10-6
「おーいジジィ、出番だぞ。暗里様が〝最後のチャンスだ〟と……って、う~わ。見る影もないな、お前」
地下牢の奥。暗闇の中で佇む人影に、主から彼を起こせと命じられた臙脂色の髪の女――徴は表情を歪ませた。
散々暴れたであろう後が見て取れる、破壊された足枷や食器類。頑丈な鉄壁の加工を施した洞穴でなければ、とっくの昔に崩落していたことは明らかだ。
「コイツ、本当に出していいのか? ……ま、暗里様がいいって言うんだから構わないか。どっちにしろ場所が割れたアジトなんて、使いモンにならんしな」
大きな独り言を口にしながら、彼女は鉄格子の錠を解除する。音を聞き分けたのか、中の人物……否、人物だったそれはギロリと外を凝視した。自分はこの男より勝っていると自負する徴だが、闇から溢れ出すその殺気に思わず身震いする。
――正しく、〝蛇に睨まれた〟が如く。
「クク、殺る気満々だな。この私が譲ってやるんだ、無駄に散るなんて許さんぞ? ……商」
不敵な笑みを浮かべると、徴は自慢のポニーテールを翻して背を向けた。
◇
長い坑道を抜けた先、小さな洞穴にたどり着いた。
アジトに潜入してから4つ目だけど、内部はこれまで見てきたものと同様、ただの物置部屋と分かり溜息を吐く。
「ダメだ。次に行こう、近江」
「……あぁ」
周囲を警戒しながら、来た道を戻る僕と近江。先に乗り込んだ二人のお陰か、敵の気配はさほど感じない。
……こんな無駄足を踏んでる場合じゃないのに。僕は完全に焦っていた。
何なら武蔵の作戦に乗ってしまった自分を後悔してもいいくらいだ。っていうか、丸腰で敵地の中枢に行くとかどう考えても無謀なのに、何で止めなかったんだ僕は! いくら日向でも、ちゃんと和泉を守れるかどうか。
――違う。あの時の僕は冷静だった。彼なら武器なしで敵をねじ伏せるパワーも、彼女を守りきるスタミナも備わっている。そう思って承諾した。
それに音を回収する〝何か〟を探すには、洞窟内を見極めて探索する必要があり、適任者は僕であると自負もした。サポートが剣豪の近江というのもバランスがいい。大体、敵地に乗り込むこと自体が無謀なのだから、どんな作戦だろうが危険と背中合わせに変わりないんだ。
だからこの不快感は、そのせいではない。
スマホの洞窟地図を眺め、道のりを確認する。予め目を付けた場所はあと2箇所だ。とりあえず今はやるべきことを、と湧き上がる感情を押し殺し、端末をオフにしてポケットに押し込んだ。
「おい、安芸……」
「分かってる、次の洞穴はこの先だ」
文句を言われる前に近江を制し、坑道の先へ進んだ。横から突然出てきたメストは、顔面への肘鉄で意識を奪う。
そこは今までより一際広く、明かりが灯っていて光が外に漏れていた。何より居心地の悪さを感じる変な空気に包まれていて、直感的に『ここだ』と悟った。
慎重に中を覗き、見張りの数と位置を確認。
近江に目配せで合図して、突撃する。
「んぎゃ……!?」
「はぅっ」
間抜けな声を上げて、急所への手刀により彼らは崩れ落ちた。
中心に鎮座した2台の巨大な装置を見下ろす。居心地の悪さはこの機械から感じられ、恐らく異常電波を発しているせいだと思われた。
その証拠に、付属する液晶パネルには各々に〝F3〟と〝A3〟の文字が表示されている。それは今まさに、周波数が下がり続けている音の記号だ。
間違いない。これが音を奪っている〝核心〟である。
「近江、これ――」
歓喜から勢いよく相方を振り返れば、僕は何故か額に強い衝撃を受けた。
「ッ~~~~!?」
サーベルの柄による、強打。僕たちは念のため、楽器を武器化させ鞘に納めた状態で帯刀していた。
悶絶しそうな痛みに額を押さえ、目の前の男を睨みつける。
「何するんだよ、近江!?」
「……朝からずっとシケた顔しやがって。お前がそんなんじゃ、こっちまで調子狂うだろうが」
怒鳴る僕よりも不機嫌な顔をして、近江に睨み返された。どうやらハウスを出発する前から、彼にはずっとそれが引っかかっていたらしい。
心配させたのは悪いと思うけれど、僕の不安の元凶にはコイツも一枚絡んでいるのだから、彼にどうこう言われる筋合いはない。押さえていた感情が一気に溢れ出し、僕は我慢できず近江にぶつけた。
「落ち着かないに決まってるじゃないか! 逆に近江はどうしてそんなに冷静なんだよ、君だって日向に加担してる側だろ!?」
ここが敵地である以上声を張り上げることはしないが、内緒話として成立する限界の大きさで彼を責める。すると近江は呆れたように眉を顰めた。
「何だ、アレのことかよ。いま気にしたって仕方ないだろ。アレは最終手段だ、やると決まったわけじゃない」
「だとしても……、どうして勝手に決めるんだよ! 第一、彼女は絶対に納得しないぞ!?」
僕の話を聞き流しながら、近江は鞘からサーベルを引き抜いた。手前にあった巨大装置の前に立つと、神経を研ぎ澄ませて深く呼吸をする。
一度目を閉じ……、大きく見開いて息を止める。
刹那。
サーベルを勢いよく振り下ろし、装置の主電源部分を破壊した。火花が散り、煙を上げる機械からは、もう先ほどのような嫌な空気は感じない。続けてもう1台も同じように強打すると、彼は静かに剣を鞘に収めた。
これで目的は達成された……はずだ。音の奪取ができたかは、和泉に確認しなければ分からないけれど。
「よし、日向たちのところへ急ぐぞ」
「ちょっ!? そうだけど、まだ話は終わってな――」
「何もなければこれで終わる。だが予期せぬことが起こった時は、誰かが犠牲にならなきゃ生き残れない。お前だって分かってるだろ」
淡々と語る近江だが、その言葉はしっかりと僕の肩にのし掛かる。
あぁ、分かってるよ。分かっているけれど。
「広島で親父やお袋が待ってる安芸と違って、俺らは自由の身だ。誰も困る奴はいないし、とっくに覚悟は決めてる。だからその時は兵隊に構わずしっかり和泉を守れ、騎士」
本気か冗談が分からない笑みを浮べ、近江は一足先に洞穴を出て行った。逞しいようで、哀愁を感じさせる彼の広い背中を見て、僕は思わず歯噛みをする。
――何だよ、それ。
君たちだって、僕の大切な友人なんだぞ……馬鹿野郎。




