001 二重の誕生日(後書きにイメージあり)
俺はバスの中、こみ上がる笑みを止める事ができず手で口元を隠していた。
周りから見たら、かなりの挙動不審だろう。
でも我慢できないのだから仕方ない。
ああ、嬉しい!
早く帰って、姉にこの事を伝えたい!
電話で伝えても良かったが、できるなら直接伝えて表情が見たい。
何がこんなに嬉しいのかと言えば、答えは単純。
唯一の肉親にして同僚である姉のデザイン案が、先方に採用されたのだ。
俺、楠裕也と姉の鏡花は、ペアを組んで3DCG関連データ作成の請負業務をしている。
主に、ゲームやら映像やらで使うキャラクタや物、建物なんかを作る仕事だ。
姉が美術設定などのアート関連の業務を担当。
俺がスクリプト――簡単なプログラムや3Dデータ作成なんかを行っている。
姉の描いたデザイン案が、先方のアートディレクターに気に入って貰えた上に、
「いいねいいね! イメージ通りですよ!
もしよければ、この大陸のNPC、風土設定、建築様式のデザインなんかも――」
と、追加発注提案まで頂けたのだ!
相手は業界内でもかなりの大御所である。
そして、今回の案件は結構知名度の高い家庭用ゲームのものだ。
俺も姉と小さい頃に沢山遊んだゲームシリーズ続編でもある。
ああ、感無量。
大手中小問わず、営業を頑張った甲斐があった。
俺の取柄と言えば、手先が器用なことくらい。
体も頭も並程度。見た目も普通の平凡青年。
そんな俺も、姉とタッグを組めばこんな大御所から仕事を受注できるのだ!
……親父にも報告したかったな。
親父は6年前に病死して、今では姉と二人暮らしだ。
母は物心つくまえに亡くなっていて、写真でしか知らない。
俺にとって、5歳上の姉は母であり最も親しい友人である。
抜けたところのある姉だが、なにより大切な家族だ。
後は、親父のペットショップ店から譲り受けたペットが4匹。
ペルシャ猫、
トイプードル犬、
セキセイインコ、
和金魚だ。
和金魚だけは、昔祭りで獲って来たやつだが。
これが我が家の家族構成。
結構にぎやかで楽しい家庭だ。
しかし、姉様々だな。
今回の受注の立役者は何といっても姉である。
姉は、とにかく絵が上手い。
上手いというレベルで語れるか怪しいくらいだ。
小学生の時点で一瞬見た風景を写真のように描写することが出来たのだから。
サヴァン症候群。
発達及び、知的障害の一種らしい。
確かに忘れちゃまずいものを何度も忘れるし、通常生活に難ある姉である。
そんな姉だが絵を描くことについては、非常に高いポテンシャルを誇る。
だが同時に、それ以外がとても疎かになるという欠点を持っていた。
よく時間や頼まれごとを忘れて、一緒に怒られたものである。
今では、そんな姉をサポートするのも俺の仕事の一つだ。
俺は小さな頃から、姉とのお絵かき遊びが大好きだった。
自分も将来、絵を描いたりする仕事がしたいと思ったものだ。
絵を描いている時の姉は、実に楽しそうな顔をする。
俺は、そんな姉が好きな絵を描いていられる環境を作りたかった。
一緒に仕事が出来たら、もっと幸せだろう。
そんな思いから、今じゃこんな仕事をするに至っている。
そして。
「……ついに! 念願かなっての大型受注だ!」
バスを降りると同時、姉の待つ自宅アパートへと走る。
この案件を無事成功させれば、相当な実績になる。
姉のお絵かきライフも、より良いものになるだろう。
階段を駆け上がりながら鍵を取り出し、ドアを開いた。
「キョウカ! やったぞ!」
「ワン、ワン、ワン!」
フローリングをドリフトしながら出迎えてくれたのはトイプードルのポップだ。
姉キョウカの姿が見当たらない。
出かけているのか?
ポップを撫でてやりながら、視線を巡らせる。
リビングに飾り付けがされていた。
もしかして、受注間違いなしとの自信の表れか?
予定を書き込んであるカレンダーに目を向けて気が付いた。
「そうか……今日は俺の誕生日か」
忙しさですっかり忘れていたが、今日は俺の十九歳の誕生日だった。
物忘れの激しい姉だが、家族行事だけは欠かした事がない。
俺はおろか、ペットたちの誕生日も忘れた事がない。
変な所だけはマメな姉だった。
「ケーキでも買いに行ってるのかな」
姉が帰って来るまでは手持無沙汰だ。
パソコンを起動しメールチェック。
特に、仕事が来ていたりすることはないようだ。
ポップを撫でながら、ネットサーフィンをすることにした。
最近ご無沙汰だったサイトを見ていると、気になる記事があった。
『オーマイゴット×オーマイゴット、二つの衝突と世界の終り』
ぱっと見、意味の分からない煽りタイトルだ。
だが見覚えがある。
「あぁ……NASAとどっかの国がやってる実験だったっけ?」
確か、オーマイゴット宇宙線(驚くべき粒子)とか言ったか。
馬鹿みたいな名前だが本当にある宇宙線で、それをどうにかする実験だったはず。
名前のインパクトが強くて、それだけは覚えていた。
どうせ暇だ。リンク先で調べてみる。
この宇宙線は1粒子で100km/秒の野球ボールほどのエネルギーがあるそうだ。
実験内容は。
まとめると、宇宙線偏向シンチレーターを使い、そのOMG宇宙線同士を偏向させ地球近くで衝突させる実験ってとこか。
素粒子研究の一環らしい。
大分昔にも、加速器で高速の粒子を衝突させる実験があった。
『ブラックホールが出来て人類終了』とかいう話題で盛り上がっていたな。
もちろん、結果は何にも起きなかったわけだが。
その衝突が今日あるという話だ。
研究者さんたちの新たな研究成果が出るとよいですねぇと思っていると、
「ただいまー」
玄関へ行くと、手にケーキの包みを持った笑顔の姉。
「ユー君! 京都出張お疲れ様! そして、誕生日おめでとう!」
そう言って、ケーキを手渡してきた。
「ありがとさん。けど、それよりめでたい事があるぞ」
「そんなの、ないよ?」
「え?」
お互い顔を見合わせる。
姉も一応、俺が先方との打ち合わせに行っているのを知ってるはずなんだが。
「実はな……S社のN案件のアートで採用が決まったんだよ」
「ほんと!? やったね、ユー君!」
キョーカが抱き着いてきた。ケーキをすぐ置いといて良かった。
肩を優しくたたいて戦果をねぎらう。
「な? 誕生日よりも嬉しい知らせだろ」
「それはないよ。誕生日の方が大切だもん」
え?
俺の顔を見て、少し怒った様子のキョウカ。
「誕生日は大切だよ!?」
「そ、そうですな」
この姉は、やたら誕生日などの家族行事を大切にするのは知ってるが、この案件受注よりも上に来るとは思わなかった。
「あー、ユー君……もしかして誕生日を軽んじてるね!? だめだよ! 誕生日にはね、一年健全に過ごせたと言う幸福と! 生まれて来て巡り合った幸せと、また新しい一年へ向けての思いをね」
「わかったって」
姉を優しく抱き返してやる。
「もう! ほんとにわかってるのかなあ」
こんな時でも家族優先。
さすがキョウカだ。全くブレない。
そういえば、この姉は絵を描くのが好きではあるが、どちらかと言うとそれを見て喜んでいる俺を見るのが好きだった気もする。
「なあキョウカ。今日はケーキの前に一緒に外で飯でも食おう。 ちょっとお祝いがてら、奮発してさ」
「良いね! でもちゃんと誕生日パーティーは――」
次の瞬間。
視界が激しく歪んだ。
なんだ?
何が起きたんだ。
抱いているはずの、キョウカの感触すら伝わってこない。視界は今も歪みが激しくなって、溶けあうモザイク柄になっている。
その視界すら、どんどん暗くなっていく。
声が出ない。
身体が、動かせない。
気持ちが悪い。
貧血時のような気だるさが襲ってくる。
一体、何が――――
全身が痛い。
一体なんで、こんなことになってるんだ。
痛みで考えがまとまらない。
だけど、背中にはとても心地よい、あたたかさのようなものがあった。
そこだけは、痛みを感じることが無い。
「――キョウカ」
その時、あたたかいものが首へと触れた。
首から痛みが引いていく。
腕へ触れる。腕から痛みが引いていく。
足へ。腹へ。
少しずつ、あたたかさが身体中を触れる度、痛みが無くなっていく。
「王?」
聞き覚えの無い声が、真後ろ辺りから聞こえてきた。
少し高い、少女の声。
「う、く……う……」
声の主へ視線を向けようと、首に力を入れたところで激しい痛みが襲った。
その思わず漏れた自分の声に、強い違和感。
やけに高い、声変わりする前の子供のような声だ。
何が起きているんだ?
周囲を確認したいが、目が開かない。
接着剤でくっつけられたみたいに開かない。
俺の動きを察したのか横の何かが後ろから移動して、前に来る。
背中が急に寒くなったのを感じ、吐息の主が密着していたのだと気づいた。
目に何かが塗られる。
沁みて激しい痛みが走った。
涙が溢れる。
でもお陰で目が濡れたからか、まぶたが動きそうだ。
なんとか目を開くと薄暗い部屋の中。
一人の少女が、俺の顔を覗きこんでいる。
琥珀色の、冷たい眼差し。
その目の周りには弧を描く黒い模様が描かれていた。
肌は少し浅黒い。
顔かたちの整った、美しい少女だ。
「王。言っていること、分かるか?」
俺は痛む首に耐えながら、首肯する。
少女は手に持った何かを体にも塗りたくる。
暗くて分からなかったが、どうやら少女は一糸まとわぬ姿らしかった。
体にも、目の回りと同様に、弧を描く黒い文様が描かれてるようだ。
細部は暗くて判然としない。
今はそんなことは問題ではないだろう。
少女の顔へ視線を戻す。
「君は、誰だ?」
「ぷう」
「……は?」
なに?
取っ付きづらそうな話し方するかと思えば、急におちょくられた。
だが、少女の表情は至って真面目だ。
「もう一度、いいかな。君は?」
「ぷう」
ぷう、ぷう。
ぷう?
……プウ、ってアレか。
うちで飼ってた、和金のプウ?
「もしかして、金魚の?」
「そう、プウ。何故、分からない!?」
なんだか、分からないことを怒ってるみたいだ。
でも、分かるわけないだろう。
というか何言ってるのこの子!
自分を金魚だと思ってるの!?
でも、こんな小さな子だし見た感じ悪気があるわけでもない、よな?
とりあえず話し合わせて、情報を収集した方が良いか。
「ええと……うーん。プウ、ちゃん? ここ何処なのかな?」
「黒大樹」
黒大樹。
どこですか、それは?
というか部屋にキョウカと一緒にいて、それで暗闇に包まれて。
プウを名乗る少女が立ち上がった。
そして、床に無造作に置かれていた布切れで手をぬぐい、それをまとい始める。
「あ……」
布切れをまとった、その姿には見覚えがあった。
姉が先方へ提出したデザインのキャラクタに、とても似ている。
「キョウカの描いた……」
「そう。体、キョーカ様くれた」
「キョウカもいるのか!? ……ぐ、うぅ」
思わず大声を上げて、体に痛みが走る。
めっちゃ痛い。
首とかビシッて何か筋が切れた感じがする。
涙が溢れた。
少女の前で泣くとか、かなり恥ずかしいが痛いんだから仕方ない。
「いるいえばいる。いないいえばいない。どちら、言い難い」
「……何、言ってるの?」
「王。今、休む、先」
そう言って、自らをプウと名乗る少女の姿が闇の中へと消える。
いるのかいないのか判然としないが、キョウカもいるらしい。
安堵すると、どっと疲れが押し寄せてくる。
一気に闇の中へと意識が落ちていった。
◆
目を覚ますと、やはりそこは覚えのない場所だった。
気を失う前よりは明るいが、薄暗い。
上方を見ると、うっすらと淡い光が入ってきている。
前の時は暗くて分からなかったが、壁や床はでこぼこしている木目だった。
でも、ささくれてはいない。
ヤスリ掛けしたのとは違うように見えるが、つるんとして手触りがよい。
眠ってしまう前、少女がここを「黒大樹」だと言っていた。
言葉通り、木の中ということだろうか?
体に力を入れると、所々痛んだが動けそうだった。
俺の体に塗りたくられていた黒いものが、粉になってぱらぱらと落ちる。
立ち上がって、周囲を見渡す。
すごく違和感がある。
視点が低すぎるのだ。自らの手足を見て、納得した。
明らかに、幼い手足である。
小学校高学年と言ったところか。
なぜか分からないが子供になっている。
しかも小さい頃の自分ですらない、別人のようだ。
いやいやいやいや。
どうなってるのこれ?
夢見たいなことになってるんだけど?
考えても埒が明かないだろうと、詮索はそれくらいにして周囲を探る。
壁際には、沢山のいびつな形の土器が置かれている。
中には黒や緑の液体、半固体なものが入っていた。
視線を横へ向けると奥へ続く、くねった穴があった。
行ってみるか。
屈んで潜ること2m。
先程と同じくらいの広さの空間だ。
「あ……」
部屋の隅、自称プウの少女が、身を丸めるようにして眠っていた。
歩み寄る。
めっちゃかわいい。天使か。
肌は浅黒いけど。
昨日見たボロをまとっている。
というか、ボロすぎだ。
使い古して雑巾間際のタオルだって、ここまでボロくはない。
でも確かに、姉が描いたアイヌ少女風の衣装と同じデザインだ。
少女の近くで腰を下ろして、その顔を見つめる。
前の感じでは、この少女は冷たい視線ではあったが敵意はないようだった。
状況からして、俺のことを献身的に治療していたと解釈しても良いくらいだ。
「俺のことを王とか呼んでたしな……」
俺の声に気がついたのか、少女が目を開けこちらを見る。
「王。動ける、なったか」
「キミのおかげ、みたいだな。……プウ、ちゃん?」
プウが起き上がる。
「キミ、本当に金魚のプウなのか?」
「そう」
プウは姿勢を正して、相対する。
ボロ服の所々に視線が向かいそうになるが、俺もいずまいを正して座り直す。
「色々してもらったみたいで、ありがとうな。
あと、出来れば何がどうなっているのか、教えてもらって良い?」
「どうなっている、か?」
プウは復唱して、黙りこむ。かなりの長考だ。
言うことをそのまま信じるならば、この少女は金魚である。
質問を具体的にした方がいい気がして、聞き直す。
「ここはどこで、他に誰がいる? キョウカがいるって言っていたよな」
「そう。でも王、プウ、みたいにいない。キョウカ様、ポップ、パイン、体、無い」
体がないときた。
それってつまり、魂だけとかそういうことか?
というか、ポップ(トイプードル)やパイン(ペルシャ猫)もいるのか。
なら、一匹足りない。インコのピィだ。
「ピィは?」
「ピィ、体ある。今、外」
ピィは体があるのか。
プウみたいな感じなのだろうか?
それよりもだ。
キョウカと犬猫二匹の体がないってのは?
「キョウカとか、体のない者達ってどういうことだ?」
「魂、黒大樹、中ある」
ええと。確か。
「ここが、黒大樹なんだよな?」
「そう」
魂がこのどこかにいるってことか?
プウはそれを感じ取れるのだろうか。
にわかに信じがたいが、自分の状況も同じくらい信じがたい事になっている。
「……会ったりはできるのか?」
「話す、できる。こっち来る」
まじか、会話できるのか!
プウに連れられ、また一つ穴をくぐる。
前を進むプウのお尻へ目が向き、思わずそらした。
丸見えである。
抜けた先は真っ暗だ。光が入ってきていない。
それに、踏んだ足に砂のようなものがまとわりついて、嫌な感じがする。
だが、外というわけではないようだ。
部屋の中央辺りで、プウは立ち止まった。
「ここ、頭くっつけて、声出さない、呼びかける」
言われたとおり、指示された場所に額を押し付けた。
暗くて分からないが、ざらざらした手触り。
1,2mほどの……樹木だろうか。
樹木の中の樹木。どういうことだろう。
ともかく、心の中で呼び掛けてみる。
『キョウカさーん、いらっしゃいますかー?』
『ユー君!?』
おおお! ほんとにキョウカだ。キョウカの声が聞こえてくる!
いや、頭の中に直接響いてくる。
『おいおいおいおい! キョウカ、凄い心配したんだぞ!』
『心配したのはこっちも同じだよ!』
ああ、そりゃそうだ。
『ユー君が消えちゃいそうになってるって、プウちゃんが言って、それで体作ってあげてって……なんで勝手に消えちゃいそうになってるの!? そういう勝手、許さないからね!?』
『いやいや、そうは言われても、俺も何がなにやら』
このまくし立てっぷりは、間違いなくキョウカだ。
しかし、急に怒られても意味分からんし、どうにもならん。
消えるなと言われても、目覚めたばかりな訳だが。
……もしかして。
魂状態が長く続いていたら、死んでいたってことなのか?
『キョウカとか、パイン、ポップとかも危ないんじゃないのか!?』
『……たぶんそう、なのかな?』
いやいやいや!
『おい、どうするんだよ!?』
『でも、あまり話とかしないでずっと寝ていれば大丈夫だよ。赤い実とかこの部屋に入れておくと、魔素にして長持ちするんだって』
『……そ、そうか』
なんだか分からないが、意識を眠らせておくと長く状態を保てるということか?
『でも、ユー君は何か消えちゃいそうになってたみたいだけど!』
怒られても困る。
とにかくだ。
キョウカ達の体も早いところどうにかしなくては。
『その話は置いといて……キョウカ達も体が必要なんだよな?』
『プウちゃんはそう言ってたよ』
プウがなんでそんなことを知っているのかは謎だ。
とにかく、体のない連中をどうにかしてやる必要があるらしい。
今みたいに話してるとエネルギーを食ってしまうと。
キョウカと話したいこと沢山あったんだが、仕方ない。
プウから事情を聞いて、今すぐにでも体調達を手伝わなくては。
体調達とか、語呂がやばい。
『俺はお前達の体をどうにかするよ。やり方はプウが知ってるんだよな?』
『……うん。お願い。頼りにしてるね』
『おうよ、任せろ!』
俺はそっと頭を離して、プウへ振り返る。
「プウ。これから皆の体をどうにかするんだろ。俺も手伝う」
「当たり前。王、手伝う、義務。今、我ら群れ、プウ、王、ピィ、だけ」
義務か。
まあ、プウを含め全員俺の家族だ。
義務なんて言われるまでもなく、そのつもりだ。
「ああ。早速状況の説明を頼むよ」
「ここにいる、ダメ。キョーカ様、魔素減る。戻る」
「分かった」
また変な単語が出たな。
マソ……魔素?
さっき、キョウカもそんなことを言っていたな。
魂を維持しているみたいな使い方をしていたが。
また穴を何度かくぐって移動する。
草束を干したようなものが戸になっていて、それを抜けると外へ出た。
薄暗い。
空は曇りといったところか。
周囲は腰くらいの高さの草木が深く茂っており、黒い木々で囲まれている。
振り返り出てきたところを見ると、巨大な黒い樹木だった。
今まで、本当に樹の中にいたんだな。
黒大樹って言っていたっけか。本当に馬鹿でかい木だ。
樹の表面は、炭のように真っ黒である。手触りは普通の木。
プウへと視線を戻す。
「それで。どうやって体を作るんだ?」
「体、他の生き物、死体使う」
なんですと!?
「……し、死体?」
「そう」
ということは、あれか。
俺のこの体も、死体だったってことか?
道理で見知った体じゃないわけだ。
他人の体に乗り移れるとか、新しい世の幕開けだな。二重の意味で。
「じゃあ……俺の体は、死体ってことだよな?」
「王の体、川、流れてた、死体。運。良かった」
次も、川から死体が流れてくるのを待つ、なんてことはあるまい。
姉達の体を早く手に入れたいが……。
「死体を……取ってくることになるのか?」
「違う。王、特別。他のもの、そんなすぐ、なじまない。無理」
え、ダメなの?
疑問は色々あるが、とりあえず話を進めさせる。
「なら、どうするんだ?」
「魔素石、沢山。生き物、体、魔素経絡、必要」
やばい。知らん単語のオンパレードだ。
そもそも、プウは何でこんな、色々なことを知ってるんだろう。
一番ありそうなのは、この目の前の少女の体も別の人のものってところか。
その知識を利用しているといった感じか?
とにかく、聞いたことをまとめると。
「生き物を沢山集める必要があるってことか?」
「そう」
果たして、この貧弱そうな体で動物集めができるのだろうか?
何にせよプウから出来る限り情報を得てみないとだ。