 あれがシルスとアレスを襲った奴らか?


「心臓、すごいどきどきしてる」


 シルスの声。

 下を向く。顔を上げたシルスと視線が合う。

 呼吸を意識的に整えて答える。


「大丈夫? 落ち着いた?」

「……うん」

「足痛む? 立てない?」

「少しだけ痛いけど……薬、塗ってくれたのね」


 シルスにアレスを見せない位置取りで、肩を貸すように立たせる。

 霧が濃くなってくれていて、本当に良かった。


 肩を貸したまま、少し歩かせる。

 一つ前の巨木の裏へまわった。

 ここまでくれば、シルスがアレスに気づくこともないだろう。


 シルスを巨木の根元に座らせる。

 周囲を警戒しながら、シルスと俺へ獣避けを塗り足した。


「これ、あの薬と少し違うわ」

「ああ。これは獣避けって言って、獣を遠ざける効果があるんだ」


 びくりと震えるシルス。

 やべ。獣とかタブーじゃねーか!

 すぐに安心させようとシルスの背中を優しく撫でる。


「これ、凄い効き目なんだよ。

 俺が一人でいられるんだから、間違いない」

「……大丈夫よ。もう、落ち着いたから」

「そ、そうか」


 よかった。またパニックになられたらどうしようかと思った。

 シルスがじっと何かを凝視している。そして一言呟いた。


「……アレス?」


 やば、思い出しちゃったか!?

 しかしシルスが向けている視線は俺の腰元。


 そこには、アレスの切り取った尻尾がぶら下がっていた。


「あ、これは……その」


 シルスはそれを手に取ると、顔を押し付けた。


「アレス、アレス、アレス…………」


 そのまま、ぼろぼろと涙を流して嗚咽する。


 やばい。

 このまま泣き体勢入られたら困る。

 一刻も早くここから退散したい。


 さっき見たら獣避け撒きすぎて、戻る量ぎりぎりだ。

 プウ、血を無駄にしてすまない。


「シルス。ここは危ない。脱出しよう」

「アレスは? アレスの尻尾よね?」

「アレスは……」


 どう答えたらいいんだ。


「……アレスは……シルスを守って」

「知ってるわよ! アレスが、私守って獣に食べられて……!」


 顔をぐしゃぐしゃにして怒るシルス。

 そうか。

 見ちゃってたか。


「その尻尾は……形見にしようと取っておいたんだ。

 シルス。……少し待っててくれ。すぐ戻る」


 もう完全に死んでしまっているのを知っているなら。


「ユージア! どこいくの!?」

「大丈夫、すぐ戻るから!」


 不安そうに叫ぶシルスを残し、俺はアレスの遺骸へと向かう。

 薬の一つを取り出すと、それをアレスの遺骸へと振りまいた。

 猛毒防腐剤だ。


 毒も含んでいるなら、これ以上獣に食い散らかされることもなくなるだろう。

 後は、シルス次第だ。

 切り取っておいた、大きい方の尻尾を抱えてシルスのところへ戻る。


「今運べるのは、これだけだ」

「……」

「もう、獣避けも残り少ないんだ。今はここを出るのが先だ」


 そっと、手を取る。


「でも……もしシルスが、アレスをきちんと弔ってやりたいなら……

 準備してまたここへ来よう」


 驚いた顔で俺を見るシルス。


「家族なんだろう? なら、シルスがきちんと送ってやらなきゃ。

 俺、記憶が曖昧になってて弔いの習慣を覚えてないけど……。

 死んだ人はそうやって送ってやらなきゃダメなんだろ?」


 シルスは頷くと、ぼろぼろと涙を流しながら立ち上がった。

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