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国守護楽団 Brillante  作者: 貴良 一葉
第10曲 fantasia ―幻想―
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90/140

10-12

 和泉と安芸を追いかけようとした商に、足元の岩肌を剣で叩いて小石をぶちかます。奴は怯む前に例によって尻尾でカウンターを図ってきたが、近江に掴まれて飛び退いたことで大事には至らなかった。洞窟内は奴が食らわせた突きによって、そこら中が穴だらけで足場が悪い。

 ここから先へは行かせない、とばかりに商を睨みつける。背中も頭も猛烈に痛むが、そんなことはどうでも良かった。


「悪ぃな、近江。こんな無茶に付き合わせてよ」

「別に。俺は最初から、無謀でも乗り込む気だったし」


 今から自分の身がどうなるか分からないのに、俺の心は清々しいままに晴れやかだった。安芸に任せれば、きっと和泉は大丈夫だ。これで安心して暴れられる。もう商がふざけた声で咆えても、ビビリもしなかった。


「でも、いいのかよ。アイツ〝絶対に、皆で帰ろうね〟って言ってたぜ」

「……そうか」


〝私は仲間と一緒に笑って生きたい!〟


 あぁ、アイツはメストとの交渉でもそう言っていた。

 恨むなら俺だけを恨んでくれ、和泉。


 目を閉じれば、お前の奏でるバッハのガヴォットが聞こえてくる。楽団の練習室で、一人それを弾いていたお前を見た時、胸の奥が熱くなって息を飲んだ。

 覚えてないと言われたのは無性に腹が立ったが、初めから前世の記憶なんて必要なかったんだ。んなもんなくたって、お前はちゃんと俺たちについてきてくれた。突き抜ける真っ直ぐな眼差しと、心を映したままの澄んだ音で包み込んで。


 和泉だけは、絶対に死なせない。

 アイツの眼差しも、音も、俺が守る。


「死ぬつもりはねぇが……。最悪そん時ゃ、あの世で一緒に謝ってくれよな」

「あん? お前は土下座だろ、アホ日向」


 その返しにムカついて肩口を殴りつける。当然睨まれたが、すぐにお互い笑う。

 蜷局を巻いて目の前に迫った商を見上げ、剣を強く握った。


 ――和泉を頼んだぞ、安芸。



心体増強(モジュレーション)、短3度……ッ!!」




 音回収装置(ブレッサー)の部屋まであと200メートルほどという時だった。坑道が交差する場所で、横道から走ってきた誰かと盛大にぶつかった。お互い先を急いでいたせいで、まともに前を見ていなかったのが運の尽きだ。


「ッ~~~~! 誰だ、鈍臭い奴め!」

「……悪かったな。私だが?」


 男勝りな口調とその声色で、相手が誰かはすぐに分かった。最も、その前に私は彼女の臙脂(えんじ)色の髪を目にしていたわけだが。

 噛みついた人物が主であると分かるや否や、彼女は顔面を真っ青にして飛び上がり、一瞬にしてひれ伏せた。


「あああ暗里様ッ! もも申し訳ございません……!!」


 面白いくらいの慌てように、私は深く溜め息を吐き、後ろに付いていた(きゅう)は頭を抱えた。頭に血が上ると見境なくなるのが玉にキズだが、誰に似たのやら。


「顔を上げよ、()。緊急事態だ、見逃してやろう」

「あ、ありがとうございます……!」

「それより、お前は今までどこにいた?」


 私としては衝突したことより、彼女が定位置に戻っていないほうが問題だった。折角安堵した表情をまた強ばらせた徴は、アワアワと商を解放した後のことを話し始めた。


「いや、だって! 商の奴、大洞穴と全然違う方向に行こうとするんですよ!? 私がケツ叩いて強制連行しなければ、今頃奴に全て破壊されてますって……!」


 必死に弁解する徴。当然だ、返答によっては私に消されかねない。

 しかし確かにあの商が、真っ直ぐ大洞穴まで辿り着くなど困難だったろう。私とて鬼ではない、彼女の苦労は認めてやらねば。


 ……暴れる蛇人間を、尻叩きしながら散歩する徴は、さぞ見物であったろうが。


「暗里様、どうかご寛大なる処置を。徴は確実に任務を遂行しただけにございます」

「分かっている。宮まで頭を下げるな、相変わらず徴に甘い奴め」


 私に処罰を与える気がないと悟ると、徴は嬉しそうに私を見上げた。

 その様子を見て、宮が安堵の溜め息を吐く。


「良かったね、チーちゃん」

「クッ、だからチーちゃんはヤメろ!」


 そしてお決まりの漫才付きである。


 否、遊んでいる場合か。事態は一刻を争っているのだ。

 その時、私の耳にはとんでもないものが聞こえてきた。それは本来であれば聞こえてはいけないはずの、音。


「まさか……!?」

「暗里様? いかが――」


 宮が言い切る前に、私は彼らを置いて全力で走り始めた。蛇行する坑道を抜け、薄明かりが漏れる洞窟の入り口が見えてくる。飛び込むように洞穴へ入ると、中は悲惨な状態だった。


 待機していた手下は一人残らず切り裂かれ、死体となって転がっている。

 見事なまでに破壊された音回収装置(ブレッサー)からは、小さな火柱と煙が上がっていた。


 やられた。回収した音が、再び世に解き放たれた。

 周波数変換機(ジャミーヴ)に続き、音回収装置(ブレッサー)までも……。折角4つまで回収できたというに!


「っ、これは……!?」


 遅れて到着した宮と徴も、洞穴を覗いて息を飲んだ。

 二人を責めたとて仕方ない、これは私の失態。だがあの方の復活が、己のせいで再び遠ざかっていく。


 黒使様。暗里は、まだ貴方に会えぬのですか。


「まだ近くに犯人がいるやも知れません。探して息の根を止めましょう」

「良い、お前たちは戦うなと言っておろうが。それより脱出するほうが先決だ、直にこの金剛玄洞は全て崩壊する。和泉を逃した残りの仲間など、商の餌食となるか、瓦礫の下敷きとなるまで」


 張り裂けそうな思いを押し殺し、冷静を装って二人に指示をする。奴らの抹殺に向かった手下どもは捨て置き、他の手下や残った必要機材は救出せねば。


 こんなところで負けて堪るか。私は何度でも立ち上がるぞ。

 黒使様のためならば、何度でも!



 脱出の準備は宮たちに任せ、私は別部屋へと移動した。そこには、ある人物を監禁してある。

 壁に括り付けられ、口が聞けぬように布を噛ませられたその者は、入ってきた私を見るなりキツく睨みつけた。


「喜べ、お前たちの力の秘密を手に入れたぞ。ようやくお前を使える時が来た」


 今回の騒ぎで、唯一これが功績といっても過言ではない。

 奴は何かを叫んでいたが、暴れられても厄介なので構わず腹を殴って意識を奪う。とりあえず、コイツも連れて行かねばなるまいからな。


 そうだ、私にはまだ奥の手がある。


「面白くなるのは、まだここからであろう?」


 なぁ……、伊予(いよ)


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