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SIREN


「俺は呪詛師のトナ・メーメント!

 なんか魔族がいるとかなんとかで嫁とイチャイチャしてたら叩き起こされて、転移魔法で夜の森に出張させられた世界で二番目に殺すのが上手いただの男!!」



 ヤケクソになって夜の森に挨拶をする異常者がいた。

 青い髪を顔の片方だけ長く垂らした、耳の軟骨までびっしりピアスを開けているただの青年……に見える。



「まぁ魔族が出たってことは地獄が顕現してるんだけどな、つまり俺の出番だよ、世界が平和にならねぇかなぁ、おちおち嫁とイチャイチャも出来やしねぇよ」


 黒い服で全身を包み、腰には鞭を刺している。

 一際目を引くのは首から下げている金の鐘だ、チリン、チリン、と軽やかな音を立てている。


「――お、子供だぁ、何? また村でも焼かれた? ってかほぼ百で魔族案件じゃん、案内して?」



 びくりと体が跳ねる、ぐりん、と首だけ動かして、隠れていた草むらを飛び越し己の目を凝視しながら言われたら誰だって怯えるだろう。


 どうしようか、と少年は考える、さっきまで誰か誰かと救いを探して夜の森を走っていたのに、実際にその『誰か』を見つけると本当に怖いのだと知った。

 ガサガサと男が少年に近づく、表情はニコニコと友好的だが、だからこそ怖い。何がと言わないか全てに違和感が存在している。



 まずさっき言っていたように魔族が地獄を繰り広げてるのを察知した上で焦燥感もなくヘラヘラしてるし、これから魔族と戦うと言っているくせに悲壮感も装備も軽いし、何よりの違和感は……


 夏の夜の森、つまり小さな虫などの楽園なのに、この男の周りには命の気配が一切ない。



 その異常に気付いた少年は、直感に従って男の手を取った。

 多分だけどろくでもない存在だろう、下手したら神父様が言う悪魔ってやつかもしれない、それでも『何か』があるのは確実だと思ったのだ。

 もうそれに縋るしか、無力な少年に選べる道は無い。

 


「……へぇ」

 面白そうに男は口の端を吊り上げる、それを見届けることもなく少年は村へ向かって疾走を開始した。






――――――――――――――――――――







 赤子を殺した父親が濁った目で死体を見ている。

 何度も見た光景だ、魔族の本能に触れる楽しい姿だ。



 魔族の感情は基本的に動かない、ただ壊してはいけないものを壊した人間の姿とか、大事なものが壊れた人間の目とか、そのようなものを見ると少しだけ心が浮かれるのだ。


 別にそんなものを見なくても生きていける、だがしかし、なんだったか、人間が『パンのみで生きるでは非ず』とか言っていた。

 なんとなくだがそういう事なのだろう、食事だけで生きるべきではないから、心が浮き立つものが必要なのだろう。



 ある日、魔族全てがそのことに気付いた。まずは手近な魔族で感情を揺らがせようとしたが、魔族は全員感情が薄いのでうまく行かなかった。

 ふと人間のことを思い出した、あのすぐに揺れ動く変な生き物。


 うまくいった、


 いってしまった。



 









 ちりん、ちりん。










 

 鐘という楽器の音がして、思考に沈んでいた魔族は振り返る。

 足元には幼体のメスの人間が一つ、親とか友人とか、そういうものを殺したのに壊れなかった、壊すのに失敗してしまって少し困ったことになった個体だ。



「――ぁ、」


 足元の感情が少し揺れる、魔族の視線の先にはオスの幼体と成体が一つずつ、どちらかが足元のものと接点のある存在なのだろう。

 ちょうどよかった、魔族は思う。



  ――ちょうどよかった、最後のひと押しに使ってしまおう、そうしたら次の群れに行こう。

 わたしは賢いから、役に立った個体をちゃんと生かしておいて、また人間を作らせる予定もあるのだ。


 そんな事を思っていると、一際大きく、ちりん、と鐘の音がした。



 

「――――ゴキゲンな地獄を作ってんなぁ、魔族さん、ちょっとまーぜーて?」



 ――――――――――――――――






 ――端的に言えば見慣れた地獄だなぁ

 トナ・メーメントはいつもの通りそう思う。


 魔族という奴らは揃いも揃って創造性が足りないのだ、何かを憎んで復讐鬼になった人間と違い、ただ惨く壊す、それだけ、それだけしか出来ないのに、それが痛烈に効いてしまうのが人間だから困ったものだ。


 ほら、魔族の欲望の末路より、生きてる人間の方がずっと多様だ。

 ちりん、音が鳴る、鐘を通して心が雪崩れ込んでくる。



 恐怖、後悔、殺意、安堵、安堵、安堵――――



 ――安堵が多いな、あぁ、あの後ろのやつら、身内を売ったのかぁ

 つまりそいつらは殺してもお咎めなし、危険因子、法を司る貴族の価値観的にはそうなので呪いの対象から外す作業を甘くする。


 逆にそいつら以外、単純にただの被害者たちも大半が猛烈に傷を負っている。



 ――ハルジオン呼んでどうにかなるタイプは極小数、じゃあそいつらもいいかな、壊れたままで生きるのって辛いもんなぁ。


 身内の1人、命を自在に操る癒し手の顔を思い出し、あいつは心は専門外だから使えねぇよなぁとひとりごちる。



 つまり大半の人間を『呪い』の巻き添えにしようとした刹那、森の中で出会った少年が飛び出して走っていく。



 魔族の足元にへたり込んでいた少女を抱えて、守るように抱きしめた。

 ガタガタ震えているのは当然だろう、目の前に魔族がいるのだから怖くて当然だ。



 普通だったら何の意味もない行為、魔族に無感動に殺されてそれで終わるだけの蛮勇。



「…………へぇ」




 だがしかし、ここにはトナ・メーメントが存在した。


 




 かぁん、かぁん、かぁん!







 ――鐘の音が鳴る、鐘の音が鳴る、全てを呪い滅ぼさんとする祈りの音が鳴り響く。




 少年と少女はその音が聞こえなかった、トナ・メーメントが聞かざるの呪いを掛けてやったから。


 愚かな身内売りの人々はその音が聞こえた、呪われる資格があったからだ。


 心が壊れた被害者たちは澄んだ音に心が奪われた、救いの音であると気付いてしまったのだろう。




 魔族の男は、数秒遅れ、視界が赤く染まった。

 膝をつく、何かに襲われていると感じるけど、魔族に心はあまりないからその襲っている何かを理解は出来ない。

 疑問を持ったまま、魔族は全てが分からないままこの世を去った。




 ――――――――――――――――――――――







「……なんだ、分からん殺し対策もしてない雑魚? いやでも対策してる魔族なんていなかったんだよなぁ……雑魚い、雑魚雑魚しい……」


 トナ・メーメントが呟く中、鐘の音を聴いてしまった人間達は半狂乱になっている。


 8割は正気を失い蟲のように身をくねらせ、残った2割は本能的に『この苦痛はあの青毛の人間のせいだ』と察知し、襲い掛かる苦痛から逃れるために殴りかかろうとする。



 トナがやったことは簡単だ、ただちょっと、その存在に向けられる憎悪を苦痛として投げつけただけ。

 呪詛の鐘、神から授かった代行者の証、それは世界に因果応報を与えるだけの奇跡の呪物。



 まぁ当然のことながら、自分の罪を苦痛として投げつけられた人間は鐘の持ち主を排除しようとするが――



 トナが腰から鞭を抜き、一振りしただけで3人の首が飛んだ。

 その光景を見た暴徒達はぴたりと止まり、半狂乱の叫び声を上げて逃げていく。



 それを追うこともせず、トナは何が起こったか理解していない少女に声をかける。




「なぁ、多分あそこの身内売りのクソカス達も、お前の仇の一部だろ? どうする? 殺す?」


 少年がぎょっとした顔をする中、少女は少し考えた後、ふるふると首を振った。

「…………みんな、良い人だったんだよ」



 少女はこの村で育った子供だ、ずっと、ずっと優しく愛されて育てられた。

 村長は頼りないけどしっかり村を纏めていて、肉屋の親父さんはいつだってこっそりいい部位の肉を分けてくれて、洗濯屋の女将さんにあかぎれの薬を渡したこともある。


 暖かい記憶しかない、だから――



「魔族が来なかったらあんなことしてないんだよ!!!」

 少女は憎むという決断ができなかった。



 トナ・メーメントはつまらなそうな顔をする。

 それと同時に、まぁこの程度で終わらしても、多分大丈夫だな、と確信した。

 もしもこの子が憎しみを選んだら、それに従って代わりに願いを叶えようと思っていたけど、そうではない。

 ならばこの村民達は、多分そんなに悪い人間ではなかったのだろう。

 ただ人並みに弱かった愚か者なだけで。


 

「……さて、じゃあ次の話、なぁ少年少女、お前らもうこの村では生きていけねぇよ、虐殺者の俺と仲良くしてるの見られてんだぜ? 一緒に来るか? 最近趣味で孤児院作ってさぁ」


 びっくりした顔を少年少女はトナに向ける、少年はこの世界の戦場を巡っていたからよく知っている、この世界は地縁が全てだ、孤児は飢えて死ぬしかない、この世界に孤児を養う余裕なんて失われつつある。




「あ、そういや自己紹介してなかったなぁ、俺はトナ・メーメント、復讐鬼、代行者、呪詛師とか色々言われてるけど……魔族を分からん殺しできる4人の人間の1人でーす、ほら、お前ら強い子と勇気ある子だろ? じゃあ因果応報を与えないとな? いい意味でだよ」

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