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女達の妄想が生んだイケメンを毛嫌いしている私が乙女ゲームの世界に入った、その結果がこれだ

作者: ベンソン

 am8時20分、遅すぎもしない早すぎもしないこの時間に私は校門を通り過ぎる。


 青春という名の大草原の中を、制服に身を包み平和面し迷える子羊達がキャッキャ、ウフフとひしめき合っている。


 その中を慎重に、触れないようにコソコソと歩いていく。


 目立った行動をとってはいけない。


 それはこの世界で私が編み出した鉄則の一つである。


 誰かの気を引いてしまえば、必ず面倒なことが起こる。


 そう、今の私はさながらスニーキングミッション中のエージェント。


 気配を消して誰にも私を認識させないよう努め、ただたんたんと、ミッションを達成していくのだ。


 不本意ではあるのだが、5歳年の離れたオタク趣味の兄がやっていたアクションゲームをイメージすることで私の気配を消す技術はかなり上がっていると思う。


 足音を立てないようにしなやかに歩き、大衆に身を馴染ませ、人々に認識されないよう努めているのだ。


 ”この世界”ではそういったイメージを持っていることが大切らしい。


 私は細心の注意を払いながら、正面玄関までたどり着くと学校指定のローファーを脱いだ。


 本当は人がたくさんいるから避けたい時間なのだけど、この時間でないと通学ラッシュの人ごみが可愛く思えるほど面倒なことになるのだ。


 そしてこの時間こそ、一番“イベント”が起こらない時間だと私は体で覚えた。



 下駄箱をあけてると、そこには1枚の手紙が入っていたけれど、私は見なかったことにして上履きだけ取り出し、手紙をそっと置いて教室へ向かう。



 無事教室へたどり着こうとしたその時、それは起きた。



 私が3階にある教室に向かって階段を上っている時だった。


 2階を上った時に不意に後ろから声をかけられた。


「会田!どうしたんだこんなところで。フッ、もしかして俺に会いに来てくれたのか?」


 …まずい、始まってしまった。


 私の視界の右上に『イベント発生中 壁山アキラ❤』と書かれたピンク色の文字が見える。


「…はぁ、マジか」


 これだけ気を使っても、またイベントが起きてしまった。


 私はため息をつき、声のする方向を向く。


 そこにはクリーム色のカーディガンを羽織りつつ、首もとを緩めて制服を着崩した男子が立っていた。


 ネクタイの色は青色で、この学校の2年生が着用を義務づけられている。


 つまり私の1つ上の先輩である。


 きっとイケメンと言われる部類に入るその甘い顔立ちと、こちらに向けてくる明るい笑顔はいかにも大衆に受けしそうでクラスに一人はいるモテ男といった感じだ。


 しかし、私はそんな笑顔を見ても何一つ心を動かさない。


「おはようございます、先輩。私、教室に行かなくてはいけないので、失礼します」


 私は愛想笑いをしながらそう答えると先輩の目の前をそそくさと走って通りすぎようとする。


 きっとこの光景を見たら誰もが”青春だ!”と生暖かいめで微笑んでくれるのだろう。


 しかし


  当事者の私はそんなことより面倒を起こさずにこの場を去りたいという思いしかなかった。


 私が階段に差し掛かったとき、急に腕を捕まれた。


「待てよッ!」


 そしてそのまま投げ出されるように壁際に押し込まれた。


「な、なにするんですか…」


 ビッターンッ!!


 私が言葉を言い切るより早く、先輩の掌が壁に突かれ私と階段の間を遮った。


 俗に言う”壁ドン”である。


 テレビとかでよく胸キュン☆シュチュエーションとか言われているこの行動だが、少女漫画とかドラマで恋愛ものを見ない私にとっては極めて犯罪に近いものにしか見えなかった。


 むしろ私のパーソナリティエリアに土足で入ってきた怒りで胸が締め付けられている。


「…ちけぇよ」


 おっと、声が小さくて聞こえないからよかったけど、うっかり口に出してしまった。


 それにしてもなんなんだろう、この壁山とかいうやつ顔近いなぁ。


「前に言ったよな、俺の女になってくれって。…あのときお前は頷いてくれた。だからお前は俺の女だ」


 …節だらな女だと思う人もいるかもしれないが、その時の記憶が私にはない。


 なぜならこの男に対する興味がなかったから。


 例えそうだったとしたも、それは私の意思ではなくあくまでも“シナリオ”通りの動きをしなければならなかったからだ。


 よって、私の記憶にそのようなことをした記憶はない。


「せ、先輩はそう捉えているのかもしれませんが、私としては頷いていたのではなく…」


「少し、静かにしてろ」


 だめだ、こいつ全然人の話を聞いていない。


 先輩は壁につけていない方のてで私の顎を掴むとおもむろに瞳を閉じて顔を近づけてくる。


 こいつは正気か!?


 ここ階段の前だよ!


「や、やめてください」


 私が片手で先輩を押し退けようとすると、先輩は壁についていた手で私の腕をつかんで壁に押し付けた。


「俺はお前を…逃がさない」


 耳元でそう囁かれた瞬間、身体中に鳥肌がたった。


 私という存在そのものが細胞単位でこいつを拒否していた。


「おい、その掴んだ腕、離すんじゃないぞ」


「え?」


「すぅぅぅぅぅッ」


 これから行う動きに備えて深く息を吸い込んだ。


「どっせぇぇえぇいッ!!」


 気がついたら私の体は勝手に動きだし、壁ドン先輩に掴まれた右腕を強引に左下方に引っ張るとその時の遠心力とからだの捻りを使い渾身の力で左足の踵で蹴りを食らわせた。


 近接回し蹴り、兄から借りた喧嘩漫画の”鮮明なイメージ”がある私は、間合ゼロからでも必殺の蹴りを放つことができる。


 私は、こういう少女漫画の世界のイケメン限定の動きをする勘違い野郎が朝起きたときの口の中のネバネバ並みに嫌いだった。



 先輩は突然腕を引っ張られて体勢を崩されたうえでの打撃に受け身などとれるはずもなく、顔面に私の踵を食らい地面に叩きつけられた。


 壁ドンからの顎クイ、そして床ドンである。


「成仏!」


 私は手を合わせてそう言い放つと、床でピクピクと動いている壁ドン先輩を放置して教室へと向かった。


 朝から性という名の妖怪退治も終わったことだし、気持ちを切り替えて教室に向かおう。


 これで彼の体にとりついた妖怪も少しはおとなしくなるかもしれない。


 あ、成仏って先輩に言ったわけではないから、あくまでも妖怪に言っただけ。さすがに気持ち悪いっていううだけで命はとりません。


 それにしても、登校時間の階段でこれだけ騒ぎを起こしているというのに誰も私たちの動きに触れてこないのはどうかと思う。


 これだけリアルな世界を作っているというのに、やはり”モブ”にそこまで繊細な動きはできないのだろうか。


 ふと時計を見ると時計の針は8時40分を指していた。


 朝の朝礼があるのは8時45分。ここから教室まで5分もかからない距離だが、ギリギリの到着になってしまう。


 嫌な予感が私の脳裏に過った。


 これは”いつもより遅いじゃないかイベント”が起きるのではないかと。


 ”いつもより遅いじゃないかイベント”とは普段同じ時間に来ている者が少しでも違う時間に現れたときに皆が「珍しいな」と話しかけてくるイベントである。


 主に職場のあまり話さない社員の間で行われ、「今日はいい天気ですね」並みに意味のない会話である。


「はぁ…」


 自然とため息が出てしまったが、さすがにさっきイベントが終わったばかりだし、早々イベントなんてあるわけもないだろうと自分を励ました。


 そんなことを考えていると教室の前にたどり着いた。


 私は横開きのドアに手をかけると、恐る恐る教室の扉を開いた。



「おはよう香織!今日は遅いじゃないか」


 なぜか扉の前には待ち構えたようにブロンド長髪のハーフが立っていた。


「ひっ!?」


 こいつなんでここにいるの?


 ずっとドアの前にいたわけ?こわッ!!


 私の疑問をよそに、教室の至るところから私に声がかかる。


「お、香織!遅せーよ、朝礼始まるぞ!」


「香織、具合でも悪いのか!?大丈夫か!?」


「香織殿、いつもより遅いでござるが、なにか良からぬことがあったのではござらぬか?」


「会田、今日は朝練付き合ってくれるんじゃなかったのか?」


 私の予感は的中した。


 声をかけてくるのは何れもイケメン。


 これだけ注目を浴びるには、私にとって苦痛でしかない。


 冷や汗もかいたし、なんだか呼吸も乱れて来た。


 最早遅刻して曲がり角でぶつかったやつとタイマン張った方がましだったかもしれない。


 ってか目の前にいるハーフのイケメンが邪魔で席にたどり着けない。


「お、おはよぉ。間に合ってよかったぁ」


 私は疲れきった営業のやる目が死んでるのに口角を微かに上げたカスみたいな愛想笑いをしつつ、やっとの思いでイケメンたちの”いつもより遅いじゃないかイベント”をスルーして席に滑りこんだ。


 朝から疲れたぁ。


 そんなことを思っていると隣の席にいる金髪が声をかけてきた。


「おはよう香織!今日は遅かったな」


 揃いも揃って同じようなことを言いやがって、いつまでその話題を引っ張るんだよ。


 こいつの名前は神宮寺一美(じんぐうじ かずみ)。大手食品メーカー神宮寺フーズの御曹子であり私の幼馴染みであるらしい。


「今日、一緒に登校しようと思ったのにお前が出てこないから先に来たんだぞ」


 一美はなぜか怒ったように顔を膨らませて話してくる。


 なんだそれは、ただのストーカーではないか。


 だいたい、お前との登校イベントを避けるためにワザワザ家出娘みたいに寮のベランダからシーツを結んで出てきたというのに、なんだそのムスッとした顔は。


 ごめんとでも言ってほしいのだろうか。


「待ってなくても良いよ、私もたまには一人で登校したい時があるのよ」


「ええ、そんなこと言うなよぉ」


 一美はくねくねと体を動かして寂しさをアピールしてくるが、私はそれを涼しい顔でスルーする。


 まあいい。


 とりあえず、長い朝のイベントも終わった。


 後は午後までは授業があるから幾分かは休めるだろう。


 私がそう思ていると、担任の先生が教室に入ってきた。


「皆さん、おはようございます。突然ですが今日から皆さんに新しいクラスメイトを紹介したいと思います」


 しまった、忘れていた。


朝のイベントは登校イベントだけではなかった。


 転校生イベントもあったのだ。


「マジで!」


「かわいい?かわいい?」


「どうしよう、カッコイイ人だったらいいなぁ」


 クラスメイトたちが新しく仲間が増えると知って騒がしくなる。


 転校生は私が知っているだけでも5人目だが、こいつらは毎回新鮮なリアクションをする。


 次はまともなやつであって欲しいと私は心から思った。


「さあ入って来なさい」


 先生がそう言うと、ブロンド髪のハーフが入ってきた。


「アレキサンダー・ミッチェル・秀夫です。よろしくお願いします」


 さっきドアの前にいたやつとは違って短髪だが、どんだけ国際色豊かな教室なのだろう。


 先生がいうには、父が日本人、母がロシア人でロシアのウラジオストク高校からやって来たらしい。


「も、もしかして香織か?香織なのか?」


 アレキサンダーなんとかと言うやつは、私と目が合うと突然大声を出した。


 し、知らんよこんなやつ。


 こんだけキャラ濃いやついたら絶対覚えてるけど、全く覚えがない。


「は?お前は香織の何なんだよ。いきなり呼び捨てすんじゃねえ」


 何故か怒った一美が立ち上がった。


 やめろぉぉお、面倒なことになるぅッ!


「あ?お前こそ香織の何なんだよ」


「幼馴染みだよ、お前こそ香織の何なんだよ!」


「俺も幼馴染みだ!! 」


 お前も幼馴染みなのかよ!


 何故か怒り出したアレキサンダーと一美はにらみ合いを始めてしまった。


 やがてにらみ合いが発展してどちらかともなく手が出てしまい、クラス全体が乱闘状態になってしまう。


「俺が一番香織のことが好きだ」


「俺の方が好きだ!」


「落ち着けよお前ら」


「うるさい!俺と香織は子供の頃に結婚する約束をしているんだ!」


「その約束なら10年前に俺もしている!」


「二人とも、子供の頃の約束はもう時効でござろう!」


「はは、俺は今度の試合で勝ったらデートする約束をしている!」


「なんだと、こら!」


「本当か!許せん!」


 にらみ合いを止めに入った生徒たちまで乱闘になってしまい収集がつかない。


 てか、先生が止めに入れよ。


 先生はいつの間にかどこかにいなくなっていた。


 本当にこの世界はどこか抜けている。


 イケメンたちが私を巡って争う様子は、世の乙女たちの憧れのシュチュエーションなのだろう。


 しかし、私は目の前でそれを行われてとにかく疲れが溜まっていく一方であった。


「香織、誰が一番好きなんだ!?」


「正直に話すんだ、香織ぃ!」


「会田、あの時の約束忘れてないぞ」


「拙者も香織殿との絆があったからここまでやってこれたでござる」


「素直に俺だって言っていいんだぞ」


 …こいつら死ぬほどうざい。


 てか今まで突っ込まなかったけど誰だよござる口調のやつ、うざったいわぁ。


「ああ、うっとしー!ポーズだポーズ!」


「かしこまりました…ポォォォォォズ!」


 パチンッ!


 という甲高い指パッチンの音が聞こえると辺りの男どもが凍りついたように動きを止めた。


「フクタン、なんなのこの状況」


 私はストレス凝り固まった肩を回しながら話しかけた。


 フクタンはスーツにフクロウのマスクを着けた男で正直変態にしか見えない。


どうやら私にしか見えないようで、私が呼ぶとどこからか突然現れる。


「これはハーレムイベントです」


「はぁ、で、どうしたらいいの?」


 私はため息をつくと、フクタンを睨み付ける。


「みんなが好きだと公言すればいいのです。みんなを愛しているから、争わないで欲しいと」


「それじゃあただのビッチじゃない。嫌よ、そんなの」


「貴方はこのゲームをクリアしたいんじゃないんですか?」


 私はしばらくして、小さく頷くと、フクタンがニヤリと笑った。


「…あといったい何人落とせばいいわけ」


 朝からイベント続きで私の疲労はピークに達していた。


 私の名前は会田香織。何故かこの世界にやって来たあわれな女。


 この世界はパーフェクトラバーという乙女ゲームの中らしい。


 なぜ私がここにいるのかはわからないが、自分から進んで来たとは思えない。


 なぜなら私は、この世界にいる男が苦手だからだ。


 いったいいつになればここからでれるのだろうか。


 私がため息をつくとフクタンが顔の前に拳を作って励ましてくる。


「大丈夫です。このスーパーサポート・フクタンがついております!共にこの恋の花咲き乱れる学舎でイケメンを狩り尽くしましょう!!」


 そう、わかっているのはこの世界の男を落とし尽くせば私は現実世界に帰ることが出きるということ。


「準備はいいですか?」


「はぁ…わかった、わかったわよ。良いわ!」


「それでは貴方の恋人たちを落としに行きますよ、スタァァァト!」


 そして、非現実な私の日常が始まっていくのであった。

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