異世界トリップの裏側
あ、と思った時にはもう、何もかもが遅かった。
信号無視で突っ込んできた車を避けきれる訳もなく、俺の体は勢い良く跳ね飛ばされてしまったのだ。
「えーと、今回はこの子でいいわけね」
「はい、彼で間違いありません。あ、コレが資料です」
「何々……。羽柴国忠、17歳。身長178センチで体重が70キロか。いい筋肉してるわねー」
「幼稚園の頃から空手をやっているみたいですよ」
誰かが俺の話をしている。
その声に、沈んでいた意識が徐々に浮かんできたが、俺の体は指一本どころか、瞼さえ動かせない。
え、ちょっと待て。どうなっているんだ?
「それにしても信号無視の車に跳ねられるなんて悲惨よねー」
そうだ!車に跳ねられたんだった!
……ん?なら何で、俺はまだ意識があるんだ?
まさかここが、あの世ってやつなのか?もしかして、俺の話題をしている人達は神様か何かか?
「でもおかげで、状態のいい魂が確保できました。異世界トリップのサンプルには最適です」
え?
異世界トリップ?
サンプル?
「ああもう、本当に面倒くさい世の中になったわね。昔は異世界トリップなんて、偶発的にしか起きなかったのに」
「仕方ありませんよ。死後、死者達のニーズに応えるのも私達の仕事ですから」
「……わかってるわよ。でもまだ不安定なシステムだからね。安全にトリップ出来るようにする為には、データも実績も足りないわ」
「だからこそのサンプルテストですよ」
愚痴愚痴と文句を言う人物に、もう一人がやんわりと窘める。
えーと、うん、これはアレだな。
俺、実験体だ。
「とりあえずゲームの世界に突っ込んでみるかー」
「やはり王道のRPGでしょうか。今ならVRも要望が多いですよ」
「んー、じゃあコイン投げて決めよう。表ならRPGね」
おい!ていうか、おい!
人の来世(?)を適当に決めてんじゃねえよ!
見えないからよくわかんねーけど、お前ら神様だろ!神様が神頼みしてどうするんだよ!
「あ、表だ。はいRPGに決定ー。やはりここは勇者だね。定番に乗っ取った方が、データも取りやすいし」
「でも王道勇者は、以前にもやりましたよ?たまには違う趣もされた方がいいのでは?」
以前にも犠牲者が!誰だか知らないが、そいつとはいい友達になれそうだ!
「ああ、あの勇者ね。あれは駄目なパターンだわー。異世界トリップできると知った途端、チート能力付けろハーレム要員になれとうるさかったもの」
前言撤回!そいつとは一生他人でいたい!
あ、もう一生終わってた。
「しかし異世界トリップ希望者は、チート能力を求めている者が多数です」
「そんな要望全部叶えてたら、異世界の神からクレームが来るでしょ。チートばかりで逆に使えない、て言われて何人かクーリングオフされたんだから。あ、もちろんその勇者もね。様々なデータを取る為にも、今後チートは控えていかなきゃ」
異世界トリップ者ってクーリングオフの対象なのか。そんな現実知りたくなかった。
しかし、クーリングオフされたヤツのその後ってどうなるんだろう。
……止めよう。考えたらお終いな気がする。
「あの、じゃあ私、見てみたいタイプがあるんですけどいいですか?」
「ん?どんなトリップタイプ?」
「今って、TS?所謂、性転換の人気も高まってきてるみたいなんです。特に男子から女子に変貌パターンですね」
待て。
おい、待て。
「あら、素敵。それなら観察も楽しそうね」
「はい。揺りかごから墓場まで見守れます」
「ふふふ、こんな逞しい青年が美少女になるなんて、ときめくじゃない!そうか、これが萌えってヤツね!」
いやいやいやいや!神様が萌えに目覚めてどうするんだよ!
ていうか、俺は女になんかなりたくない!
却下だ、却下!
「では羽柴国忠君の異世界トリップはRPG物で、美少女転生勇者に決定ー。オマケに逆ハーレムも付けておこう。あ、もちろん記憶は引き継ぎで」
「さすがです。これは過去にない素晴らしいデータが取れそうですね」
「さあ、これから訪れる異世界トリップ希望者の為にも、いい働きをしてちょうだいね」
「あなたは、異世界トリップ希望者の未来となるのです。頑張ってください」
そう最後通告をされると同時に、俺意識は段々と薄れていく。
とりあえず、あれだ。
次に目が覚めた時は、どうやったらクーリングオフ対象になれるのか模索するしかないな。
は、はははは、はははははははは。
ど畜生おおおおおおおおおお!!
一人称の練習がしたい。
そんな軽い気持ちでネタを書いていたら、こうなりました不思議。