表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

秘密の練習

敷居を跨ぎ、神棚に向かって四十五度の礼をする。

本座までの歩数を確かめながら的前へ進むと、やはりいつもの道場とはわずかに感覚が違う。

グラウンドの砂埃の匂い、木の床の冷たさ、朝の静けさ。

すべてが集中を強いてくる。

矢を番えると、空気がぴんと張りつめた。

静寂の中で、弦が軋む音だけが響く。

正面の的を見据え、息を肩から落とす。

引き分けではゆっくりと息を吸い、矢を床と平行に保った。

会では、細く息を吐きながら狙いを定める。

――離れ。

鋭い弦音が射場に響き、矢はまっすぐに飛んだ。的心に中り。

「さっすが桜乃ちゃん!」

柚が小声で拍手をしてくれる。

二射目も同じように放ったが、硬い音とともに的枠に弾かれた。

私は小さく息を吐き、次の矢に集中する。

四本引いて一本外した。

二本とも六時の方向――筋力が落ちているせいだろうか。

矢取りのあと、さらに六本引いたが、後半は次第に下へ外してしまった。

柚の方は全部で五中。

朝練はそこで区切り、弓を片付ける。

東野さんが待ちきれないように口を開いた。

「桜乃ちゃんが尊敬してる松葉朱里さんって、桜乃ちゃんより上手なの?」

「もちろん。朱里の射は本当にすごい。東野さんも見たらわかるよ」

「へぇ、見てみたいな。……ねぇ、桜乃ちゃんはいつから弓道してるの?」

「中学に入ってすぐ。朱里はもっと前からだよ。私は朱里を見て始めたの。中学の部員はみんな真面目で優しくて、楽しかった。年功序列はあったけど、ちゃんと先輩たちが面倒を見てくれた」

「じゃあ、その朱里さんはいい先輩だったんだね」 ……先輩? あ、そうか。

柚は朱里が辞めた後に入ってきたから、同級生だって知らないんだ。

「朱里は同級生だよ」

訂正すると、東野さんは目を丸くした。

「えっ、同級生? 部長も先生も知ってたから、てっきり年上かと思ってた」

「朱里は伝説だから。弓道に関心があった人で、朱里を知らない人はいないの」

「すごーい! 朱里ちゃんって何組なの? この学校にいるんだよね?」

「十組」

「特進!? 勉強もできるんだ……天才じゃん」

私は頷いた。

朱里の勉強面での実力は、本当に天才的だった。

こうして、秘密の朝練が始まった。

矢を引くたびに腕は重くなり、矢は的に届かなくなる。

それでも私の心は、不思議と軽かった。

――予選会まで、私は毎日弓を引き続ける。

朱里と、あの日交わした約束を胸に抱いて。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ