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泡沫  作者: 舘山 悠
3/5

二話/喜


 「あれだよ、あそこ」

 首をこちら傾けながら、視線を合わすようにして一義が指差す方向にそれはあった。展望台。

 中学校を卒業した二人は同じ高校に進学し、それなりに互いを囲むように拓哉の周りの友達も増えていた。

 「おお、すげえ」

 高い。見上げるほど高い。場所は学校からは程遠く、電車で終点まで来た所で、今の今まで一度も拓哉は訪れた事の無い土地だった。この日は休日だったのだが、街の中心部で何やらイベントがあるらしく、展望台の周りには人の数は少なかった。

 「歩美と理紗も連れて来れば良かったね」

 一義は見上げながら言う。階段で昇ることも出来るが、どうやら中心部にエレベータが通っているらしく、二人は迷わずそれを選んだ。見上げる程高い階段を昇るのは億劫だった。

 「ああ、そうだね。電話したら来たと思う?」

 ちらりと一義の方を見ると、少し笑っているのが見えた。とても、人に言えぬ程辛い思いをしてきたとは思えないような無邪気な笑顔だった。

 「さあ、どうだろうね?二人とも土曜日には塾があったじゃん」

 話している最中も一義は展望台の頂上から視線を下ろさなかった。純粋に楽しそうな表情だ。



 中学二年の頃だった。

 拓哉も一義も、ルックスはいい方だったので、それなりに同学年の女子からの人気は高かったのだが、如何せん子供で、二人は人一倍そういう類の話には疎かった。それ故、二人に取り巻こうとする女子は人気に反して少なかった。そして一義も拓哉も、お互い同士で安心出来るような、友情というものを越えた一種奇妙な繋がりを感じていた。

 拓哉自身も、小学校入学時とは思えない程社交的な性格になり、いつしか二人はクラスの中心人物だった。

 そんなある日、クラスメイトの一人であった長谷川 理紗(りさ)が突然学校に登校しなくなり始めた。原因は単純だった。クラスの女子が密かに陰口を叩いていたのだ。偶然女子トイレでそれを聴いてしまった彼女は、夏休みが明けると同時にぷつりと姿を見せなくなった。

 次第に原因が明るみになり始めるのと同時に、クラスの雰囲気は重く、暗くなっていった。見兼ねた担任は、学級委員長と副委員長を任されていた二人に、課題を届ける事を頼んだ。

 話す時間があったら勇気付けて欲しい、という言葉と共に。



 理紗の、一義を見る視線が他と違う事に気付くのはそう遅くなかった。拓哉自身が理紗を見る視線が他のそれと違っていたからだ。

 それでもこの4人の絶妙な関係を崩す事を恐れた拓哉は、高校に入ってからずっと想いを寄せている理紗に告白出来ずに居た。

 いつしかもう4年も同じ場所に留まっていたせいもあって、大丈夫だろうと勢いで告白しそうになった事もあったが、またいつ、別れが来るか解らないという不安と、小学校の頃の淡く苦い想い出が、口をついて出そうになる拓哉を押し留めていた。



 「な、綺麗だろ?」

 陽はまだ高い場所にあったが、その景色に拓哉は目を見開き、同時に言葉を失った。

 「うわあ……」

 展望台の最上階は360度ガラス張りになっていて、そこから見る景色は一段と素晴らしかった。見下ろす街の向こうには海まで見えた。

 「見て、後ろ。向こうは山だからさ、秋が凄いんだよ」

 展望台以上の高さで離れた場所に聳え立つ山は、夏真っ盛りの緑色の衣装だった。

 「こんな穴場、どうやって知ったんだよ?」

 拓哉は最上階を駆け回り、子供のようにはしゃいでいた。

 「この間。部活の合宿でさ、ここのすぐ近くにある旅館に泊まったんだよ。たまたま自由時間に来て見たら、すっげえ眺めじゃん?それで気に入っちゃって」

 「そっかー。二人もきっと驚くな」

 この日の二人の目的は、誕生日が同じ日である歩美と理紗へのサプライズだった。



 中学の引き篭もり騒動から、二人は理紗を守るように三人で行動するようになり、理沙自身もこの関係が気に入っているようだった。

 人気の高い男子二人の後ろに付いて歩く、というだけで物凄く同性からの反感をかっているようだったが、三人の絆はいつの間にかとても強いものになっていた。高校は同じ場所に行こうと、三人で話し合ってそれぞれの家から近い場所を選んだ。


 高校に入れば理紗も少しは同性の友達が出来るだろうと淡い期待を抱いていたが、結果は悪かった。中学の事を根に持っていた女子が情報をばら撒いていたのだ。それを知った理紗は少し寂しそうな表情をしていたが、二人の傍では笑顔を絶やす事は無かった。

 一瞬ではあったが、その時の寂しそうな表情を見た拓哉は、心の底から彼女を守りたいと思った。

 しかしその心配の種も次第に薄れていった。理紗に近付いて来た人物が居たのだ。理紗の周りには黒い噂が絶えなかったが、それでも笑いかけてきたのが中岡 歩美(あゆみ)だった。

 彼女は強く、優しく、理紗に笑いかけた。噂を知っていながらも理紗と友達になろうとする歩美に、初めは三人を含めたクラスの全体が警戒した。三人には何を意図して近付いているのかが理解出来なかったし、理沙を嫌う女子の間からはどうしてあんな事が出来るのだと冷たい目で見られていた。

 しかし彼女の理由は驚く程単純で、純粋なものだった。

 何度聴いても『誕生日が同じだったから』としか言わない歩美だったが、拓哉と二人になった時に話した事があった。


 「男二人じゃね、女の子からしちゃ壁にもならないんだよ。女の子から理紗を守るのは私だから」。

 彼女もまた、理紗の心に堕ちた黒い影を感じ取っていたのだ。それでも態度を変えないクラスメイトにある日、歩美は言い放った。

 「噂は噂でしょ。まず信じてみようって思う気持ちは無いの?」

 彼女の言葉は強かった。クラスの視線を強く跳ね除ける程強い心を歩美は持っていた。

 それからは、男子こそ素直に理紗に接するようになったが、それまで理紗に向けられていた女子の矛先は一斉に歩美へと向かった。


 それから高校1年の間は、4人で互いを守るような、妙な関係が続いた。そうしている間に、3人の仲に歩美もすっかり馴染んでいた。



 「プレゼントは買ったのか?」

 帰りの電車内で拓哉は一義に尋ねた。

 「いや、まだだよ。まず拓哉にあの景色見せてやろうと思ってたらすっかり忘れちゃっててさ。さっき思い出したとこ」

 「そうか、良かった。俺もまだ買ってないんだよ。これから寄っていかないか?」

 二人へのプレゼントを買って帰る事になった二人は途中の駅で降り、アクセサリーショップへ向かった。

 プレゼント選びというものは二人ともあまり縁が無く、揃って優柔不断ぶりを発揮してしまった。結局、予定の帰宅時間より2時間も遅れて帰る事になってしまった。



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