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泡沫  作者: 舘山 悠
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四話/心


 言葉は唐突に突き刺さった。

 目を見開いたまま暫く沈黙が続き、再び歩美が話し出した。

 「だから。好きなんでしょ?理沙の事」

 もう隠す必要は無いと半ば諦めた拓哉は、認めたように渋々頷いた。

 「うん。実は…中学の頃から」

 するとそれまで真剣な表情を保っていた歩美の顔の緊張が解れ、可笑しそうに笑い出した。

 「凄いじゃん。中学から!?一途だねえ。告白はしないの?二人で遊んでる時ってどう?やっぱ理紗が一義君の事好きなの気にしてる?」

 矢継ぎ早に質問を重ねてくる歩美の勢いに呑まれつつも、拓哉は少し安心した。誰かに言えたという事実がそうさせたのかは解らないが、張り詰めていた拓哉の周りの空気も軽くなっていた。

 「そっかそっか。拓哉君も少しは可愛い所あるんだねえ」

 少し小馬鹿にしたような歩美の態度に顔を膨らせながら、たがが外れたように拓哉は話し出した。

 「最初はなんとも思ってなかったんだ。クラスでいじめられてたから、俺達が助けなきゃって。ただそれだけだった」

 うんうん、と頷きながら歩美は腕を組んだ。

 「でも近くで見る時間が多すぎた。その内『守らなきゃ』っていう気持ちが『守りたい』に変わってたんだ」

 歩美は手を口元に当てて、恥ずかしそうにしている。感情表現が豊かな彼女は拓哉の言葉にいちいち反応していた。

 「いいねいいねぇ、青春だねえ」

 お前は年増のババアか、と喉から出かけた言葉を抑えつつ、拓哉も赤くなった頬を隠すのに精一杯だった。

 それからしばらく拓哉の惚気た話や理紗の話、そして彼女が一義に想いを寄せている、という悲しい事実をひたすら二人で話し合った。

 話している間終始、辛いだとか、嬉しいだとか、数え切れない程の感情が入り乱れては消え、拓哉の心を揺さぶった。歩美は拓哉の表情を見て楽しんでいるようだったが、彼女自身の話は一切しなかった。



 拓哉が理紗に告白するのを何度も躊躇っている理由は、深いものだった。

 単なる友達なら、拓哉は自分の気持ちを優先するので躊躇せずに告白できたのだが、相手が一義ともなると、そうはいかなかった。

 一義に対する拓哉の気持ちは、『友達』というものを超えていた。

 拓哉がすぐに転校するかもしれない、と話したのは入学後すぐの事だった。

 「お父さんの仕事のせいで、色んな所行ってきたんだ。またすぐいつ転校するかもわかんないし」

 俯きがちにポツリと零した言葉を一義は強く受け止めた。

 「なんだよそれ。別に家が近いだけが友達じゃないだろう?」

 その言葉に拓哉は心の重荷が削れたような気がした。一義の言葉には、人を安心させるような妙な威圧感と包容力があった。

 それから次第に一義に心を開いていった拓哉は、自分の事も少しずつ話すようになった。

 偶然とは言いがたい程、一義と拓哉には深い繋がりが生まれた。

 誕生日、血液型、乗っていた自転車、好きなゲーム、好きなアーティスト。口に出せば出すほどに、二人の共通点は見つかった。初めて出来た兄弟のような感覚を、二人は覚えていた。共に兄弟の居ない一人っ子だった事もあって、二人は互いの存在を人一倍大切にするようになっていた。


 そんな一義との友情にヒビでも入ろうものなら、それは拓哉にとっては大きな心の傷になり兼ねない。

 こういう場合彼なら、気にせずアタックしろ、と背中を押すような言葉をかけるのだろうが、その予想を安易に信じられる程拓哉は強くは無かった。

 臆病だった。



 翌日、登校中の背中に強い一発が叩き込まれた。

 「痛ってえ!」

 歩美の平手打ちが拓哉を襲ったのだ。背中には赤い手形が残っているだろう。

 「おはよ。で、どうすんのさ」

 背中の事には触れないのか、と横目に見ながら拓哉は昨日の会話を思い出した。

 「まだ考えてるんだ。でもずっと前から思ってた事だから、いずれ決着はつけようと思ってる。言わずに後悔したくもないし、言って後悔したくもないから」

 遠くを見るように拓哉は言った。

 「そうか。ゆっくり考えなよ?時間ならたっぷりあるから。あたしで良けりゃいつでも相談にのるからさ」

 ありがとう、と笑いながら二人はゆっくり歩き出した。

 歩道橋まで差し掛かると、珍しく一義と遭遇した。

 「お、なんだ。二人仲良く登校かよ」

 反対側の歩道から笑いながら二人に手を振る。

 スクランブル交差点に設置された歩道橋の上で、一義も合流した。

 「今日は朝練だったんじゃないのか?」

 拓哉が不思議そうに言うと、彼は頭をかきながら言った。

 「いやあ。俺もやる気まんまんだったんだがね。昨日の夜電話で、中止になっちゃったらしくて」

 気まぐれなコーチの居るバスケ部の朝の部活が中止になる事は珍しくなかった。

 「そっか。じゃあゆっくり起きれたってわけだ」

 歩美が納得している。

 「通りで寝癖が」

 にやりと笑う歩美の視線の先を見ると、一義の後頭部の髪が跳ねて、おかしな形になっていた。

 「なんだと!くそー、気付かなかったぜ」

 凛々しい表情で芝居臭く言った。彼はこんな事でもあっさりと笑いのネタにしてしまう。頭の回転が速い。


 他愛も無い会話を続けながら3人は学校へと向かった。

 

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