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国守護楽団 Brillante  作者: 貴良 一葉
第9曲 incalzando ―急迫―
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74/143

9-8

 規則的なリズムを刻み高鳴っていく鼓動。

 次第に上がる息にも、心地よさを感じるようになった気がする。額から吹き出る汗ですら清々しい。


 実戦鍛錬を行ってから10日ほどが経ち、暦は4月へ突入した。ついに僕と日向は大学、近江は社会人デビューだ。春休み中はほぼ毎日和泉と演奏をしていた僕としては寂しいけど、空いた時間に防音ブースへ行くと、高確率で彼女には会えている。

 その和泉も市内にある楽器店での仕事が始まっていた。ヴァイオリンの講師だなんて、流石は僕――我らが和泉、だよね。


 一方で、メストの動きは何故か縮小傾向にあった。商との交戦以降、格下の刺客に襲撃されることはあるものの、未だ反撃の兆候がないのだ。潔く諦めたのか……まぁ、そんなはずはないけれど。

 現に、音の消失は着実に進行していた。和泉は時折補聴器を外して、音の状況を確認してくれている。彼女によれば更にF3(ファ)A3()の2音が、ポイントである3%の低下に近づいているという。もし和泉に補聴器がなかったら、今頃彼女の精神はどうなっていたことか。


 ともあれ、メストのアジトを探るために、武蔵や和矢が今も奮闘中だ。

 敵に動きがない以上、僕たちはできることを成すしかない。


 そんなわけで僕が今、何をしているのかといえば、日向の早朝ランニングに付き合っていた。と言っても一緒に走ったのは最初の2日だけで、その後は別行動だ。理由は至極簡潔、アイツと一緒だと小言がウルサイから。

 水分補給の小休憩を取り、再び駆ける。トレーニングはあまり得意じゃない僕だけれど、こうして体を動かしてみると思ったより苦痛ではなかった。そもそも走っている場所が好きな人の住む街とあらば、テンションなんて勝手に上向くものだ。


 30分ほどのランニングを終え、僅かに周囲を警めつつシェアハウスに戻る。玄関には一足先にアイツが帰宅したことを示すシューズが脱ぎ捨ててあり、溜め息を吐きながら自分のとついでに靴箱へ放り込んだ。

 ってことは、シャワーは奴が使用中か……。早く汗だくのシャツを着替えたいところだけど、一緒に入るなんて論外だしなぁ。


 そんなどうでもいい思考を巡らせた時、脱衣所の扉が開き、上半身裸の日向が姿を現した。そして僕を見て「あ。」と呟く。


「いま帰りか、安芸」

「そうだよ。日向は珍しく早いね、朝から登校?」


 リビングをウロつき、日向は冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して一気に飲む。いくら男所帯だからって、半裸で歩き回るのは止めてほしい。


「朝イチの講義を入れたから、すぐに出る」

「そう。僕は昼からだから、午前中はバイトに行くよ。……近江は? アイツ、トレーニングちゃんとしてるの?」


 無音の一室に視線をやりながら、シャワーの準備を整える。

 バイトは武蔵の援助のお陰で、掛け持ちは止めた。唯一、高校時代からお世話になる飲食チェーン店の調理スタッフだけ続けて、定期的に稼いでいる。バイトの身で大阪の店舗へ異動を認められたことこそ、僕の優秀さを物語っているだろう。料理の腕は(いつか会う和泉のために)これで磨いていたのだ。


「さぁな、とりあえず朝に見かけたことはない。……じゃ、もう行くぜ」


 あっという間に支度した日向は、いつものように菓子パンを片手にさっさと出掛けてしまった。駅まで食べながら歩くのが時短になるのだと、以前アイツはそう言っていた。行儀が悪いから、僕は絶対にやらないけど。


 静かになったリビングを後にし、まだ先客の名残である湯気が立つ浴室へ入る。温まっているから冷えなくて丁度良い。

 熱いシャワーを顔から被れば、汗と共に気分もスッキリとした。


 着替えを終えて脱衣所から出ると、変わらずリビングは静寂に包まれていた。近江、やっぱり起きてないな……今日も仕事じゃないのかよ。

 髪を拭いていたタオルを肩にかけ、朝食作りを始めながら先ほどの日向の言葉を反復した。すると、包丁を握る手に力が入ってしまう。


 〝朝に見かけたことはない〟だって?

 何だよ、トレーニングしろって言ったのは近江のくせに。


<安芸、お前パワーなさすぎ。今日から筋トレしろ>


 あの実戦鍛錬の後。クラシック療養で休息を取っていると、僕にそう声を掛けたのは近江だった。日向を出し抜き、気持ちよく勝利を収めて良い気分だったのに、テンションがガタ落ちしたのを覚えている。

 ちなみに療養で聞いていたのは、ライブの時に録っておいた『カノン』。どんな名演奏よりも、僕らの奏でる音楽が一番回復力を発揮した。


<えぇ~……。遠慮するよ、僕は戦略で勝負してるし>

<阿呆か、だからだ。あとパワーがもうちょいあれば、お前はもっと強くなるって言ってるんだ>

<おい。偉そうなこと言ってっけど、お前だってスタミナ不足だぜ? 近江>


 僕を負かしたことで上から目線にアドバイスしてくる近江だが、そんな彼に今度は日向が得意げに噛みつく。

 当然、近江は面白くなさそうに仏頂面を浮かべた。


<五月蠅いな、俺はちゃんと鍛えてるぞ>

<あぁ? 筋肉だけバカみてぇに鍛えたって意味ねぇんだよ。俺が言ってんのは全身持久力。肺だ、肺>

<ほぉ~。じゃあ日向は、もっと()()を鍛えるべきだよな>


 近江がそう言って自分の頭をトントンと小突くと、意味を理解した日向の眉間に皺が寄る。一応断っておくけど、彼は教育大学に通うくらいだから、勉学については優秀なほうだ。……ただ思考力が残念なだけ。

 次第にヒートアップしだす二人を見て、僕は頭を抱えた。ほんっとコイツら、ガキだよね。


<はいはい、ストップ! 分かった、今後は皆で足りない部分を鍛えよう。僕は筋トレ、近江は持久力、日向は……。……>

<何でそこで黙るんだよ、テメッ!>


 ――という具合で、それぞれを講師としてトレーニングを積むことになったのだ。

 お陰で楽団の練習へ遅れそうになり、和泉を誤魔化すのには苦労した。


 折角だから僕も持久力アップを期待してランニングを始めたわけだけど、肝心の近江がいたは初日のみ。元々朝が苦手な近江といえ、言い出しっぺが不参加な上に、僕の朝食を毎度しっかりツマミ食いしていくのは……どうにも納得できない。


 丁度そこで現れた寝起き顔の彼に、今日こそは物申すと意気込んだ。


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