第一話 報復
全てが嫌になった時とか、誰かと喧嘩して自暴自棄になっている時とか、よく考える事がある。今、僕が死んだら、誰か悲しんでくれる人はいるのだろうかって。
『迫り来る悪夢』
第一話 報復
暗い夜道が続く。街頭がもうすぐ切れそうなのか、チカチカチカと光を点滅させて等間隔に佇んでいる。両側は深淵のように暗く、今何処にいるのかは分からない。
僕は必死に走っている。別に何かに追われている訳ではない。でも、焦っているのは事実だ。必死に、足を動かしている。制服はもう汗でぐちょぐちょで、その不快感を消し飛ばすように、またスピードを上げる。
数分走った後、遠くに何やら人影が見える。伝統の下に、背中を丸めて立っている。陰のせいだろうか。この世の物とは思えない程どす黒くて、邪悪な雰囲気を纏っている様に見える。何かを、凝視するようなそんな格好。暗くて性別すらわからない。でも、そんなのお構いなしに、僕は進んでいく。
あいつは一体、何を見ているんだろうか。
◇
冷たいアラームの音で、坂田悠はおもむろに起き上がる。最近、妙な夢をよく観る。最初ははっきりしなかったが、最近は朝起きても鮮明に記憶に残るようになった。
制服に着替えて、居間に降りる。そこでは、男が酒を飲みながら明日の競馬予想を見て、ボールペンで何かを必死に書き込んでいた。
僕は黙って昨日用意していた朝食を食べる。いつも通り、パサパサで美味しいとは思わない。
「あれ、ゆ、悠。起きていたらおはようくらいは…」
「……」
「高校生なんて、そんなものだよね。分かるよ」
そう言って、彼はまた新聞に目を落とす。お前は、僕の何がわかるんだ‼︎そんな怒りの感情を熱いコーヒーと共に流し込む。喉が焼ける、そう思った。
黙って家を出て、黙って通学路を歩いている間に考える。妙な夢を観ると言っても、毎日同じ夢を見るのだ。しかもちょっとずつ進んでいっている。
最初は暗い家から飛び出す夢だった。時間は分からない。ただ、何故か必死だった。
次の日はひたすら夜道を走る夢。これは数日続いた。
そして今日。誰か、静かに立っていた。
変な事があるものだ、なんて呑気に考えながら歩を進める。どんよりした僕の気分とは裏腹に、僕の両側に広がる田んぼは、キラキラと水を反射させていて、少し眩しい。よく、こんなど田舎に高校なんて作れたものだなんて、そう思った。
ふと、妙に見覚えのある道に出る。比較的大きい国道。通学路なので見覚えという表現は正しく無いのだが、何かが引っ掛かる。何かが――
「おはよう、悠」
友人の赤羽健斗だった。僕は、ハッとして少々ぎこちなく挨拶を返す。
「今日なんか元気ないね?」
「最近変な夢見るんだよ」
「奇遇だな、僕も同じようなものだ。不気味な夢が最近多い。」
そう言って、彼は話し始める。
「塾の帰りだったのかな、とにかく夜道を歩いてたんだ。そしたら…何か後ろから視線を感じてね。振り返ってみたら、何か遠くに人影が立ってるってだけの夢なんだけど」
なんか怖いよな、と少々強張った笑みを浮かべる。僕はそうだね、と頷きながら途端に得体の知れない恐怖を感じる。いや、もしかしたら。これは僕達にかかった、呪い…なのかも知れない。
◇
「うーん…そう言えば最近、俺もそんな感じの夢を見た気がする」
「どんな感じだったんだ?」
「何かさ、俺夜に家帰ろうとしたんだよ。そしたら玄関の前に変な奴が立ってて…っていうので目が覚めた」
少し気になったので、友人の鈴木大輔にも相談してみたのだ。
「まあでも、共通点って言うのは夜と謎の人物の二つだけだ。偶然っちゃあ偶然で片付けられるんじゃ無いかね」
彼はメガネをクイッとあげて夢の話を終わらせたと思うと、また別の話題へと移行する。僕は彼の言葉に適当に相槌を打ちながら、クラスの話題に耳を傾けていた。
「なんか今日さ、怖い夢見たんだよね」
「え、歩美も?実はさ、私も…」
「何かさ、変な人がね、襲ってくるんだけど…」
クラスの話題はもうそれで持ちきりだった。多分僕のクラスは全員、同じ様な夢を見ているのだろう。
「ほら、最近来てない袴田君さ、実は行方不明って噂があるらしいよ。何か"あいつ"に追われてるって置き手紙を残して…」
「やめろよ!!」
隣で聞いていた米田大志が、大声で叫ぶ。
「そういう話はさ、絶対にしないって約束だろ!」
「いや、でも…それとこれとは関係無いかもだし…」
そう、ごもごもと女子生徒が言い淀んだ所を米田が睨むと、途端にクラスは静かになった。
袴田彰人。別に虐められている様子もなく、至って普通の…否、結構暴力的な高校生だった。口は汚く、米田と一緒に誰かを殴り飛ばしたりだとか、僕的な絶対に関わりたく無い人ランキング堂々1位の人物。
「おい、おい悠。聞いてるのか?」
大輔の呑気な声があたりに響く。こいつ、場の雰囲気が読めないってレベルじゃ無いぞ。……まあそう言うところが僕は好きだが。
「うん?あぁ悪い、一つも聞いてないぞ」
「何でそんな自信ありげなんだよ」
彼はわざとらしい大きい溜息をついて、椅子に座り直そうとしたその時。
ホームルームの、チャイムが鳴ってしまった。
「ありゃ」
彼はそんな言葉を発した後、覚えてろよ!次絶対続き話すからな!と捨て台詞を残して、席に帰って行った。
廊下から、担任の先生の足音が妙に重く聞こえたと思うと、ゆっくりと教室の扉が開いて、少々おどおどしながら入ってきた。
ボーっと頬杖をついて視線を黒板に向ける。
『社会科見学感想文、提出明日まで』
と隅の方に小さく書かれた文字を眺めて、誰が書くんだろうかこれ、と思った。多分、まだ提出している人は居ないだろうし、これからも出そうにない。皆んな、あんな事思い出したくもないだろうから――
視線を先生に向けて、僕は途端に絶句する。何故なら、先生の手に持っているものの意味が何となく分かってしまったから。
先生は、"ソレ"を教卓に置いて、静かに聞いてくださいという枕詞を添えて話を始めた。
僕は先生の話の意味が分からなかった。いや、理解しようとしなかったのかもしれない。理性が拒否したのだ。でも、このクラスで一つ変わった事があった。
袴田の机の上にはその日から花瓶が、置かれることになった。
読んで頂きありがとうございます!!4話完結予定です。




