何もない部屋
家財道具の一切がない部屋があった。それは決して、この部屋に住む住人の男が貧乏であるとか、あるいは、男が余計な物を持たずに暮らす、シンプルライフ主義の人間だからではない。
しかし何故か部屋には何もなかった。
引っ越してきた当初、確かに男の家財道具は部屋に存在した。だが、それから程なくして異変は起こる。
ある日、男が目を覚ますと、部屋に設置したタンスと机が消えていた。
「これはどういう事だ…」
泥棒を疑った男は、部屋の扉や戸を確認するが、鍵はしっかりと掛かっていた。
男は頭を捻る。仮に、誰かが部屋に侵入したとして、はたして自分に気づかれずにタンスや机を持ち出す事など可能なのだろうか…。いくら寝ていたとしても、それぐらいはわかるはずである。
仕方なく警察に連絡をし、やってきた鑑識は捜査を開始するが、結局、犯人に繋がる手がかりは何一つ見つからなかった。
部屋の異変は続く。
翌朝、目覚めた男の前から、テレビ、冷蔵庫、洗濯機が消えていた。
「まさか…」
男はまさに狐につままれた気分だった。無駄とは知りつつも、消えた電化製品を求め、あてもなく近所を捜し回るが、やはり見つけ出す事は叶わなかった。
重い足取りで戻った男が、部屋の扉を開けた瞬間、飛び込んできた自室の光景に目を疑った。
そこにある部屋の全ての物が、影も形もなくなり、消えていたのである。先程まで寝ていた布団も、読みかけの小説も、玄関の靴も、窓のカーテンも全て…。
「一体何だって言うんだ…」
呆然と立ち尽くす男の背後から、開け放たれた玄関の扉がゆっくりと閉じた。
何もない部屋のどこからか、「ゲフッ…」と誰かのおくびが聞こえた。