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6. 二つ星の宿命、邂逅す




 ────────────────ん!?


 今、なんつった? 

 名前は聞けたものの、次の肩書紹介でとんでもない発言をしたような。

 『魔王の息子』? 

 いや、冗談にしては余りにタチが悪すぎやしないか。札付きの不良(ワル)ですら、今どきそんなジョークを口にしないものだぞ。

 アーシュさんと名乗るこの人は世間知らずで、容易く魔王の名を出すのはタブーとされることを知らないのかもしれない。むしろ、そちらに賭けたい。

 とりあえず、ナイスジョークとでも言っとおこう。さすれば、張り詰めた場面も和やかな雰囲気になること間違いなし。


「あ、あはは……ないすじょーくですね。面白いなぁ〜〜。は、は、ははは………………」

「え、事実なんだけど」


 さも当たり前のような顔で、ぴしゃりと言い切りやがった。どうやら、聞き間違いとかでないようだ。それはそれとして問題大アリだが。

 アーシュさんは魔王の息子であることに、どことなく誇らしげでその顔つきは、とても嘘をついてようにはみえない。

 わずかな間しか交流してないのになぜだか確信があった。

 けれど、授業やテレビで提示された魔王に関する資料の絵図と異なり、彼には額に生えた洞角や、五メートルもある強大な体格すら持ち得ていない。複雑な事情でもあるのかと、邪推しかける。  


「……まあ、こんな人間じみた見た目だし、疑われても仕方ないよね……」

「そっ、そこまで言ってないですけど……」


 私が懐疑的であることに気づいたのか、アーシュさんは上まぶたに生え揃った長い睫毛を伏せて何処か悲しげに呟く。

 彼が気に病んでいる部分だったのかもしれない。話題を早急に切り替えよう。切迫した場面なのだろうが、私は一応次の質疑をかましてみる。


「じゃ……じゃあ、なにゆえ魔王の息子さんが、こんな山の地下で、何をしていたんですか……?」


「父上の代わりに人間滅ぼす計画をたてていて……」 


「は?」


 耳にした台詞は、あまりにも常識を疑うリアリティのない言葉であり、脳が異常をきたしてしまったのかと己の頭を疑うところだった。

 反面アーシュさんは、参ったなみたいなリアクションをとる。参るのはこっちだよ。

 そして、億劫とした動きでのっそりと立ち上がり、如何にして犯行に至るのかという過程を、勝手に饒舌に喋り始めた。


「ニンゲンと魔人、両者間の戦が激化のたどっていた頃……二十年前から父母から啓され、この地に定住したんだ。それから、今に至るまで研鑽を積み重ねて……」


 彼は言葉を続ける前に一旦間を置き、新鮮な空気を、摂取したいのか鼻腔に微かに吸い込んだ。

 わずかな静けさがその場に残留し、やがて消えていく。

 私は恐る恐る、次の台詞を待った。


「ニンゲンだけ滅ぼせる魔法を開発出来たんだよね」 


「そんなもん開発すんなや!!」


 よりに腕をかけた最高傑作が完成したと言わんばかりに、堂々と語るその姿に頭痛及びめまいが発症し、意味を理解するのに若干の時間がかかる。

 つまり、四辺に散らばる分厚い書架たちは魔導書であって、新しい魔法を生み出すためコツコツと人知れずアーシュさんが努力を重ねていったってことか。

 不得意なので詳しいことは知らないが、魔法を一から編み出すというのはかなり難しいとされて、新薬や新規の発明などと同じく魔法省の特許が必要らしいというのは耳にしたことがある。

 つまり、一見ぽやんとした風体だが、目の前の人物は有り体に言って超天才。私みたいな雑魚が太刀打ち出来る相手ではなさそうだが、対処は可能なんだろうか。

 それに、実際に『ニンゲンだけ滅ぼせる魔法』が発動するかはどうかは不明だが、アーシェさんの動向と機嫌をさぐって次の一手を考えるしかない。

 彼は現在何もせず、つったたまま天井を見上げ、ぼんやりとしている。何処に視線をやっているんだ。無防備すぎやしないか。

 なんだか、息子の身を案じる母親のような気持ちになりかねている。


「もう、いい頃合いだし滅ぼしちゃっていいよね」


 早速取り掛かろうとしている……!!

 投了させるつもりなど毛頭なく、もはや盤面ごとひっくり返そうとするレベルじゃねーか!!

 さっき言ってた"期限“ってこれのことかよ!!


「全然よくねーわ!! 即刻中止しろ!! 今すぐ!!」


 たまらず叫ぶと、急にアーシェさんは方向転換し、こちらに顔を向けてきた。誤って首がぽっきり折れるんじゃないかと、恐々とするスピーディ具合だった。


「ところで、キミってニンゲン?」

「いっ、いちおう生物学上的には人間です……」 


 私がびくびくと答えても、毎度の若干歪なアルカイック・スマイルをアーシュさんは崩すことはなく、ただ淡々と言葉を続けた。

 

「そうなんだ。けど、ボク両親のためになるなら、この身を削ってでもやるしかないって決めたから」 


「ごめんね」


 あの……こんな気持ちのこもってない謝罪の仕方ある……?


 罪悪感なんら湧いていないような表情に見えるんですが。

 瞳に憐憫すらない。マジで、虫以下の扱いにしか感じない態度である。アーシュさんにとって私なんて本当、ちっぽけな生命体なんだろうなあ。


「外に出た方が、効率がいいね」

「え!?」

 

 もう私には眼中さえないのか。

 アーシュさんは背中を向け、出入りの扉へ颯爽と歩いていく。扉は自動的に彼を見送るように両方とも開いていった。

 大慌てで追跡すると、彼は私を撒くことはせず、あっさりと部屋から退去し、そう住居から遠くない距離に留まった。

 私はなんとか、彼の傍らに寄ることが出来た。


 「近くにいると危ないよ。離れてくれない?」


 そう言うや否や、アーシュさんは両手を胸元ほどまで上げ、指先に力を込め始める。何をするのかと、近くで入念に眺めると彼は手中から爛々と輝く小さな光の玉を出現させた。


 え? これで人間滅ぼせるの?


 闇を纏う巨大なオーラとかを想像していたのに、存外拍子抜けだ。見る限り弱々しい光は、ひとたび息を吹きかければ消えてしまいそうな灯火である。

 この時、私は楽勝かもと舐めてかかっていた。その浅慮が、いかに愚かであったかと理解するのは、しばらくもかからなかった。


 何故なら、光球は着実に成長を続けていったのだ。

 最初はテニスボールほどだったのに、段々とサイズアップしていき、瞬く間にバスケットボール並みの大きさになっていく。

 更には、バイクをふかしたモーターじみた音も生み出し、それが空洞内部に反響していき、頭が割れそうなほど喧しくなった。


 明らかヤバそうな事してんじゃねーか!!


 慈悲をかけてくれる隙さえなく、滅亡のカウントダウンはすでに目前まで迫ってきている。

 静止しなければと使命感に駆られ、私はアーシュさんに素早く近づき、腕を掴んで振りほどこうとする。だが、針金かと思うほどの感触の細腕は、どれだけ勢いよく振ってもビクともしない。


「やーめーろー!!」

「あの……邪魔されると計画が順序よく進まないんだけど」

「なおさら、全力で止めるわっっ!!」

 

 一人類として、勇者の娘としても負けてられない。

 仲間もおらず、声援を送る観衆もいないがらんどう。けれど、世界の危機に立ち向かった父と同じように、私だって守りたいもののために、相手が誰だろうと屈したくない。

 鞘から、父から譲り受けた聖剣をゆっくり抜き、その矛先をアーシェさんに捉える。

 短い間に絆(?)を深めてきたが、それもここまでだ。


「どりゃぁぁぁあ!!」


 ターゲットに狙いを定めて、一太刀振るも青い障壁が浮かび上がり、剣はそれによって硬い音を立て、弾けた。防御魔法の一種だろう。

 とんでも魔法を独自で作り上げた人物が、他の魔法も併発して使用しないはずがなかった。

 だからといって、攻撃を中止するわけにはいかない。魔法が発動するのにはまだタイムラグがあるらしく、多分真剣にアーシュさんは魔力を込めることに集中している。

 彼の指先から出現する魔力の球からはまばゆい光が出現し、洞窟全域を照らし始めている。しかし、出力を制御できないのか、ブンブンとミラーボールのように旋回していた。

 見た目は異様に派手なことになっているし、大音量の独特の音響も相まって、何かのフェスみたいになっている。

 もはや世界の命運をかけた宿命の闘いではなく、めちゃくちゃなお祭り騒ぎだ。オーディエンスはもぬけの殻であったが。


 ──ひっ、ひとまず、連続で手当たり次第に攻め続け、彼の策謀を妨害する作戦を練ることにした。

 これだけ大騒ぎになれば、異常事態を素早く察知した高ランクの冒険者が駆けつけてくれるかもしれない。


「うおりゃぁぁぁぁ!!」


 周りをせわしなく動き、雄たけびと共に剣を短いスパンで振り下ろすも、やはり防御魔法により阻まれた。

 罵声を浴びつつ、猛攻を仕掛ける。


「攻撃効かない!!」

 

 容易く弾かれる一太刀。なんだか、無性にハラがたってきた。


「バリア張るなや!!」


 剣の師に叩き込まれた剣術もへったくれもない、馬鹿の一つ覚えみたいにがむしゃらに"斬る“のではなく、叩き込むがまるでビクともしない。


「あのさ──」


 アーシェさんが、己より低い私を一瞥する。

 顔の近くでしつこく飛び回るハエを振り払うような言い草で、うっとおしそうにこちらを見下ろしてきた。


「気が散るから、余計な手出ししないでほしいんだけど」


 どの口が言ってんだよ……。


 明らか私の方が邪魔者扱いじゃんか。悪の親玉もといラスボスは、アーシェさん側だろうに。

 しかし、どんなに一太刀浴びせようと、まるで歯が立たない。 

 次第に全身の筋肉が悲鳴を上げ、収縮により足腰が不安定に振動してきた。時間稼ぎも大したものではない。

 このままでは、長い歴史を紡いできた人類史そのものが消える。


 よし、作戦プランBに変更。

 シンプルに物を投げる。幸い地面には石ころがたくさん転がっている。もう、やけくそである。

 適当なものを見繕い、目標に標準を定め、野球の投球フォームの構えをとった。下半身に力を溜め、股関節の回転で石に力を伝え、背骨をしゃっきり伸ばして、腕を体の近くでスムーズに振った。

 当然の如く石は虚しく防壁に直撃し、反動で跳ね返されるも諦めるにはまだ早い。

 彼が防御した時に魔力の球は一瞬だが、弱まった気がする。推察するに、攻撃と防御の両方を並行して行うことはきっと不可能なんだ。

 まだ、活路を見出せる。なら、やることは一つ。

 ちくちくと石を当てて、時間をかけて彼を消耗させ、援軍が合流するまで持久戦に持ち込む!

 とは言っても、彼の方が何もかも圧倒的だ。魔力の球は、今では例えが咄嗟に思いつかないほどの大きさへと変貌して、視界は爆音共に激しい光に包まれ始めている。

 ここが正念場だ。そう決心して、威力の弱い石粒を摘んでは投げることを何度も、何度も反復するが、その作業に段々と苛ついてきた。


 ああ、いちいち下にある石を拾うのも面倒になってきた。私の集中力が乱れてきたじゃないか。 


 まだ、助けは訪れない。何でもいい……。

 なにかアーシェさんを止められる決定打があれば……!!


「うわぁぁぁわぁあ!!」


 懐の中をまさぐり、小物入れや財布すら、手近にあるものも利用してぶつける。やぶれかぶれに一切の思考を投げ捨て、アーシェさんの邪魔をひたすらできる限り行う。


 ヤバい!! 既に届きそうにない、高さまで球が上昇して比較の例えがつかないくらい巨大になっている!!


 急げ! 急げ! 急げ!!

 忙しなく体を動かすと、ポケットの底に何か固いものが指に触れた。

  

 よし、次はこれに決まり!!


「えいっ!」


 ──あ。


 それの正体を捉えず、確認もせずやらかしてしまった。

 私が全力投球で放ったのは、あの右腕がぶっ壊れてしまった像の装飾品の指輪だった。 


 しまった。間違いなく貴重なものなのに。

 早急に取り戻そうと手を伸ばすも、それは空中で弧を描き、ゆっくりとアーシェさんのいる方向へ。

 全てが、そうあの時。崖下に落ちたかのようにスローモーションで動いている。さながら、走馬灯であった。


 障壁に阻まれると思われたが、脅威ではないと判定されたのか、それはあっさりと彼の中核に潜り込んだ。

 続けて、スラリとした白い指先の一つである左手の薬指に真っすぐに向かっていくのを、目で追っていくしかない。

 そうして、指輪は、綺麗にあっさりとアーシュさんに嵌ったのだった。


 まるで誰かが操作し、導いたように。


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